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戦国霊武者伝  作者: 宇井崎定一
第七章 鎌倉の悪夢
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片倉小十郎の警告

「返答は」

「かねがねと ひとと日にちを 恐るるは 石包丁に いなと戦う……」



 石田三成からの返書を受け取った片倉小十郎と、小田原と向き合う役目を鬼庭綱元と大浦為信に任せた蘆名政道は深々とため息を吐いていた。



「兵たちは」

「秀吉殿にどうにかして欲しいと訴えた兵もいたようですが……」

「推して知るべしとはこの事か……」

「純白を 背負いし者に 叫ぶ声 生なかにして 落とし拾えず……」

「律義ですな…」

「おやおや……」


 伊達政宗の返歌に反応する小十郎はまた深くため息を吐き、政道は笑った。




 かねがねと ひとと日にちを 恐るるは 石包丁に いなと戦う—————




 表向きの歌意としては昔から人間と月日と言う避けがたき存在を恐れるのは、石包丁で稲刈りをしていた時代から変わらない物だなと言う歌だが実際は金兼かねがねに、人・戸・日。後者は無理やりではあるが合わせれば「倉」となる。

 要するに鎌倉を恐れるなど石包丁だけで稲穂を切り取るような大時代的な考えであると言う事であり、相当に威張りくさった歌だ。


 政宗も政宗で純白である故にその純白さを惜しみ染められる相手を選んでしまった結果生半可な成果しか上がらないと言う表向きの意に、「白」の名を持った存在・つまり「関白」豊臣秀吉に叫ぶと言うか上から物を言う事が出来るただ一人の存在である大政所こと「なか」、そう「生なか」で「生きているなか」のような存在がいないと言うか自ら落として拾えなくなってしまっている三成を哀れむような歌を詠んでいるのだからどっちもどっちではあり、政道が笑ったのも小十郎がため息を吐いたのもごもっともだった。




「謀叛人にでも仕立て上げるか」

「首だけで帰って来るでしょうね」

「しかし小十郎、本当にいないのか」

「はい。弥右衛門もあれから全く見ておらず、と言うより警戒すべきはずの里見勢からも全くうかがっておりません。ああ佐竹勢からもです」

「見えなくなったのは、どうやら間違いないようだな」


 それより大事だったのは、見えなくなった存在だった。

 小十郎は無論弥右衛門を妻と共に母国に残しているが、それでもあの日から全くかの童神を見ていないと言う。里見や佐竹と言った犠牲者たちからも何の報告もなく、奥州や羽州からも連絡はない。もちろん自分たちや大浦軍、そして豊臣軍が襲われたと言う報告もない。


「消えたのでしょうか」

「消えてはいまい。だが童神様はこちらの都合のいい道具ではない。童神には童神の意志がある。ましてや下総ではかなり都合のいい使い方をしたからな」

「それは」

「里見はもはや我が奥州統一連合の一員だ。今は玉縄にて半島を制圧してくれているがな」

「やはり里見は狙われていると」

「だな。もちろんわしの推測が正しければだがな。完全なる証拠がない限り動く事は出来ん、それは小十郎の教えだがな」


 状況証拠ならば山とある。だが物的証拠が当たり前だが見つからず、ゆえに決定打は打てない。それゆえに決め切れないと言うか立ち竦んでいるような現状はむしろ好都合だろうと笑う政宗であったが、その相手が小十郎ではなく三成である事は弟にもすぐに分かった。


「小次郎。わしは童神と言葉を交わさんとした事もある。残念ながら向こうの返答は皆無であったがな。だが弥右衛門とはそれなりに口も利いていたらしい」

「何と」

「いえ、どうも父と母がおり、さらに伯父もいたと。伯父と言っても父親の兄だが」

「その伯父により父母が引き裂かれた故に恨んでいると…父親はあんなにも伯父のために尽くしたのにと」

「かなり有力な証拠だが、それでもまだ諾とは言えぬのだろう」

「それがしは!」

「何をムキになっておる、小次郎とて気付いておるのだぞ三成の事だと」

「……」

「石田三成……まともに育てば一国の宰相すら任せられる器ではある……だが本人が自覚していないし他者もあまり認めておらんが、今の彼はあまりにも未熟な武士だ…………わしよりもずっと幼い武士だ。この前直江山城にぶつけた歌だけでもそれがわかる……」


