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第一話

 俺の城の大食堂には、勝利を祝う歓喜の声が満ちていた。

 豪勢な食卓を囲んで、俺は三人の冒険者仲間たちと共に盛り上がっていた。

 テーブルには様々な料理と酒が並び、その豊かな香りが部屋中に広がっていた。


「みんなの無事な帰還と勝利に乾杯だ!」


 俺は銀の杯を高く掲げた。

 杯を持つ手には、ヴァルムント家の家紋が刻まれた指輪が宝石のように明るく反射している。


 これはブリタニア帝国最北の辺境伯爵家に代々伝わる証。

 だが俺はそんな肩書きより、単に『レン』という名で冒険者として生きる道を選んでいた。


 レン・ヴァルムント――それが俺の名前だ。


 貴族とは本来、家に誇りを持ち、王家に忠誠を誓うものだった。

 けれど、前世の記憶を持つ俺にとって、貴族なんて過去の遺物でしかない。

 いや、それどころか、前世では存在しなかった階級制度そのものが俺には違和感だらけだった。


「レン、今回の冒険も見事だったぜ!あのゴブリンロードの一団を一掃するなんて、さすがだな!」


 ルシア・エヴァレットが満面の笑みを浮かべた。

 炎のように激しく揺れる真紅の髪、鋼鉄のように冷たく鋭い青い瞳、褐色の肌。


 彼女は女騎士だった。

 軽装の銀の鎧を身に纏い、腰には『ブラッディ・スノーストーム』と名付けられた名剣を携えていた。

 没落した辺境伯爵家の再興と『勇者の証』を求める高潔な女騎士である。

 その剣技は王都の騎士団長ですら舌を巻くほどの高みに達していると噂されていた。


「ルシアのおかげだよ。あの一撃がなければ、魔物に飲み込まれていたかもしれない。」


 俺は率直に答えた。ルシアは照れたように頬を赤らめる。


「当たり前だぜ!俺の剣がなきゃあの程度の戦いは終わらねえよ!でも、次は俺一人で倒してやるからな!この『ブラッディ・スノーストーム』の真の力、見せてやるぜ!」


 彼女は豪快に笑いながら、グラスの酒を一気に飲み干した。

 腕で口元を粗く拭う姿は、貴族の娘とは思えないほど武骨で、それが彼女の魅力でもあった。


「でも、レン様のあの奇妙な武器がなければ勝てなかったでしょう。あの魔導ライフルという前世の武器、本当に神秘的です。魔法が使えなくても、あんなに強力な一撃…まるで神の加護を受けているかのようです。」


 イリス・セイクレッドが、上品な仕草で杯を口元に運びながら柔らかな声で言った。

 銀の月光のように輝く長い髪と、白い陶器のように滑らかで美しい肌、そして深いアメジスト色の澄んだ瞳を持つ少女。


 純白のドレスに身を包み、首元には『聖なる守護』の証である青い石のペンダント。

 聖光帝国の皇女でありながら、13歳で聖なる力を目覚めさせ『神に選ばれし聖女』として神殿に奉げられた高貴な少女だ。

 彼女の治癒魔法は絶望的な重傷でさえ癒す奇跡の力を持つ。


「レンの前世知識の応用。通常の魔術師では思いもつかない発想。私が知る限り、あれほど火薬を用いた武器は他に例がない。魔力がほとんどないのに、それを補って余りある創意工夫…。やはり、レンが主張する異世界の科学技術は、この世界の常識を覆す可能性を秘めている。」


 シルヴィア・フォレストウィンド。

 エルフの彼女は表情に乏しい。

 彼女の翡翠色の長い髪が微かに動き、黄金に輝く鋭い瞳が俺の装備を分析するように観察していた。


「前世か…。」


 俺は、シルヴィアを見る。

 彼女は、細身の体に古代エルフ特有の刺繍が施された深緑のローブを纏っていた。

 見た目は二十歳にも到達していないようだが、実年齢は200余年を数える古代エルフの森の守護者一族の末裔だ。

 彼女の魔法知識は大図書館にも匹敵するといわれ、失われた古代魔法の再現にも成功している。


 食事中なのにもかかわらず、彼女の前には料理と一緒に魔導書が置かれている。

 今、読むのか?

 あんな複雑な魔法陣が書かれているやつを?


 頭が痛くなった俺は、視線を自らの銀の杯に戻した。


 異世界に転生する前、俺は天ヶ瀬蓮という日本人だった。

 それを思い出したのは、5歳になったときのこと。

 ある日、原因不明の高熱でうなされ、回復魔法を使える治療師にも原因がわからないまま、ふと記憶が甦った。前世の記憶が。


 ただ、その記憶は今もなお断片的だ。

 科学的な知識などについては何不自由なく思い出せる。


 簡単な薬学、医学知識、火薬の調合法、金属精錬の技術、単純な機械の設計図――それらの知識については鮮明に記憶に残っている。


 だけども、どこでどういった生活をしていたのか…。

 今になっても、まったく思い出すことができない。

 家族がいたのか、学校や会社はどうだったのか、友人関係も恋愛経験も、すべてが霧の向こうに消えている。


 現代日本の実用的知識や文化的記憶は残っているのに、個人的な経験だけが欠落している不思議な状態だった。

 まあ、大方、ろくでもない記憶に違いない。

 たとえば、ブラック企業に勤めていて過労死したとか。

 だから、記憶にセーブがかかっているに違いない、と俺は勝手に思っていた。


 それに、その知識こそが今の俺の武器になっているのだから。

 俺の魔力は平均以下だが、前世の知識を活かした武器の開発と剣術で、その弱点を補って余りある戦闘力を手に入れていた。


「前世の記憶自体が眉唾。やっぱり、妄想?」


 シルヴィアが冷静な分析眼で俺を見据えながら鋭く質問した。

 彼女はいつもそうだ――まったくもって発言には配慮というものがない。直球で、核心を突いてくる。


 長い年月を生きてきた彼女には、人間的な遠慮など通用しない。

 故郷であった大森林が地上から消え去る悲劇を経験した彼女は、現実を直視する冷徹さを身につけているのかもしれない。


「さあ、そうかもしれない。だけどさ。俺の開発した武器は実際に効くだろう?」


 俺の言葉に、食堂に一瞬の静寂が訪れた。


「確かに。あなたの魔導ライフルや爆薬の効果は疑いようがない。だけど、それだけ。技術が機能しても、その世界があったことにはならない。あなたが勝手に日本という妄想を作り出し、そこから武器の設計図も創造している可能性は否定できない。」


 シルヴィアは淡々と事実を述べるように言った。

 その言葉は、俺の心に刺さる。

 ただ、彼女の分析には一面の真理があった。


「シルヴィア様、そんな…。レン様が深刻にお悩みになっていることをそんな風にお答えするなんて…。きっと、神様の導きがあれば、すべての謎は解き明かされます。」


 イリスが優しくフォローしてくれた。

 彼女は純粋な信仰心と慈悲の心を持っている。


「ああ、そうだ、気難しい話はやめろよ!前世だろうが妄想だろうが、レンの武器と戦い方が本物なのは間違いねえ!それでいいだろ!」


 ルシアが剣の柄を叩きながら割り込んできた。

 彼女の単純明快な正義感は、時に複雑な状況を打開する力を持っていた。


「みんな、ありがとう。」


 俺は微笑んだ。

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