6 長老フランシス
朝日がゆっくりと地平線を染め上げる中、私は村の長老の家に向かって歩いていた。
昨晩までに集めた情報は断片的で、核心を突くにはほど遠い。だが、この村で最も古い歴史と知恵を持つとされる長老が、何かしらの鍵を握っているのではないかと考えていた。
石畳の小道を歩きながら、周囲の静けさがかえって私の集中を引き立てた。村人たちは私に敬遠の目を向けつつも、近づこうとはしない。外から来た者への警戒心が根強いこの土地では、それも無理はないだろう。私はその視線を背に受けつつ、長老の家の前に立った。
家の扉を叩くと、しばらくして軋むような音とともに扉が開いた。中から現れたのは村の長老、フランシスだった。白髪混じりの髪を整えた彼の顔には、年輪を刻んだ皺が深く刻まれているが、その眼光は鋭く、油断ならない印象を受けた。
「お入りなさい。」
低く響く声に促されるまま、私は家の中に足を踏み入れた。内部は質素だが、整然としており、長い年月が積み重ねられた生活の跡が見て取れる。長老は椅子に腰を下ろし、手元の木製の杖を静かに握り締めていた。
「さて、外の者がわざわざこの家を訪れるとは珍しいことだ。何用かね?」
彼の問いかけは穏やかだが、どこか試すような響きがあった。
「ギョームさんの死についてお話を伺いたいのです。」
私がそう切り出すと、長老の表情が一瞬固まった。それはほんの一瞬のことで、すぐに彼は穏やかな笑みを浮かべた。
「ギョームのことか……。彼は村にとって重要な存在だった。突然の死は皆を驚かせたが、神が定めたことだろう。」
「村人たちは、ギョームさんの死が不自然だと言っています。そして、それが原因で息子のエミールさんに疑いの目が向けられているとも。」
私が言葉を続けると、長老は目を閉じ、短い沈黙の後にゆっくりと答えた。
「エミールが疑われているのは残念だ。しかし、村というのはそういうものだ。何か不安が生じれば、人々はその原因を見つけ出そうとする。そして、その矛先はしばしば、近くにいる者に向けられるものだ。」
話を進めるにつれ、長老の態度に微妙な変化が見られた。彼は落ち着いているように見えたが、どこかぎこちない。私の問いが核心に近づくたびに、視線を逸らし、わずかに体が緊張するのを感じた。
「ギョームさんの死について、長老ご自身が気になる点や、何かお気づきのことはありませんか?」
「気になる点か……。そうだな。ギョームは何事にも厳しい男だったが、それだけで敵を作るような人間ではない。少なくとも私はそう信じている。」
「それでも、彼が突然命を落としたことには、何か理由があるのではないでしょうか? 例えば、外部からの影響や……あるいは、村内部の争いなど。」
その問いかけに、長老の手が杖をぎゅっと握りしめた。わずかに震える指先が、彼の内心を物語っているようだった。
「この村は平和だ。外の者が思うような争いなど存在しない。我々は神を信じ、掟に従って生きている。それ以上の説明は不要だろう。」
彼の言葉にはどこか断定的な響きがあったが、それ以上に、そこには何かを隠そうとしている気配があった。私はあえてその言葉を受け流し、話題を少し変えることにした。
「神明裁判の話を伺いました。エミールさんが火掴みの試練を受けたそうですね。長老はその結果にご納得されていますか?」
その問いに、長老の表情が一瞬だけ揺らいだ。
「神明裁判はこの村の伝統であり、神の意志を示すものだ。私はそれを信じている。エミールが無実であると証明されたのなら、それが真実なのだろう。」
「しかし、長老自身はエミールさんが無実であると確信されていますか?」
その直球の問いに、彼は短い溜息をついた。そして、目を細めながら私を見つめた。
「確信……か。それを持つのは簡単ではない。だが、この村を守るためには、時に信じることも必要だ。」
長老との話は、核心に迫りつつも、完全な答えには至らなかった。しかし、彼の態度や言葉の端々から、何かしらの秘密を抱えていることは明白だった。彼はこの村の平穏を守るために、何かを隠している。それが何なのかを明らかにするのが、私の役目だ。
「長老、今日は貴重なお話をありがとうございました。もう少し村を見て回りながら、さらに調査を進めたいと思います。」
立ち上がり、軽く頭を下げると、長老もまた杖を突きながら立ち上がった。
「外の者がどれほど村のことを理解できるかは分からないが、君のような者が訪れたのも何かの縁だろう。好きに調べるといい。」
彼のその言葉には、一種の諦めとも、警告とも取れる響きがあった。家を出て振り返ると、彼は扉の前に立ち、何か言いたげにこちらを見つめていた。
長老の家を後にして、私は村の通りを歩いた。外の光は強く、澄み切った空が広がっている。それでも、私の胸中には、あの家の中で感じた重たい空気がずっしりと残っていた。
この村には何かが隠されている。それはギョームの死の真相と密接に関わっていることは間違いない。長老の言葉と態度が、その証拠だった。
「真実はどこにある?」
自分に問いかけながら、私は次の調査の一歩を踏み出した。