2 王国捜査官ダリ―
捜査官ダリーは、辺境の小さな村から届いた手紙に目を通していた。
筆跡からして真面目で堅物な人物だと推測出来るものだが、封筒はずいぶんと粗雑に扱われている。どうやら道中、雨にも見舞われていたようだが、記された内容は驚くほど整然としていた。
ダリーは冒頭に「神明裁判」の文字を見つけ、思わず軽い嘆息を漏らした。
神明裁判は辺境に残る古い風習や迷信の類で、罪の疑いがある者を神の御業に委ねて真偽を判じる裁き。王国の法と捜査に照らせば非科学的で曖昧な裁定であるが、この村では神聖な伝統とされているため、王都の管轄では深く介入しづらい。実際、この手紙も奇跡的な裁きで容疑者が無実とされた後に届いたものであり、事件の幕が下りてからの報告ともいえる。
しかし、ダリーの視線が「香草」「村で手に入らないもの」と書かれた部分に差し掛かったとき、眉をひそめた。この香草に毒性のあるものが混入していたとすれば神明裁判とは無関係に、これは明確な「事件」となる。捜査官の直感が警鐘を鳴らした。王国では毒を扱う者は制限されており、許可なく持ち込むことは厳罰の対象となる。それが辺境の村で「意図的に」持ち込まれていたとすれば――背後に潜む何者かの影が脳裏をよぎる。
「確かめねばならないだろうな…」
ダリーは立ち上がり、王都の捜査局に手短な報告を残すと、村までの道のりを調べさせた。険しい山道を越えた小さな村。捜査官としてすぐに手を打てるほど簡単な行程ではないが、シモンの手紙にはわずかなながらも、村人たちの不安や動揺が感じ取れる。奇跡によって疑惑が鎮まっているとしても、それが薄氷の上の平穏であることは、ダリーには理解できた。
ダリーは村への道すがら、事件の各状況を順々に思い浮かべていった。古い家系の地主、財産、同居する親族。そして神明裁判の末の無実宣告、だがその直後に疑惑の余地が残る「毒草」が見つかる。これは神が裁きを下したにせよ、神意とは別の形で真実を探る必要がある。ダリーの胸中には、修道士シモンの誠実な言葉が引っかかっていた。
「神の意志にただ従うだけでなく、人の手で真実を確かめることもまた尊い」とでも言わんばかりのシモンの言葉。神への信仰に支えられている村人たちが、どれだけこの事実を受け入れられるのか。正義が表立って証明されたとしても、それが信仰と村の安寧にどう影響を与えるか――ダリーの中には、捜査官としての役目と、信仰を損なうかもしれない罪悪感がわずかに入り混じっていた。
こうしてダリーは、手元の資料と簡単な荷をまとめると、長旅に備えて一週間分の準備を整え、村へと出発した。揺れる馬車の中、ダリーの心は一刻も早くこの真相を確かめ、村人たちの平穏を守るためには、どんな道を選ぶべきかを見極めようとしていた。
王国捜査官ダリー視点で物語は進みます。