第二話
俺がギルクレスト大陸に転生してから十九年。
生まれ変わり、魔法と剣の世界で生きる道を選んだ。
記憶の中の科学知識を武器に強さを手に入れ、冒険者として名を上げ、ついには城まで手に入れた。
初めて城を見た時は感動したものだ――きっと、前世では一生をかけたとしても手に入らなかっただろう財産だからだ。
この城も、ヴァルムント家から相続したものではなく、五年に及ぶ冒険で得た報酬で購入したものだ。
竜退治、聖剣の奪還、魔王の幹部討伐――これらの功績が俺にもたらした莫大な財宝の一部を投じて手に入れた。
古びて放棄されていた城を修復し、今では辺境の拠点として機能している。
俺の城下町には、多くの商人や職人が集まり、賑わいを見せていた。冒険者の街として名が知られるようになったのは嬉しい誤算だった。
窓の外に目をやると、月が城の窓から差し込んでいた。
赤い月が輝く、この世界特有の天体現象。前世では見たことのない光景だ。
時々、この景色を見ていると、前世のことなど忘れてもいいかと思えてくる。
でも、それはきっと間違っている。俺の強さの源は前世の知識なのだから。
そんな話をしていると、メイドのマリアが入ってきた。
イリスのつてで最近城に仕えるようになった平民出身のお手伝いさんだ。
彼女は特に能力があるわけではないが、誠実さと勤勉さでその仕事ぶりは評価されていた。
「レン様、申し訳ありません。急ぎのご報告がございます。」
いつもは穏やかな彼女の声に緊張感があった。
「どうした、マリア?」
「領地の北の森で、奇妙なものが出現したとの報告が入りました。村人たちが狩りの最中に発見したとのことで…。」
「奇妙なもの?魔物か?」
ルシアが即座に立ち上がり、剣に手をかけた。マリアは首を横に振った。
「いいえ、ダンジョンだそうです。ところが、村人たちの話では、そのダンジョン内には何もないそうで…。」
「何もない?」
俺はマリアに聞き返す。
なにしろ、そんなものダンジョンとして成り立っていない、そう思ったからだ。
「はい。モンスターも、宝箱も、罠も…ただ通路が延々と続くだけだとか。村では『静謐のダンジョン』と呼んでいるそうです。」
マリアは少し緊張した様子で、そう答えた。
「魔力の結晶化現象がなければ、ダンジョンが形成される理由がない…理論的に説明がつかない。」
シルヴィアが突然、興味を示してきた。
「それだけではありません。」
マリアは話を続けた。
「探索に入った村の若者たちが皆、気分が悪くなって戻ってきたそうです。そのあと、奇妙な夢を見る者、頭痛に悩まされる者もいるとか…村長は不安を抱いており、領主様のご判断を仰ぎたいとのことです。」
俺は考え込んだ。
領地内に突如現れたダンジョン…それもこれまでに聞いたことがない特異なもの。
領主として放置するわけにはいかない。
それに『何もない。』というその奇妙さが気になった。
「レン様、これは調査すべきでしょう。もし領民に危険が及ぶようなものであれば…。」
イリスが心配そうに言った。
「その通りだ」
俺は頷いた。
「俺たちで調査しよう。明日にでも出発する。」
「おう!またすぐに冒険かよ!最高じゃねぇか!」
ルシアが興奮した様子で拳を突き上げた。
「静謐のダンジョン…興味深い。」
シルヴィアの目には珍しく好奇心の色が浮かんでいた。
「古代の遺跡とも違う特性を持つなら、研究価値は計り知れない。」
俺も同じく、この奇妙なダンジョンには何か引かれるものを感じていた。
領主としての責任だけでなく、冒険者としての好奇心も刺激されていた。
そう、それに…。
何か、俺の前世の知識が告げていた。
ドラゴンや魔王の幹部が支配するような高難易度ダンジョンとは意味合いが違う。
いうならば、特異点のような…。
とにかく、静謐のダンジョン。
それはやばいものだと、現代人らしい直感が俺に囁いていた。
「よし、決まりだな。マリア、準備を頼む。明日の朝には出発できるようにしてくれ。」
「かしこまりました、レン様。」
メイドが下がった後、俺たちは早速、準備の打ち合わせを始めた。
「レン、その魔導ライフルだけど、今回も持っていくんだろ?」
ルシアが尋ねた。
「ああ、もちろんだ。今晩中に点検して、火薬も新しく調合しておく。シルヴィア、そのダンジョンについて知っていることはあるか?」
俺はルシアにそう答えてから、シルヴィアに聞いてみた。
「ダンジョンの形成は魔力の結晶化と分布が基本…だけど、モンスターも宝もない場所なんて聞いたことがない。」
シルヴィアは魔導書を開きながら首を振った。
「私は治癒の聖水と結界の札を多めに用意します。何が待ち受けているかわかりませんから、万全を期しましょう。」
イリスが心配そうに言った。
俺は頷いて早々にパーティを切り上げることにした。
立ち上がり、城内の自分の工房へと向かうことにした。
魔導ライフルの点検と、爆薬の調合をしなければならない。
魔法こそ使えないが、前世の知識で道を切り開く。
それが俺の流儀だった。
工房へ向かう階段を上りながら、俺は『静謐のダンジョン』と名付けられた、それに何か運命的なものを感じずにはいられなかった。
心の奥底で、何かが俺を呼んでいる。
そんな気がしてならなかった。