第14話 おねえさんの為に
羽が斬られた。
このままだとぼくも斬られて――死ぬ。
そんなの嫌だ。雫おねえさんをもとに戻せないまま死ねない。
残った羽を使って、ありったけの力で後ろに飛んだ。
逃げる瞬間、剣が鼻の先を掠めた。
ギリギリだった。少しでも判断が遅れれば死んでいた。
ぼくは命が助かったことに安堵しつつ、勢い余って塀に激突する。
体中が痛い……けど、泣いてる時間も立ち止まってる時間もない。笑ってたってやり過ごせやしない。
今、全部を変えられるのは、ぼくだけなんだ。
鼻先から垂れる血を拭って、残った左右の発射口四個から空中にいる勇花おねえさん目掛けて、拡散型のビームを発射する。
左右上下からの攻撃。盾と剣で防いだとしても、残り二つがある。空中じゃさっきみたいには避けられない。確実にヒットするはずだ。
ぼくは確信を持って、ビームの軌道の行き着く先を見る。
予想通り、剣と盾で二つのビームは防がれてしまった。
剣はビームを逸らして。盾はビームを消滅させて。
見えも聞こえもしないはずなのに不思議だ。
だけど残りの二発――左と上からのビームは、勇花おねえさんの体を貫いた。
脇腹と首の付け根から胸かけて穴が開いた。
普通なら絶対に死んでる。だけど、勇花おねえさんはとっくに死んでるから、これくらいじゃ止まらないらしい。
剣を大きく空に向かって振り上げた。剣が白く光り始めて、空に刺さるんじゃないかってくらいの刃になる。
分かってた。だから四発で終わらせるつもりはない。
続けて撃てる限りのビームを連射した。
どれだけ撃ったかなんて分からない。けど数十発のビームだ。
剣を振り下ろすよりも速く、その全てが勇花おねえさんの体を貫いて蜂の巣にした。
バラバラになった勇花おねえさんだったものが、ボトボトと降ってくる。
それだけでも気持ち悪いのに、肉片は生きているみたいにもぞもぞと動いている。
また吐きそうになるけど、ぐっと堪えて、次の行動に移る。
まだ、本当の相手が残ってるから。
「どこに隠れたのだ。ドレミおねえさん」
きっと近くに隠れてる。だって、勇花おねえさんのアシストをして、ぼくを殺そうとしたんだから。今もまだ、ぼくを殺そうと考えてるに決まってる。
羽の先端にあった、ビームのエネルギーを溜める機械はなくなった。あとは残ったエネルギーを使うしかない。でもそれもさっきたくさん使ってしまったから、残りは少ない。
なにが起きるか分からない。無駄撃ちは出来ない。
ぼくの持っている戦闘機能はビームだけ。だから、他の攻撃手段として、肉片に埋まって血塗れになってる勇花おねえさんの剣を貰うことにする。
気持ち悪くて、本当は近付きたくないし、触りたくないけど、雫おねえさんを救う為。迷いも恐怖もなかった。
冷たい。剣がじゃない。剣についた血に体温はなくて、冷え切ってる。
「どこに……どこなのだ。絶対に逃さないのだ」
勇花おねえさんの持っていた剣を貰って、辺りを探す。
羽が壊れてるから、不用意に飛べば的にされる。だから歩いてだ。
必ず見つける。見つけて殺す。
住宅街をくまなく探したけど気配はない。
気付くと、公園に入っていた。
まさかビビって逃げてしまった?
無意識に、剣を握る手が強くなった。
自分か勇花おねえさんか分からない血が柄から垂れて、剣の刃に沿って流れていく。
「いるのだ。絶対に。……出てこいなのだ!」
静かな空間に、ぼくの声だけが響く。
木霊して空気に溶けていく。
「……やっぱり、空から探したほうがいいのだ。攻撃されるより先に見つけてやるのだ」
ちまちまと探していたって見つからない。
リスクを背負わないと掴めないものだってある。
意を決して飛んだ。
なんとか飛べる。けどバランスが取りづらい。ちょっとでも気を抜けば墜落しそうだ。
気を張って空に留まって街を見下ろす。
スプーンで抉り取られたみたいな跡と、ところどころが壊れてる家しか目につかない。
隠れてるのか、本当にここら辺からいなくなってしまったのか。
目に映る事実を受け入れたくなくて歯噛みした。
その時だった――
ある家の塀の裏から伸びている影が見えた。
明らかな人の形。
この場所でそれを見つけたら、正体は一つしかない。
「ドレミおねえさん、見つけたのだ!」
躊躇わずにビームを撃った。
四本の線がそれぞれ四方向から家を貫き、塀に穴を開けて影を襲う。
すると慌てた様子で人が目に見える場所に飛び出してきた。
予想通り。
片髪になったツインテール。ドレミおねえさんだ。
ビームは残念だけど当たらなかった。それなら剣で!