 自分たちの所へ逃げてきた兵から聞いた、石田三成の歌。自分がやった諫言をはね付けたそれより、もっと雄弁かもしれないそれ。




 —————一枝も 燃えて宵闇 昼となし 枯れ尾花たち 照らして笑う


 —————世の猫が 虎と思えど 虎もまた 猫と思うに 万違わず


 —————天がみな 正しく終えよと 決めるなら 乱世と共に 首決めるまで



 石田三成と直江兼続の歌だ。


「自分を大物と思う小者は山と居る、しかしその逆はめったにいない、いやいたとしても謙遜として美徳となる…………」


 一首目の三成のそれは自分など秀吉の天下を照らすための使い捨ての松明に過ぎず、霊とか言っても所詮は枯れ尾花に過ぎないと言う事を示すための道具でしかないと言う歌。

 返歌と言うべき二首目の兼続の歌は先ほどの政宗の言葉通りであり、小人物が自分を大人物だと思うのと同じぐらい大人物が自分を小人物だと思うのも害悪であると諫めている。


 だがその上での三成の返答は、あまりにも無慈悲だった。


「死に物狂い、か……軽々に口にするのも良くない言葉だ。で、天がみな正しく終えよと決めるなら、か……」



 今年は天正十七年。これほど長く続いた元号は一〇〇年以上前の「文明」以来であり、文明元年の二年前に始まった応仁の乱の真っただ中と言う戦乱の始まりである。

 もしここで小田原城を落とし自分たち奥州統一連合が秀吉に従えば一つの時代の終わりが来たと言え、それを機に天正と言う元号も終わるだろう。

 つまり「天正」の終焉は戦乱の終焉でもあり、その上に「天が正しく」と言う随分と上から目線の言い草だ。


 その挙句、「乱世と共に首決めるまで」である。


「戦乱の世と無理心中する気でしょうか」

「だろうな。もちろん死ぬ気はないのだろうが、どうしても自分の言う事を聞かなければそれでもいいですと開き直っているのだろう」

「改めて思いますがひどい思い上がりですな」

「わしとてそこまで威張ったりはせん。だからその旨を一応伝えたつもりではあるがその返答があれだったと言う次第だ。実際、その後すぐ戦乱は終わったのか?」



 政宗に言わせれば、戦乱の残滓がなくなるまでまだまだかかる。それこそ秀吉が生きている間に全て済むのかどうかわからない。と言うか自分たち奥州統一連合が豊臣家と全面戦争となれば佐竹や里見が離反したとしても雪を頼りにすればそう簡単に敗れはしない。それこそ数年単位の戦いとなってもおかしくない。


「秀吉に従うのですか」

「従うに足ると見ればな。寛容極まる条件を突き付けて来た以上反故にされると思うかもしれんが、もし反故にされたらその時はその時だ。戸沢九郎(盛安)殿もまた秀吉と戦う覚悟もありと言っておったしな」

「そうですか」

「今の秀吉は戦乱を終わらせるのが第一の問題であり、そのためにはある程度の譲歩も仕方がないと見ておるのだろう。長宗我部や島津のように我々の領国をどうこうする事が難しい以上、旧北条領にはかなりの存在が来るだろう。あるいは前田殿かもしれんがな」


 秀吉の野心がどこまでかはわからないが、少なくとも字面だけ見れば非常に寛容である。だがその寛容を通すほどの権力がどこまで維持できるのかと言う話であり、妥協が最善手なのかはわからない。

 確かな事は、自分たちを見張るために相当な存在が北条の代わりに関東に来る事と、もう一つだけだった。



「石田三成はおそらく、我々を受け入れんだろうな……」

「やはり……」



 石田三成と言う人間は、どうやら秀吉の願いを叶えるような器ではなかったらしい。彼はおそらく、この戦いが終わってからもこちらの粗を悪意なく求め、秀吉の障壁になるまいとするだろう。だがその顛末がどうなるか、秀吉と言うか時代がそれを許すか許さぬかなどわからぬはずはないのにだ。

「良いのですか」

「構わぬ。もし、秀吉が石田三成をこれから先も使うような人間ならば豊臣の天下はそれほど長くはない……面従腹背しておき、次の天下を…」

「めったな事を!」

「おっと失礼」



 伊達政宗は笑う。



 その快活さが伊達軍を癒している。



 石田三成の配下にはないいい意味での緩い空気。


 おそらくは秀吉もそうである。

 弛緩しているのではなく、温和なそれ。


 それもまた、今の彼には厄介な物に映るのかもしれない。


 政宗は、三成と言う貼り付けられた笑顔の下の妖刀のような男の顔を思い浮かべながら首をすくめた。

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