第五話
北の森は深く、日光が地面に届かないほど木々が密集していた。
苔むした岩や朽ちた倒木が点在し、時折、小動物の気配が感じられた。
そんな森の中をさらに進むと、突然、木々の間から不協和音のような鋭い叫び声が聞こえてきた。
それでも、俺たちは森の奥へと進み続けた。
木々が徐々に密になり、空気は湿り気を帯びていく。足下は柔らかな苔で覆われ、足音すら吸い込まれるようだった。
「来る。」
シルヴィアが突然、言った。
「お、おい!」
ルシアが叫んだとき、森の奥から地響きのような震動が感じられた。
「あれは…。」
イリスが前方を指さした。
茂みを押し分けて現れたのは、先ほどのゴブリンたちとは比較にならない巨体だった。
身長は優に二メートルを超え、緑の肌は黒ずんでいる。
頭には木の実で出来た『王冠』が乗せられ、手には巨大な石槌を携えていた。
「キングゴブリン!」
ルシアが叫んだ。
「あんな大きいの、こんな地方で見たことないぞ!」
その巨大な魔物の背後からは、さらに数十体のゴブリン兵が現れた。
先ほどの群れよりも装備が整っており、明らかに組織的に動いていた。
「まさか、ゴブリンの群れがいるとは。」
俺は驚きを隠せなかった。
「この森は古くから魔物の棲家だったと聞いています。」
若い猟師が震える声で言った。
「でも、キングゴブリンの姿を見たのは初めてです…。」
俺は猟師の肩に手を置いた。
「心配するな。俺たちが必ず守る。君はイリスの後ろに隠れていてくれ。」
キングゴブリンが咆哮を上げると、周りのゴブリン兵たちが一斉に襲いかかってきた。
「陣形を!」
俺は指示を出した。
「イリス、猟師を守りながら後方から支援を!シルヴィア、魔法攻撃を!ルシア、俺と前衛を担当だ!」
全員が素早く動き、戦闘態勢を整える。イリスが両手を高く掲げ、詠唱を始めた。
「聖なる光よ、我らを守りたまえ―ディヴァイン・バリア!」
透明な光の壁が若い猟師とイリスを囲み、最初の矢や投石を完全に防いだ。
シルヴィアは、緑色の魔力を集中させる。
「森の精霊よ、我が意志に従え―ルート・エンタングル!」
地面から無数の蔦が生え出し、前方のゴブリン兵たちの足を絡め取っていく。
動きを制限された敵を見て、俺は魔導ライフルを構えた。
「ルシア、正面突破だ!」
ルシアが笑みを浮かべ、剣を握り締める。
「任せとけ!」
彼女が突進すると同時に、俺は魔導ライフルの照準を整えた。
マナ結晶粉を混ぜた特製弾を装填し、引き金を引く。
轟音と共に青白い光が放たれ、ゴブリン兵の列に直線的な穴を開けた。
魔力を帯びた弾丸は通常の五倍以上の威力を発揮し、一撃で複数の敵を倒す。
その隙をついて、ルシアが剣を振るい始めた。
「喰らえ!ブラッディ・スノーストーム!」
彼女の剣が空気を切り裂き、十字を描くように敵を両断する。鋼鉄のような銀の鎧が朝日に輝き、まるで赤い髪と共に踊るかのようだった。
一方、いくつかのゴブリンが迂回して後方のイリスと猟師に迫ろうとしていた。
「レン様!後ろです!」
猟師の警告に俺は振り返る。三体のゴブリンがイリスの結界に向かって岩を投げ、ひびを入れようとしていた。
「イリス、しゃがめ!」
俺は即座に照準を合わせ、素早く三発を連続で発射。見事にゴブリンたちを撃ち倒した。
キングゴブリンは自分の兵が次々と倒されていくのを見て、怒りの咆哮を上げた。突然、その巨体から暗緑色のオーラが放出される。
「注意!キングゴブリンから毒の魔力!」
シルヴィアが警告を発した。
キングゴブリンは巨大な石槌を振り回し、地面を強打した。
衝撃波が地面を伝わり、イリスの結界が揺らぐ。
「結界が持ちません!」
イリスが叫んだ。
猟師を守ろうとイリスが自分の体で彼をかばう。
シルヴィアが素早く詠唱を開始する。
「敵の毒を払え。風の障壁―ウィンドウォール!」
強い風の壁が形成され、キングゴブリンから放たれた毒々しい緑の霧を吹き飛ばした。
「レン、あの王冠は弱点!」
シルヴィアが指摘する。
俺は素早く照準を合わせるが、キングゴブリンは予想外に素早く動き、ゴブリン兵を盾にして身を隠した。
「くそっ、当たらない!」
その時、ルシアが声を上げた。
「レン、俺に任せろ!背中を取る!」
彼女は驚異的なスピードで横に滑り、残りのゴブリン兵を薙ぎ払いながらキングゴブリンの後方へと回り込んだ。
「今だ!」
イリスが新たな詠唱を始める。
「聖なる光よ、真実を照らせ―ディヴァイン・レイ!」
キングゴブリンの周囲が眩い光に包まれ、一瞬その動きが鈍った。
シルヴィアが続いた。
「大地の力よ、敵を縛れ―ストーン・プリズン!」
地面から岩の柱が突き出し、キングゴブリンの足を固定した。
「レン、今よ!」
俺は魔導ライフルに残った最後の特製弾を装填し、王冠に照準を合わせた。
「とどめだ!」
引き金を引くと同時に、ルシアが後方から跳躍し、キングゴブリンの背中に剣を突き立てた。
魔導ライフルから放たれた魔力の弾丸は木の実で出来た『王冠』を見事に貫通し、キングゴブリンの頭部を吹き飛ばした。
巨大な体が崩れ落ちる瞬間、ルシアは素早く身を翻して安全地帯に着地した。
森に静寂が戻った。
すかさず、イリスが全員の元に駆け寄った。
「聖なる光よ、傷を癒せ―ヒーリング・サークル。」
回復魔法だ。
柔らかな光が四人と猟師を包み、疲労や軽傷が癒されていく。
「イリス、そしてみんな、ありがとう。」
俺はみんなに礼を言った。
若い猟師は目を見開いたまま、私たちの戦いぶりに圧倒されていたようだった。
しかし、そこで我に返ったようだった。
「あ、ありがとうございます。」
彼は深々と頭を下げた。
「ダンジョンはまだ先です。これからは…。」
俺はその言葉を遮った。
「ここから先、あなたが俺たちと一緒に進むのは危険です。ゴブリンを撃退した今しかない。今ならしばらく、ここら辺でゴブリンは出ないだろう。さっさと村に引き返したほうがいい。」
俺は猟師に告げた。
「あとは、この小道をまっすぐ行けばいいんだろ?だったら、この先は俺たちだけで十分だぜ。」
ルシアも言葉を続けた。
「わ、分かりました。それでは、皆さん、どうかお気をつけて…」
猟師は感謝と畏敬の念に満ちた表情で深々と頭を下げた。
「ええ。どうぞお気をつけて。村の皆さんにもお大事に、とお伝えください。」
イリスが優しく微笑んだ。
シルヴィアは遠目に見ていた。
そう言い残すと、彼は来た道を戻り始めた。
俺たちは彼の姿が見えなくなるまで見送った後、再び歩き始めた。