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戦国霊武者伝  作者: 宇井崎定一
第七章 鎌倉の悪夢
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上杉景勝の理由

「石田治部と言うのが豊臣の取次役か」

「いや、取次どころか豊臣の側近だと言うぞ」



 上杉家は揺れていた。

 

 上杉家は一応真田家を庇護下においてはいるが、それほど強固な支配をしている訳でもない。上杉自体が謙信の志を受け継いだ弱者救済的な色合いのある御家であり、真田と言う自分を頼って来た弱者を見捨てられなかったと言うのがだいたいの経緯だった。

 その真田の忠義の証とでも言うべき昌幸の次男の信繁は豊臣家のそれとして大坂城におり、今話に出た石田三成と仲良くしているらしい。


 そして、自分たちの重臣である直江兼続ともだ。



「実に正しく、そして誠実である。

 また誠実であろうと、正しくしようと常に懸命であり、かつその事を表に出さず、そしてその事を威張り散らさぬ」



 景勝が兼続から伝え聞いた石田三成の人間像は、これでもかと言うぐらい立派だった。元から公正無私であり、かつそれに磨きをかけようとしている。しかも努力している姿をあえて見せようとせず、秘かにと言うか誰も見ていない所でなお研鑽を積んでいる。これはもう、修験者と言うか武士の極みではないか。


「盛り過ぎではないですか」

「だとしてもだ、少なくとも傾向を知る分には良かろう」

「悪い意味でもですがね」


 だが家臣に言われた通り、それは美点と言う意味ではない。

 平たく言えば、隙がなさすぎる。

 自分たちにもよく言われるが、あまりにも正しすぎるのだ。


「上杉は常に正道を行っていたつもりだった。

 だがそれでも詭道を行く存在に幾たびも後塵を拝して来た。謙信公でさえもだ。

 いや詭道ならまだいい、邪道を行く存在に、だ」


 邪道の極みを行っていたような織田信長をかつて手取川で負かした事はあったが、今になって思うとそれは織田の内輪揉めありきであり信長に勝ったとは言えない。

 その直後に謙信が亡くなったとは言えそれからわずか三年で能登加賀はおろか越中まで危なくなった事を思うとその勝利はただ一時のそれでしかなく、上杉が織田を負かしたとか言う事自体がただのまぐれであったとさえ思えて来る。

 しかも豊臣秀吉と言うのはその戦いの前に逃げ出したとか言う人物であり、単純に臆病とか卑怯とか言う前にもしそうでなければどうなっていたかとか言うタラレバ論を繰り出すには十分な存在だ。もちろんその時に秀吉をも討ち取ってとか言う話も十分あり得るが、逆に今の状態を思うと秀吉のせいで上杉軍が粉砕されていたとか言う可能性もある。




「それで何だが、京にて事件が起こったともある。五条大橋でだ」

「五条大橋にて何が起きたと」

「秀吉殿の配下、福島大夫が京を見回っていた際に五条大橋にて謎の僧が現れたとか言う話だ」

「五条大橋と言いますと武蔵坊弁慶……」

「そうだ。何でもその弁慶の姿に似た存在が五条大橋に現れ、次々と刀剣を奪って行ったと言う話だそうだ。その弁慶に似た存在と福島大夫が戦い、見事追い払ったとか言う話らしい」


