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戦国霊武者伝  作者: 宇井崎定一
第七章 鎌倉の悪夢
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石田三成、惨殺される(言うまでもないですが残酷描写注意)

「おのれ、おのれぇぇ!!」


 三成の呼吸が、荒くなって行く。

 自分の仲間を、ここまでも無惨に殺す輩に。


「何故だ!なぜ貴様らはぁぁぁぁぁ!」


 三成の刃が、二人を襲う。もちろん一本しかない刃では一人しか斬れないが、それでもその気合は本物だった。


 その本物の気合が死にかけた兵たちをさらに動かし、最後まで戦わせようとする。



「ナゼ、ナゼ……!!」

「ウラギリモノニ、ウラギリモノヲ……!!」

「誰が裏切り者だと言うのだ!」


 裏切り者と叫びながら、霊武者は斬り返す。いかに生身の人間が気合を込めようとも、その肉体から血が流れる事はない。肉体がないからだ。

 三成の気合は霊武者にも、童神にも伝わってくる。どうしても自分たちを食い止めたいと言う、忠義心と正義の体現。


 しかしその気合に戦果は比例する事なく、損害ばかりが比例して行く。そしてその事に三成は気付かない。既に部下たちの血を浴びているが、それでも構う事はない。


 その現実が、一体誰をさいなんでいるか。



「イクトセノ、トキアロウトモ……!」

「ナゼ、ナゼ、マモル、カタキメ……!!」



 必死に戦えば戦うだけ、霊武者と童神の攻撃が強くなる。三成も霊武者も童神も、思いをぶつけ合っている。


「何故だ!何故このような蛮行を!まさか貴様ら!最初からこのために!この世に!」

「ソウダ……!」

「あああああああああああああああああああああ!!」

 あまりにも無慈悲な肯定の返事に、三成は欠陥が切れそうになるほど吠える。何度目か分からないほどの気合の入れようであり、石田三成の生きざまを雄弁に示すそれであった。


「ヨシノヤマ ミネノシラユキ フミワケテ イリニシヒトノ アトゾコイシキ……!」

「何をぉぉぉ!」

「シヅヤシヅ シヅノヲダマキ クリカエシ ムカシヲイマニ ナスヨシモガナ……!」


 そんな三成の耳と頭には、入るべき言葉も入らない。


 街道を守っていた兵たちも次々と三成の求めに応じるように駆け付け、二人の敵と一頭の馬に襲い掛かる。

「アアアアアアアアア……!」

 だがその度に霊武者と童神は三成に負けじと激高し、犠牲者を増やす。そして誰も消火活動など出来っこないから、余計に火は広がる。



「どうしてだ、どうして壊そうとする!」

「ウラギリモノハ、ウラギリモノ……!」

「オンヲアダデカエスナラ、シネ……!」

「何があったのだ、何をされたのだ!答えよ!答えよ!」


 ようやく言葉を交わした三成であったが、裏切り者、恩を仇で返すとか言うこれまでと同じ言葉しか出て来ない。

 幾たびも三十一文字を読んではこの地に留まり続けた頑固ではあるが才子でもあり、誰が誰を裏切ったのか九割九分九厘わかってはいたが断言できずにいた石田三成はもうここにはいない。


 あれほどまでに長く怒り狂い、燃え上がり続ける魂。


「ナゼ、ソコマデェェ!」

「コロシタ、コロシタ、コロシタ……!!ワタシヲ、コロシタ……!!」

「殺したとは、誰をだ!お前をか!」

「ソウダ、ジブンノタメニ、ジブンノタメノミニ……!!」

「ナゼ、マモル……!ナゼ、ウラギリモノヲ……!!」

「他に何か言う事はないのかぁ!」


 童神の自分を殺したと言う言葉にも構う事はないその姿が霊武者と童神をさらに激高させたことに、本人だけが気付いていない。もちろんその度に石田軍の犠牲は増え、霊武者と童神とその愛馬には傷一つ付けられない。部下たちさえも広がる赤い池とそこに沈む仲間たちの肉体に熱が冷めかかっていたと言うのに、三成だけが元気だった。


「ああ、ああ……」


 強引に体を動かした兵たちは次々と体力の限界が到来し、倒れ込む。死んだわけでもないのに血の池にへたり込み、呼吸が苦しくなって体を何とか上げて息を吸う。

 そして童神の刃により、仲間たちの所へ行く。刀剣など十数人も斬れば使い物にならなくなると言う現実を無視するかのように、次々と死者を増やす。言うまでもなく殺した兵たちからはぎ取った武器を駆使してのそれであり、三千の兵が三千かそれ以上の武器となって石田軍を襲う。それこそ、自分の武器に自分で殺されている有様だった。


「く、くそ…!なぜだ、なぜそこまで、そこまで頼朝公を憎む……!関白殿下の、天下を、静謐なる世を!」

「カンパク…アシク、ナシ…」

「なら、なぜ…!」


 その上で秀吉への忠義を頼りに、奇跡的にまだ無傷でありながら真っ赤に染まった体を動かす三成。秀吉に付いての許しをもらった上でなお涙を流して斬りかかり、そして打撃など全く与えられない。

