第六話
まさにそこは静謐な場所だった。
一時間ほどまっすぐに小道を歩き、森の最も奥まった場所に着いた時、俺たちは足を止めた。
「あれだ。」
眼前には、巨大な花崗岩の塊があり、その中央に黒々とした亀裂が走っていた。
亀裂は人が通れるほどの大きさで、内部は真っ暗闇で何も見えない。
一見すれば自然の亀裂にも見えるが、近づくと違和感があった。
石の表面に微かな魔法陣の痕跡があり、亀裂の形が不自然に整っている。
「確かに、これは自然にできたものじゃないな。」
俺は石の表面に触れてみた。
冷たく、何か言いようがない感覚があった。
シルヴィアが手をかざし、魔力を感知する呪文を唱えた。
「魔力の流れが…特異。外に漏れ出すのではなく、内側へ流れ込んでいる。」
淡々とシルヴィアは報告する。
「よぉし!中に入ってみようぜ!」
ルシアが剣に手をかけ、意気揚々と言った。
彼女はいつでも冒険に前のめりだ。
俺たち一行は準備を整え、亀裂の中へと足を踏み入れた。
◇
ダンジョン内部は予想外に整然としていた。
天井は高く、壁は滑らかで、灰色の石で作られている。
廊下は幅広く、真っ直ぐに奥へと伸びていた。
微かに光を放つ苔のようなものが壁に生えており、薄暗い通路を照らしていた。
「苔。魔力の結晶化した形態。生物ではない。」
シルヴィアが壁の苔に指を伸ばして観察していた。
それは彼女の知的好奇心を擽っているらしい。
ただ、本当に…。
「…何もないな。」
ルシアが周囲を警戒しながら言った。
通常のダンジョンなら、入口付近には魔物がいるはずだ。
最低でも小型のスライムくらいは出現するものだが、ここには何の気配も感じられなかった。
俺は魔導ライフルを構え、慎重に前進した。
指は常にトリガーの近くに置きながらも、撃つ必要がありそうにないことに薄々気付き始めていた。
イリスが小さな光球を呼び出し、通路をより明るく照らす。
「この光で少しは見やすくなりますね。」
そう言いながらも、彼女の表情には不安が浮かんでいた。
「違和感。このダンジョンは私たちを誘っているように感じる。」
シルヴィアが静かに言った。
彼女は常に周囲の魔力の流れを観察しているようだった。
「その割には、聖なる気配も邪悪な気配も感じません…。ただ、空虚な感じがします。」
イリスも続けてそう語る。
俺たちは延々と通路を進んだ。
石造りの何の変哲もない通路がただひたすらに続き、分岐もなく、罠の気配もなかった。
ただの長い廊下が延々と続くだけの空間。
それはあまりにも奇妙だった。
何もない。モンスターはいない。宝もない。
まっすぐな通路だけのものが、もはやダンジョンと呼べるのかさえ疑問だった。
あまりにも単調な構造物。
通路を進んでいく。
歩いても歩いても風景は変わらない。
壁の質感、天井の高さ、床の感触、すべてが均一で、まるで同じ空間を何度も通過しているかのようだった。
俺は時折、壁に印をつけることで進行を確認したが、確かに前へと進んでいた。
しかし、感覚的には一歩も進んでいないような不思議な感覚だ。
「この空間にいるとおかしくなりそうだ。まるで距離や空間の認知が歪んでいくみたいだ。」
俺は前方を見つめながら言った。
「どういう意味ですか?」
ルシアが首を傾げる。
「簡単に言えば、同じところを延々と進んでいくと錯覚が生じる、ということだ。」
「なるほど。」
シルヴィアが興味深そうに話を続けた。
「村人たちは気分が悪くなった理由。それは認識の歪み?」
「そうかもしれない。人間の感覚はあくまで変化に富んだ環境に適応しているからな。」
「なるほど。」
淡々とシルヴィアは同意する。
納得してくれたのか?
まあ、今、俺自身が次第に違和感を覚え始めていたのが問題だったけれど。
というのは、この不自然に変化のないダンジョンの中。
距離感がつかめなくなり、足元が安定しない感覚に陥りつつあった。
あまりにも同じ空間に閉じ込められているかのような…。
確実に俺たちは前に進んでいた。
しかし、そこで足踏みでもしているかのように同じ通路の様子が延々と続く。
…ああ、これは何なんだ。
俺は内心一人で愚痴り始めていた。
その時だった。
突然、金属が軋むような大きな音が鳴り響いた。
大音量だった。
耳が破れそうだった。
いや、違う。単なる音ではない。
俺たちは思わず足を止めた。
その音は耳を貫くような鋭さと、心を揺るがすようなものを持っていた。
「なんだこれ!」
俺は叫んだ。
他のメンバーも耳を押さえて耐えている。
突如、俺の頭に激しい痛みが走った。
まるで頭蓋骨の内側から何かが押し出されるような、耐え難い苦痛。視界が歪み、膝をつく。
周囲を見ると、みんな同様に苦しんでいるようだった。
頭痛と共に、何かが脳裏に押し寄せてくる感覚があった。
まるで記憶の断片が無理やり流れ込んでくるような、しかし掴みきれない不思議な体験。
何か重要なことを思い出そうとする時のような、あの奇妙な感覚だ。
「これは…。」
言葉を紡ぐ間もなく、意識が遠のいていった。すべてが闇に沈んでいった。