10 火掴みの試練に疑問を抱く者の話
多くの村人が火掴みの試練を神聖視し、その結果に異論を挟む者は少なかったが、わずかに疑問を抱く者たちもいた。
パン屋のアルフォンス、仕立て屋のレオンなど、冷静に物事を見ている者たちから得た証言は、私の推理をさらに進める重要な手がかりとなった。
「確かにあの場で見た光景は、神の奇跡のようにも思えました。でも、どうも腑に落ちないところがあるんです。」
パン屋のアルフォンスは、こう前置きしながら試練の様子を語り始めた。
「エミールは目隠しをされていました。祭壇の中央に置かれた鉄の棒は、すでに赤く熱せられていて、火傷しないほうが不思議なくらいでした。司祭アントンが近づいてエミールに指示を出しました。『これを持ち上げ、神に捧げよ』と。エミールは恐れることなく棒をつかみ、高く持ち上げたのです。」
アルフォンスの話では、エミールは鉄の棒を持ち上げてから十数秒ほど、腕を伸ばして祭壇の上に掲げていたという。
「彼は何のためらいもなく、その棒を元の場所に戻しました。村人たちは息を呑み、誰もが見ていましたが、その手には火傷一つありませんでした。」
アルフォンス自身はその結果に驚きつつも、試練の進行にいくつか疑問を抱いたという。
「目隠しをしていたことや、司祭が指示を出していたこと。あれが本当に神の裁きだったのか、それとも巧妙な仕掛けがあったのか……疑う気持ちも捨てきれません。」
次は仕立て屋のレオンだ。彼はエミールの無実にも懐疑的な態度を持つ人物であり、試練の結果について納得していないようだった。
「火掴みの試練なんてものは、結局、村の伝統や信仰に依存しているだけです。科学的な根拠があるわけでもないでしょう?」
レオンは試練の細部を詳しく覚えていた。
「司祭アントンが試練を主導していました。熱せられた鉄の棒が祭壇の上に置かれ、その熱さを感じ取れる距離に私たちも立っていました。エミールは目隠しをされ、司祭が彼の手を鉄の棒へ導きました。『恐れるな。神が真実を示してくださる』と、アントンは落ち着いた声で言っていましたね。」
彼の証言によると、エミールは棒を持ち上げる際、一切の躊躇を見せなかったという。
「それがかえって不自然にも見えました。普通なら、熱いものに触れる前に少しはためらうはずでしょう? でも、彼はまるで炎に怯えていないかのようでした。」
レオンは試練が終わった後のエミールの手を見たが、火傷の痕跡はなかったと言う。
「本当に神の力なのか、何か見えない仕掛けがあったのか。正直、今でも分かりません。」
村人たちの証言を集めるうちに、いくつかの共通点が浮かび上がった。
エミールは試練の間、目隠しをされており、司祭アントンが彼の行動を逐一指示していた。これは試練が進行する中で重要な要素の一つだったようだ。
鉄の棒は祭壇の中央に置かれ、事前に充分に熱せられていた。村人たちは棒が赤熱しているのを目撃しており、その熱さが実際のものだと考えられている。
エミールは全くためらうことなく鉄の棒をつかみ、高く掲げていた。その行動が神の奇跡とみなされ、村人たちの感動を呼んだ。
アルフォンスとレオンの証言から、司祭アントンの役割に関する疑念が浮かび上がった。彼が試練の全工程を管理しており、特にエミールの目隠し後の動作を誘導していたことは、試練そのものの信憑性に疑問を投げかける。
「司祭が手を取って導いていたように見えたのは確かです」とレオンは言った。「それが試練の一部なのか、それともエミールに都合のいい結果を引き出すためのものだったのか、誰にも分かりません。」
一方で、村のほとんどの人々はアントンの行動を信じ、疑うことなく受け入れている。彼の信仰心と権威が、村人たちの心を捉えているのだろう。
村人たちの証言を聞き終えた私は、火掴みの試練が村全体の信仰を揺るがさないよう巧妙に設計された可能性を考え始めた。試練の結果を目撃した村人たちは一様にエミールの無実を信じ、神の奇跡を信じているが、その裏に隠された意図があるとすれば、それを暴く必要がある。
目隠し、司祭の指示、鉄の棒の温度設定。これらの要素がどう絡み合い、村人たちの「奇跡」として映ったのか。
司祭アントンが火掴みの試練を主導したとして、どうして彼は、神の奇跡でエミールの無実を演出したのだろうか?




