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戦国霊武者伝  作者: 宇井崎定一
第七章 鎌倉の悪夢
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童神現る(残酷描写注意!)

「おのれ霊武者め!!」


 三成の叫び声と共に、兵たちは動く。疲れと言う言葉は別世界のそれであるかのように、鶴岡八幡宮を駆け回る。

 飛び交っていた刃たちも、石田軍の攻撃から逃げるように飛び散る。その刃の先に霊武者がいるのだとばかりに宵闇も何もなく動き回る兵たち。


 傍から見ているだけでも寒気がするはずなのに、誰も冷めている人間はいなかった。

 主君の熱量をまともに受け取った部下たちが出す熱量が初夏の鎌倉を灼熱の大地に変え、何もしていないのに木々を焦がそうとする。


 いや、そんな訳はない。




 この時、鎌倉と言うか鶴岡八幡宮は火の海になっていた。




 白旗神社を焼いたそれと同じように、主要な建物を守るために点けていた松明がことごとくなぎ倒され、同じ調子で引火。次々と建物に燃え移り、その全てを灰燼に帰そうとしていた。

 あまりにも同時多発的なこの放火事件を解決するのは、どれほどまでに文明が発展しても難しいかもしれない。それこそどんな木材にも燃え移らないような明かりを作るか、さもなくば火が付いた時のための消火設備を作るか。だがそれでも、此度のようなあまりにも突発的なそれに対処できるかはわからない。


 何せその火点け犯の姿を見る事は出来ない。一応刀剣が自らの峰で叩いて松明を吹っ飛ばしてはいるが、その松明を叩いている存在が叩き落すどころか叩き折ってもなお向かって来るのだから始末に負えない。それこそ四肢をもぎ取られても向かって来るかのような生への執念と言うか破壊への執念を全身にたぎらせたような存在など、恐怖心を駆り立てられなければ嘘である。


 もちろんその火点け犯の姿を見ていた石田軍の兵士はいたし阻止しようともしたが、次々と数により手を封じられ火を点けられ、消そうとすると殺されるの繰り返しであった。


 成功体験と言うにはあまりにも無惨な光景が、あちこちで繰り広げられる。

 文字通りの、負の連鎖だった。




「どこだぁぁぁ!!」


 そんな事とは露知らず、どこにいるかわからない元凶を追い続ける。

 逃亡兵など一人もいない、殺戮集団。

 折れた刀剣たち—————実は村人などが自衛のために持っていた数打—————の行方を追い、ただただ走る。


 この世で一番猪武者と言う言葉が似合うその集団の叫び声と、赤々と光る空と大地。神が祀られていたはずの鶴岡八幡宮は、地獄の一丁目になっていた。


 そして、もう一人。


「貴様かぁぁぁ!!」


 火事場泥棒と言う名の犠牲者が現れ、十本の刃により死ぬ。

 いや、正確には火事場泥棒どころか野次馬と言うのが正しく、この大騒動を聞きつけて目を覚まし何かどさくさ紛れに持って行けないかと踏んだだけの男が、まるで鶴岡八幡宮そのものを燃やした下手人であるかのように八つ裂きにされる。

 当然血は流れ、境内をも染める。赤い境内は余計に赤くなり、そして黒くなる。余計に地獄めいて来る。

「どうやら無関係のようです!」

「くそ、これも全てあの霊武者どものせいか…!」

 獄卒たちは死体を改め、そこでようやく正体に気付く。だが反省もなければ後悔もなく、全ての責任を霊武者に押し付ける。

 その霊武者がどこから来てどこへ行くのか、誰も知らないと言うのに、前人未踏の地に踏み込むにはあまりにも少ない数で、無謀な冒険者たちは走る。


 そしてほどなくして、一体の痕跡を見つける。


「あれだ!」



 真っ赤に燃えた建物が照らす、羽織袴の武者。



 燃え上がる上宮を前に、背をそびやかしている。


 まるでこれこそ目的であるとか言わんばかりに焼け落ちて行く上宮を前に、実に感慨深そうにさえ思える。



「許さん!これ以上の乱暴狼藉、武士として無下なる行いは許さんぞ!」


 ついに見つけたとばかり、次々と兵たちは襲い掛かる。

 