羽を制御して、今出せる全速力で斬りにいった。
「死ねえ!」
型なんて知らない。剣なんて振ったことない。
両手で力いっぱい握り締めて、全力で振った――そんな一撃は地面を叩いた。
魔法少女の筋力はすごい。アスファルトの地面に深く刺さる。
つまり避けられた。
ドレミおねえさんのほうを見なくても、怒りに満ちた目が向いてるのが分かる。
黒い雰囲気が溢れ出してる。
次の手を――
「ボワッ♪」
真っ赤な炎が体を包み込んだ。
「ああ! あああああああああああああああ!」
熱い熱い熱い熱い熱い!
剣を捨てて、急いで地面に転がって消火する。
そこに続けて、ドレミおねえさんの声が聞こえる。
「ズバン♪ ズバン♪ ズバン♪」
その音は見えない剣を振る音だ。
地面を大きく削っていた攻撃だ。当たれば大変なことになる。
炎を消すよりも優先して高く遠くに飛んだ。
そのタイミングで、ぼくのいた場所に見えない斬撃が現れた。
避けられたのはよかった。けど、熱くて苦しい炎はまだ消えてない!
ぼくは一瞬見えた、庭のある家の池に飛び込んだ。
「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……」
痛い……熱い……苦しい……。
皮膚のところどころが焼けた。魔法少女になってなかったら死んでた。
ジュージューと音を立てて蒸発する池から上がると、「ドッカーン♪」って音と一緒に目の前の塀が吹き飛んだ。
「ねぇキミ、ドレミのこと殺そうとしたでしょー♪」
言いながら、ドレミおねえさんが庭に入ってくる。
その姿を見るだけで、苦痛を忘れるくらいの怒りが湧いてくる。
「雫……おねえさんを、お前はおかしくしたのだ。お前を殺して……、雫おねえさんをもとに戻すのだ」
「おかしくした?」
ぼくの言葉に引っ掛かりを覚えたドレミおねえさんは尖らせた口に指を当てて、考える素振りを見せる。
「どっちのことか分からないけどー、その人はー、ドレミのファンになったんだよ♪ 言いがかりはやめてほしいな♪」
「……そんなわけないのだ! お前がなにかしたのだ!」
しらばっくれて。絶対にコイツだけは許さない。
今! ここで! 確実に殺す!
四つの発射口全部からビームを撃った。
この距離なら避けられやしない。
「グニャン♪」
そう、思ったのに。
ドレミおねえさんの前を飛んでいるスピーカーから声が出ると、ビームがツルツルの表面を滑るみたいに、ドレミおねえさんから逸れていく。
「ドレミはね、お礼を言いに来たの♪ あのゾンビを倒してくれてありがとうって♪」
嘘だ。体に絡みつきそうなくらい黒い雰囲気が出ている。
そもそもお礼を言いに来た人が攻撃してくるわけがない。
ペラペラの嘘つきだ。
「じゃ、お礼言ったから終わりね♪ ドレミを傷つけようとしたんだもん♪ ただじゃ終わらせない♪」
更に黒い雰囲気が大きくなった。
全身の毛が逆立って、逃げろって警告してる。
逃げたいよ。逃げたいけど、今だけは逃げるわけにはいかないんだ。
「ぼくだって、ただで終わらせるつもりはないのだ!」
先手必勝。エネルギー残量なんか気にしない。
ビームを乱れ撃った。
「あはははは♪ 当たらないよ♪」
「待て!」
でもドレミおねえさんには舞い踊るみたいにビームを避けられて、逃げ始めた。
ぼくもすぐに追いかけると、今度はドレミおねえさんが仕掛けてくる。
「バカ正直に追ってくるとか♪ ザバーン♪」
スピーカーから音と一緒に大量の水が現れた。
ぼくの身長よりも高い。津波だ。
呑み込まれれば、どうなるか分からない。
飛んで避けると、ドレミおねえさんは続けて攻撃をしてくる。
「ビュウ♪」
水の次は風。スピーカーの水が止まると、台風みたいな突風が吹いた。
このまま吹き飛ばして波に呑ませるつもりなんだと思う。
けど残念だ。ぼくの飛行能力は風の影響を一切受けつけない。たとえそれがどんな強風でも、関係なく飛べる。
そんなことはドレミおねえさんは知らない。
だからその隙を狙う。操作の保てる最高速度で風の中を突き抜けた。
ゼロ距離からのビームを当てれば、威力は高くなくても致命傷は与えられる。
「っ!?」
「死ねぇ!」
驚く顔目掛けてビームを撃った。
小さな爆発が起きる。巻き込まれて吹き飛ばされる。
倒した?
