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第八話


 俺は、町の名前を書いてあった看板のあった広場から離れ、さらに町の中心部へと進んでいく。


 深い霧の地方都市では、俺の足音は不自然に大きく響いた。

 白い霧は一定の濃さを保ち、時折、渦を巻くように動いている。それは生きものの呼吸のようにも思えた。


 路地を曲がると、『コーヒーパラダイス』と表記された小さな喫茶店が目に入った。

 店の外観はさびれた地方都市の象徴のようだった。

 消灯している蛍光灯看板と、曇った窓ガラス。


 ふと、窓ガラスに映る自分の姿が見えた。


 そこにあるのは確かに俺、レン・ヴァルムントの姿だった。

 漆黒の髪に紫紺の瞳、十九歳の青年。

 冒険者の装いも変わっていない。


 それに俺は少しだけ安心した。


「どうして俺が…天ヶ瀬蓮が、この町に関わりがあるんだ?」


 俺は独り言をつぶやく。

 もちろん、誰も答えるものなどいない。

 …それにしても、『コーヒーパラダイス』か。

 少なくとも、異世界ではコーヒーはなかった。


 俺は、そんなことを思いながら、その喫茶店の入口へと移動した。


 そして、入口のドアノブに手をかけてみた。

 軽い抵抗感はあったが、意外にも簡単に開いた。


 喫茶店の中に入った。

 中は時間が止まったかのような空間だった。


 テーブルにはプラスチック製の灰皿。椅子はプラスチック製の背もたれにクッションが敷かれていた。

 壁には黄ばんだ観光ポスターと地元の祭りを撮影したかような写真が無造作に貼られていた。


 カウンターの上には白いクロスがかけられ、微かに黄ばんでいた。

 奥にはレジと簡素なキッチンスペース。


 レジ横にはピンク色の卓上公衆電話が置かれ、カウンターには古びたガラスケースの中にプラスチック製の食品サンプルが並んでいた。


 『ブレンドコーヒー 350円』『ナポリタン 680円』などの値段がメニュー表に書かれている。


 もちろん、店内には客の姿はなかった。この町全体と同じように、誰もいなかった。

 窓から見える白い霧の世界と合わさって、ここがまるで異世界のように見えた。


 カウンターの上に置かれた新聞が目を引いた。

 俺が手に取ると、その日付は平成五年となっていた。

 しかし、詳細な月と日付の部分は年月を感じるように文字が掠れて判読できない。

 新聞の大見出しには『連続失踪事件の真相とは?』と記されていた。


『忌鳴町で児童の行方不明が相次ぐ

 忌鳴町内で今月に入り、複数の児童が行方不明となっている。警察は事件性を視野に捜査を進めているが、手がかりは少ない。地元警察は引き続き情報提供を呼びかけている。

 失踪した児童たちの共通点について捜査当局は「現時点で明らかにできる特定の接点は確認されていない」としているが、関係者によれば…』


 記事は、それ以上読むことが出来なかった。

 この忌鳴町で子供たちが相次いで行方不明になり、捜査が難航していることしか読み取れない。

 おそらく、これから先は住民たちのインタビュー記事だろうが、名前も顔写真も掠れて文字が読めなかった。


 突然、『バチッ』という音が聞こえた。

 俺は驚いて、顔を上げた。

 ブラウン管が動作している独特な音が聞こえた。

 見てみると、店の奥にあったブラウン管のテレビに電源が入っていた。

 白黒の雪模様がブラウン管に現れ、耳障りなノイズが室内に充満する。


 なんだこれ?


 ノイズしか映っていない。

 俺はそのテレビの前に移動しようとした。

 近づいていく。


 あれ?


 何かが見えた。

 ノイズの中から少しずつ映像が浮かび上がってきた。

 それは忽然として不鮮明な画面だったが、子供たちが輪になって踊っている様子。

 彼らの歌声はノイズによって途切れがちだったが、かろうじて聞き取れた。


「星の神様…降りてきて…私たちを…連れてって…。」


 歌声が耳に入る。

 画面の中央には黒い袴姿の人物がぼんやりと映っている。

 その顔がカメラに向けられようとした瞬間、テレビは唐突に消えた。


「なんだったんだ…?」


 俺はテレビの本体にあるスイッチを弄った。

 ポチポチと電源ボタンを押す。


 何も反応はない。


 それからいろいろと弄ってみたが、完全にテレビは沈黙したままだった。

 そこで俺はふと、背面を確認した。


 おかしい。

 電源コードが壁のコンセントから抜けている――いや、そうではない。

 このテレビには最初から電源コードが接続されていなかった。

 ただの置物のはずで映像など映るはずがない。


「ありえない。」


 …こんなこと、ありえるのか?

 だがそれが俺の目の前で起きてしまっていた。

 間違いなく、ここでは俺の理解を超えたことが起きていた。


 俺は反射的にテレビから距離を取った。

 俺は踵を返して、喫茶店の出口のドアへ向かって一目散に駆け出した。

 足が床に叩きつけられる音が店内に響いた。

 ノブを掴んで、やや力任せに回して扉を開けた。


 …ああ、外だ。


 俺は喫茶店から出ると、少しだけ安心した。

 喫茶店の外は相変わらず、真っ白な霧しか見えなかった。


 普通に考えて、とても不気味だ。


 けれども、あの不気味な喫茶店にいるよりはずっと良かった。

 俺は、あてもなくこの白い霧の町を進むほかになかった。


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