 だが霊武者はまるで動揺する素振りもなく高々と飛び上がり、いつの間にか地に伏していた刃を起き上がらせて石田軍へと突っ込ませる。




「ヨシノ、ヤマ……」




 そしてそのまま放たれた、石田三成にとっての第一声。


「吉野山……!?それが何だと言うのだ!なぜ壊した!なぜ燃やした!」


 三成は沸騰した頭に任せて動き出し、全てを弾き返すように得物を振る。凄まじいまでの刀剣捌き、生涯二度と出来ないほどの戦いぶり。その全てが兵たちの心を引き付け、そして閉じ込めて行く。


 もう、福島正則や黒田長政が知る「石田三成」はここにはいなかった。


「バカナ…!」

「馬鹿は貴様だぁ!!」


 飛び上がりながらも怯んだかのように声を吐き出す霊武者に向かって吠える姿は、もはや野獣でしかない。

 髪こそ乱れていないが衣服は破れかかり、鎧も脱げそうになっている。そして本来ならその霊武者に負けないほどに美麗衆目だったはずの面相も崩れ、文字通りの鬼になっていた。


 主への忠義。

 先人たちへの思い。

 それらを破壊した事、何より現代の英傑たちをむやみやたらに斬り殺し、必要のない犠牲者を増やした事。

 —————何より、それらの行いにより終わりかかっていた戦乱の世、皆が心を休まらぬ世を長引かせた事。

「ああああああああああああああ!!」

 悪鬼羅刹すらも怯むほどの声。もし翼があれば飛び上がってその霊武者の頭を叩き割らんとするほどの気迫。それに追随する兵たち。


 霊武者は、確かに怯んでいた。

 

「聞いたか!霊武者は脅えている!今こそ霊武者をあの世へと帰すのだ!!」


 その勢いを突こうと、ゆっくりと地面に近づいて来た霊武者に向かって刃を突き出しにかかる。


 三成は、勝利を確信した。




 そこに割り込む、蹄の音。


「ええい何のつもりだ!夜盗など蹴散らせ!」


 蹄の音の主は三成の言葉に構う事なく高く飛び上がり霊武者を乗せ、下に二本の刃を落とした。


 その降って来た二本の刃は居並ぶ三成軍をあっと言う間に十人切り裂き、次の一撃でもう十人殺した。



「童神です!」



 そう、その刃を握る存在こそ、童神であった。


 霊武者と同じように古めかしい羽織袴を身にまとい、三歳児の背丈をした精悍な顔つきの童子。



「ええい!なぜだ!なぜ先人たちの遺徳を破壊し、先人たちの功績を踏みにじる!何が童神だ!まさに邪神ではないか!それにそこの馬も馬だ!なぜこれほどの大罪人を守る!やはり悪霊に取り憑かれておるのか!将を射んとする者はまず馬を射よである!」


 石田三成には、そんな事など関係ない。霊武者と同じように秀麗そうな馬でさえも、三成に言わせれば悪霊の手先だった。そして、生身である。三成は、まずその馬を狙う事とした。


「ヤラセヌ!」

「ユルサヌ……!」

「それはこちらのセリフだぁ!」


 霊武者も童神も、馬を守るために動く。

 一頭の馬を巡り、二千対二の戦が始まった。




 ……訳ではなかった。




「なぐっ……!」

「おえっ……!」


 そんな声を上げて死ねた兵は上等で、多くの者は何も言えないまま首と胴を切り離された。いや、もっとひどい者は両腕や両足を諸共に斬られ、それどころか男性としてのそれまで奪われた。

 たった二人なのに二刀流、いや三刀、十刀、いや百刀を振る。

 一枚目の防衛と言うべき霊武者は馬に立ち向かう存在を上から下から左右から斬り付け、次々となぎ倒す。将棋倒しのように兵たちは崩れ、次々と犠牲者は増えて行く。

 そして二枚目の防衛と言うべき童神はその将棋倒しの中を駆け回り、一歩進むたびに二つの命を奪い、五人の兵の戦闘力を奪い、十人の兵に傷を負わせる。

 それでも一度動き出した流れは止まらぬとばかり奔流のように襲い掛かるが、たった一枚のはずの堤防は強く流れを押しとどめ、もう一枚の吸水体が凄まじい勢いで流れを吸い取っている。

 そのせいで本来馬を飲み込むべきはずの水はたちまちにして干からび、代わりに赤い水たまりができる。

 水たまりは池になり、湖になる。いや文字通りの血の池地獄となり、石田軍の兵を飲み込む。馬には、返り血の一つすら飛ばない。


 そしてその間にも上宮は燃え続け、丹精を込められたはずの建造物は黒い炭に変わって行く。




 比叡山延暦寺焼き討ちから十八年ぶりに起こった、赤と赤の狂宴であった。

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