9 火掴みの試練に対する村人たちの認識
ギョームの死を巡る事件の真相を探る中で、エミールの無実が「火掴みの試練」によって証明されたとされた結果は、村全体に強い影響を与えたようだ。
私は、この試練とエミール自身についての村人たちの認識を知るため、村人たちから更に話を聞くことにした。
最初に話を聞いたのは、広場で野菜を売っている年配の女性、セリーヌだ。彼女は火掴みの試練に立ち会った一人で、感動を隠しきれない様子だった。
「私たちは皆、神の力を目の当たりにしました。あの鉄の棒を握りしめたエミールが、傷一つ負わずに歩き通したとき、神様が彼の無実を証明してくださったのだと分かったのです。」
セリーヌは涙を浮かべながら話す。彼女の言葉から、村人たちがこの試練をどれほど神聖視しているかが伝わってきた。結果に疑問を抱く者は、ほとんどいないという。
次に訪れたのは教会や修道院とは別の、村人たちが普段から祈りを捧げる広場の女神像の前だ。そこで祈りを捧げていた若い女性マリアに話を聞いた。
「エミールさんの信心深さは村中が知っています。毎朝早くから教会に来て、誰よりも熱心に祈る姿を何度も見ました。彼は善良な人ですし、そんな人が父親に危害を加えるなんてありえません。」
エミールが日々の祈りを欠かさず、教会での奉仕活動にも熱心であることは、多くの村人が証言する。そのため、試練によって無実が示されたとき、村人たちはむしろ「やはり」という思いだったという。
一方で、火掴みの試練そのものについて疑念を抱いている村人はほとんどいなかった。パン屋の主人アルフォンスに話を聞いたところ、彼もまた試練を信じていた。
「神明裁判は、村の伝統でもあります。もしエミールが罪を犯していたなら、神様が必ずそれを示してくださる。火掴みの試練は何百年も続く信仰の証で、疑う余地なんてありませんよ。」
彼の言葉からも分かるように、村人たちにとってこの試練は絶対的な信頼を置くものであり、その結果が真実と一致していると考えていた。
試練の具体的な光景について、牧場を営む若い男性、ピエールに話を聞いた。彼も試練の場に立ち会っていた一人だ。
「エミールは怯えることなく、堂々と鉄の棒を握りしめました。炎に包まれた棒を見たときは誰もが息を呑みましたが、彼の手は少しも火傷していなかったんです。あのとき、周りから感嘆の声が上がりましたよ。」
ピエールは誇らしげに語りながら、試練がどれほど神聖で劇的なものであったかを強調した。その場にいた村人たちは、エミールの信念の強さに感銘を受けると同時に、神の奇跡を目撃したという喜びを感じていたようだ。
試練の後、村の広場では歓喜に満ちた声が飛び交ったという。老齢の鍛冶職人ギュスターヴは、その場の雰囲気をこう振り返る。
「村中が神様に感謝していました。エミールが無実だと証明されて、皆ほっとしたんです。彼が疑われていたのは財産争いの噂が原因でしたが、あれは全て間違いだったんですね。」
ギュスターヴのように、最初は疑念を抱いていたが試練の結果を見て無実を確信したという村人も多かった。
エミールを疑っていた村人は他にもいた。その中の一人、仕立屋のルイは、試練を見た後に考えを改めたと語った。
「正直に言えば、最初はエミールが父親を毒殺したのではないかと疑っていました。ギョームさんの財産は大きいし、親子の間には意見の食い違いもあったと聞いていましたから。でも、火掴みの試練を見たとき、その考えが間違っていたことを悟りました。神様が彼を守ってくださったのです。」
ルイのように、試練を通じてエミールに対する認識を大きく変えた人も少なくなかった。
ただし、ごく少数ではあるが、試練そのものに疑念を抱く者もいた。雑貨屋の主人レオンはこう語った。
「私は神明裁判がすべて真実を示すとは思いません。エミールが無実である可能性は高いですが、それだけでは事件の全貌が明らかになったわけではないでしょう。私たちが見るべきは証拠であり、試練はそれを補完するものでしかありません。」
彼の意見は少数派だったが、全く根拠がないわけではなかった。事件が複雑な背景を持つ可能性を示唆している。
村人たちの多くが火掴みの試練を神聖視し、その結果を真実として受け入れていることが分かった。特にエミールの信心深さと人柄は、村全体から高く評価されており、彼の無実が証明されたことで村の緊張感は大きく和らいだ。
しかし、事件そのものが完全に解決したわけではない。エミールが犯人である可能性が完全に払拭されたわけではないし、仮にエミールが犯人でなければ、真犯人が野放しになっているということになる。
どうして誰もそのことに触れないのだろう。