 足元がどうなっていようが手ごたえがなかろうが関係なく刃を振る姿と来たら、ただただ悲しい亡者のようだとしか言いようがなかった。




「殿…!」

「何だ!」

「もはや延焼は避けがたく、このままでは…!」


 その亡者を、かろうじて生の世界に引き戻したのは、家臣の声と現実の炎だった。



 全く延焼を止めるのに役立たなかった石田軍のせいもあり、鶴岡八幡宮の主だった建物はほとんど延焼。しかも境内の木々に燃え移った火がさらに燃え広がり、鎌倉と言う町そのものを焼こうとしていた。

「おのれ、おのれ……!」

 三成の目から、赤い涙が溢れた。もはや完全に自分のせい。腹を切って詫びる事すらできない。


「よくやってくれた……みな、逃げよ……私はここで死ぬ……」

「そのような!」

「今ならまだ間に合う!これは、私の最期の命令だ……!」


 それでも、三成はまだ将として死んではいなかった。もう何人が立てるのかわからないが、生き残った兵には逃走を促す。もう逃げ切れないかもしれないが、それでも仕方がない。



 負けた。

 自分は霊武者と童神に負けた。

 何も守れなかった。

 残った、自分に守れそうな物は何か。


 最後の最後まで将であろうとした三成は、やはり武士でありひとかどの将であった。

 もしまともな人間が相手ならば、その健闘をたたえた上でもうこれ以上付き合う必要もないとばかりに逃げ出しただろう。と言うかここまで焼けてしまってはもはや逃げ道などないような状態であり本末転倒である。

 



 しかし、それでも三成は理屈が勝った人間だった。



 そしてどこかで、甘えがあった。



 それ以上に、若かった。



 と言うか、幼かった。




「あ、あ……」


 童神は、逃げ出そうとした兵たちを斬った。明らかに間に合いそうにない歩くよりも遅そうな兵や血の池の中を文字通り這いつくばるような兵でさえも、


 伊達政宗が知る、目的のために邪魔する存在を排除するだけで逃げる者を追おうとしない童神すらそこにはいない。

 いや、この場合逃げる兵を切ろうとする事が目的だったとなれば、筋は通ってしまう。


 だがそれでも政宗は納得していたかもしれないが、三成は納得できなかった。


「私は大将だ!大将を斬れば戦は終わる!残りの者には何の罪もない!」

「……………………」

「なぜだ!なぜ罪なき兵を殺そうとする!」

「……………………」


 三成が叫ぶたびに、また顔が赤くなる。


 最後の慈悲に勝手にすがろうとして、勝手に裏切られた、三十歳にして初めて立ち上がろうとした男。


「うあああああああああああああ……!!」


 そんな甘えが通じない事を知った石田三成は、最後の力を込めて斬りかかる。既に何百回と振って来たにもかかわらずちっとも衰えない太刀筋であったが、その刀が切ったのは空気だけだった。


 そしてそのまま、体中に刃が突き刺さる。自分たちが降って来たはずの刃が、三成の肉体に刺さっている。

「うぐ、あぐ、あが…!」

 それでも三成は何とか力を振り絞り、刀を落としながらもひざまずこうとしない。目は大きく開き、最後の最後まで戦おうとしている。




「臣散れど 柴は繁りて 豊か世に 羽ぞ伸ばして よろず吉の、み……!」




 そしてその断末魔の、最後の一文字を言う前に霊武者の刃で足を斬られ、横倒しにされながらも放った一文字と共に首を斬られた。


 その後はもう童神が怒りをぶつけるかのように、死体となった肉体を切り裂いた。痛いとすら言わない死体を、文字通り全てを破壊するかのように切り裂く。


 文字通りの、八つ裂き。


「オシイカナ……」

「ナゼ、ナゼ……」


 ようやく落ち着いた童神と、霊武者。

 二人は生身の馬に乗り、鎌倉を脱出して行く。


 火の中を通り抜けて行ったのに、馬さえも全く傷付かずに。

 

 だが馬も霊武者も、その顔は冴えなかった。


 例え一人の家臣が散ろうとも、庭の柴はきれいに繁り豊かなる世を証明し、皆が羽を伸ばし世は全てうまく行く—————ついでに言えば、「羽柴」と「豊臣」についでに秀「吉」まで混ざっている—————そんな家臣の鑑のような歌を詠んだ人間がなぜ、そんな事をしてしまったのか。


(寸尺ノ 糸ヲ守リテ 周リ見ズ コウ消エ去リテ 万凶ノミ……)


 あまりにも悲しい返歌を呟く霊武者は、心の中で涙を流していた。




 結局、この四月二十七日夜に行われた戦いで鎌倉にいた石田軍四千はわずか二人の前にほぼ全滅。その二人に殺されなかったとしても多くの兵が火や煙に巻かれて主のお供をし、それとは関係なく力尽き果てて倒れた男たちもいた。


 結局生き残ったのは、封鎖していた五つの道を守っていた中で最後まで見張りに徹していた数十名と、石田軍の中でもとりわけ臆病であったゆえに霊武者追跡に参加しなかった十数名、そして死力を尽くして炎の中から逃げ切った数名。



 合わせて、百名にも満たなかったのである。

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