すぐに起き上がって確認すると、ドレミおねえさんも吹き飛んで、うつ伏せに倒れていた。
顔辺りに血溜まりが出来てる。ダメージはしっかりある証拠だ。動かないから、きっと死んでる。
「やった……やった! やったのだ!」
倒した! 雫おねえさんを惑わした悪魔を倒したんだ!
これで全部元通りに――
「ズバン」
地面が大きく削れた。
そんな様子を上空から見る。
危なかった。完全に油断してた。
黒い雰囲気を感じられてなかったら、確実にやられてた。
「おい、なに逃げてんだよ」
顔の右半分を押さえながら、ドレミおねえさんがゆらりと立ち上がる。
その顔は血の赤じゃなくて、怒りの赤に染まってた。
あまりの迫力に息が詰まる。
「ドレミの顔に傷をつけたな……? なにしたか分かってんのかよ。ドレミはアイドルだぞ。顔が命なんだ。……なのに、なのにお前はそれを……」
怒りのあまり、ドレミおねえさんの体が震えてる。
手から赤い糸が引かれて、爛れた顔が姿を見せる。
「それをお前は傷つけた! 絶対に殺す! ファンにはしない! 苦しめて苦しめて苦しめて苦しめて苦しめて、殺してやる!」
荒らげられた言葉に体がすくむ。
その表情は、ぼくの人生で初めて見る表情だった。
怒り、憎しみ、殺意。ありとあらゆる感情が混ざって、全身からどす黒い雰囲気を溢れさせてる。
正直に言うと、今すぐにでも逃げたい気持ちでいっぱいだ。
でもそれはずっとそうで、必死に飲み込んで、ここまで来た。今更逃げたりしない。
たとえどれだけ昔の嫌な記憶の手がぼくを掴んだとしても。
「それはこっちのセリフなのだ! おねえさんをもとに戻す為にも、お前は絶対に殺すのだ!」
「やってみろよ、チビ女!」
「やってやるのだ!」
「ピカーン!」
スピーカーが太陽みたいに光ると、視界が真っ白になった。チカチカとして、なにも見えない。
このままじゃいい的だ。慌てて体勢を整える為に逃げようとするけど、目が見えないこともあってバランスが全くとれない。
こんな状態でスピードを出せば制御なんて出来ない。でもだからって遅い速度じゃ狙われる。
とにかく遠くへ。
なりふり構わず、全速力で逃げた。
その結果墜落した。色んなものにぶつかって、壊して、勢いよく地面を転がった。
でも不思議と痛くなかった。
これがドーパミンが出ているって感じなのかな。
「ズドドドドーン!」
追撃だ。
まだ目は完全には見えないけど、薄っすらと周りが見え始めた。これを避ければ視界が戻る時間は稼げる。
見て分かったことがある。ドレミおねえさんの能力にはスピーカーを使う。
つまり音のする方向には、きっとスピーカーがある。
音の場所的に低い位置を飛んでる。細かく言うと、ぼくの胸辺りだ。そのまま向かえば直撃。反対に逃げても、飛距離が分からないから危険。
それなら――
一か八かで右側に飛んだ。
すると地面が爆発したみたいな音が何度も聞こえた。
そのまま上に、スピーカーが追ってこられないだろうってところまで飛んだ。
「よし。見えるのだ」
まだ目はチカチカする。けど見えないわけじゃない。
蛍が飛んでるみたいな視界で地上を見てみると、ドレミおねえさんがこっちを見てるのが分かった。その隣にはスピーカーが一つ漂ってる。
そういえば初めて見たときはスピーカーは二つあった気がした。けど一つしかないってことは使えなくなったってことだ。
つまり……。
「あのスピーカー……壊せるんだ」
スピーカーさえ無力化すれば、ドレミおねえさんの武器はなくなる。勝つことが出来る。
そうと決まればやることは決まった。最優先はドレミおねえさんを殺すことじゃない。スピーカーを壊すことだ。
そうと決まれば。
重量に身を任せてから速度を上げる。
慣れてきたからか、目が見えてれば、速度を出しててもある程度は羽を制御出来る。
このまま突っ込んだって返り討ちに遭うだけ。
対抗する為の武器がいる。
ぼくはアスファルトに突き刺したまま放置している勇花おねえさんの剣を回収しにいった。
到着すると、ドレミおねえさんは触りもしなかったのか、ぼくが突き刺したそのままの状態で残っていた。
それを取って、もう一度ドレミさんのところに向かおうとしたんだ。けど――
「ザッパーン!」
あっちから来てくれた。
襲いかかってくる津波を飛んで避けると、遠くにドレミおねえさんの姿が見えた。スピーカーも近くにある。
どっちも壊してやる。
「ダンダダンダダダダダダダダーン!」
突っ込むのと同時に銃弾の豪雨が飛んできた。
大きく迂回して飛んでくる弾を避けながら距離を詰める。
今度はこっちの番だ。
合わせてビームを大量に撃ち込んだ。
これ以上、あっちに攻撃する隙は与えない。
ここで全部を出し切って殺す!
爆発に紛れて舌打ちが聞こえた気がすると、ドレミおねえさんがスピーカーを連れて、逃げるように走り出す。
「逃さないのだ!」
ビームを撃ちながら追った。
「うっぜぇんだよ! ズバン! ズバン! ズバーン!」
言葉からして見えない斬撃だ。
でも軌道はスピーカーの方向を見れば分かる。
手当たり次第に放たれる見えない斬撃を避けながらビームを撃ち続ける。
「近付けない……! でも!」
ここで逃がすわけにはいかない。
傷つくことを恐れていたらなにも成し遂げられない。
「おねえさんを助けるのは、ぼくなのだ!」
エネルギーがもう底を突く。
なりふり構わずに突っ込んだ。
見えない斬撃が飛んでくるけど、軌道を把握して全部避けて、距離を詰める。
「壊れろぉ!」
「ズバ――」
そしてゼロ距離でスピーカーに全部のエネルギーを使ったビームを撃ち込んだ。
祈る時間もない。瞬きすら出来ない一瞬だった。スピーカーは蒸発するみたいに溶けて弾けた。
それを見て、少し離れた位置にいたドレミおねえさんは、なにを思ったか、屋根に飛び乗って逃げた。
障害物を利用して隠れるつもりかもしれない。
残念だけど、空から見渡せるぼくには無意味だし、逃がしはしない。
ようやく手にした絶好のチャンスだ。確実に決める。
両手で剣を握り締めて、腕を引いて――突撃する。
「これで……終わりなのだぁぁぁぁ!」
そう……確信したのに。
ドレミおねえさんの表情が焦りから勝ち誇ったみたいな笑みに変わった。
ぼくとドレミおねえさんの間に庇うように人が割り込んできた。
なん……で、このタイミングで……。
顔も綺麗なドレスも砂埃まみれ。現れたのは生き埋めにしてきたはずの雫おねえさんだった。
敵意を持った目で、ナイフをこっちに向けてる。
壊れた羽じゃ、勢いがついた体は止められない。
このままじゃ剣はドレミおねえさんじゃなくて、雫おねえさんを貫いてしまう。
どうすれば……。どうすれば……。
いや、そんなことは考えなくても分かってる。
ぼくは雫おねえさんを助ける為にここまで来たんだ。
それならやることは一つだけ。
剣を投げ捨てる。
大丈夫。このチャンスを逃しても、きっとどうにかなる。
それよりも雫おねえさんを傷つける方が問題だ。
だってほら、その証明に同じタイミングで現れた姫奈おねえさんが真っ赤な鎌をドレミおねえさんの首目掛けて振り下ろしてる。
これまでの人生嫌なことばっかりだった。
でも雫おねえさんと出会えてから決めたんだ。もう誤魔化す為に笑ったりしないって。
笑うのは楽しいとき、嬉しいときだけ。雫おねえさんと一緒にいるときにするんだって。
短い時間しか一緒にいなかったけど、ぼくにとってはこれまでの人生の中で、一番濃くて、一番明るくて、一番温かくて……、一番楽しい時間だった。
あのとき助けてもらった。見捨てずに寄り添ってくれた。
だからぼくも絶対に、なにがあっても見捨てない。最後まで希望を捨てない。
「おねえさん、もとに戻って」
ぼくは突き立てられたナイフごと、雫おねえさんの胸に飛び込んだ。