 武蔵坊弁慶と言う名前を知らぬ者などこの場にいない。その一方で、その名前だけで何かを連想したかのように多くの将が首を別の方に向けていた。


「思えば今年で、ちょうど四〇〇年……」

「まさかとは思うが、な……」


 北と、南。

 正確には、真南と、東北。


 その両方に向けられた視線の先にあった存在、と言うかいた存在。


「やはり、そういう事なのでしょうか」

「うむ。兼続はその可能性について言及はしておらん。されど否定もしておらん」

「初めて確認できたのは四年前であり、それを気にしているのでしょうか」

「だがその時も十分に可能性はある、やはりちょうど四〇〇年前だからな」


 四〇〇年。


 やはり、辻褄が合ってしまう。あの時から、四〇〇年とすれば。


「しかしだとするとわからぬのです」

「何がだ」

「霊武者については当てが付きましたが、童子はいったい何者なのです。確か娘はおりましたが息子はいなかったと」

「まさか別の話だと」


 四〇〇年前の無念を晴らすべく、帰って来たと言うのか。しかしだとしたら、あの童神と呼ばれし童子は何なのか。


「伝承も何もなく疑わしい話だが、側室の中に孕みし女性がいた。その子がもし男児だとすれば」

「さすがにそこまでやったのですか」


 その可能性について景勝が言及すると、色部光長は色を変えた。

 景勝の言葉とか可能性とか言うより、そんな事を本当にやったと言うかやられたのかと言う話だ。


「結局、生殺与奪の権利を握っている存在がどう思うかでしかない。要らぬと言えば容赦なくやる。それが現実であろう」

「しかし反発が起こることは予想しえなかったほど…と言うか…」

「しただろう。その上で飲み込んでいた。だが結果としては…と言う話だ」


 その答えが最善であったかどうか歴史が語るには、四〇〇年と言う十分すぎる年月が経っていた。その上で多くの人間が出した答えは「悪手」であったが、そんな事をいまさら責めてもどうにもなるものではない。実際、さらにその前にされた行いがいわゆる宋襄の仁であった以上そっち側に傾くのは全く不思議でも何でもなく、その結果失敗したと言う話は古今東西どこにでもある。


「もし石田三成と言う存在が、だ。この歴史を飲み込んだ上で反発しているのだとすると危険だとわしは見る」

「飲み込んだ上で……」

「常に清く正しくあろうとするゆえに、秀吉殿の危惧をすべて取り除こうとする…」

「まさかかの霊武者たちにも」

「ああ。黒田殿が九州にて手ひどく襲われた以上の損害を受けた話がないのにだ。あるいは豊臣家だけでなく天下全ての害悪と見なしているのかもしれんが……」

「甲の損は乙の得……」


 大坂と言う現在この国の中心にになりつつある上に京の都のごく側と言う地にいれば、情報など遠慮なく入って来る。その際に霊武者や童神で得をした真田や伊達のような存在がいる事などわかっており、決して彼らの存在が世の中全ての人間の害悪でない事は理解できるはずだった。


「直江殿はその事を申し上げなかったのですか」

「言ったか言わなかったかはわからん。だが、何せ今大坂には真田の次男がいる。ほとんどあの上田の戦の当事者も同然だぞ」


 景勝のその言葉で、全員黙ってしまった。

 直にその場にいた訳ではないにせよ真田昌幸の危機を救った霊武者の存在を真田の人間が知らされていない訳もなく、自分たち上杉だってその活躍を知って二の句が継げなくなるほどには衝撃的な出来事だった。そして陸奥の一件を知り、人取橋の事を知り、認めるより他なくなった。


 —————それなのに—————。




「わかった。わしは奥州統一連合に付く」




 景勝は、一つの答えを出した。


「殿…」

「現状、奥州統一連合は豊臣家から敵視されていない。話によれば今年いっぱいまではまだ猶予期間がある。その上で従えば領国は現状のそれを認めるとかなり寛容だ。

 だが、その石田三成はどうだろうか」

「彼はまだ数万石のはずですが」

「表向きにはな。だが秀吉殿の期待は大きく、これから存在を大きくしていく事は間違いない。その時にまだその魚の棲めない状態であったら豊臣家そのものを食い尽くす獅子身中の虫に成り下がりかねぬ」

「まさか…」

「もしこの戦で石田三成が改心するか、さもなくば討ち死にするならばよし。さもなくば奥州統一連合に付いたまま、豊臣家とは距離を置く事を選ぶやもしれぬ」


 

 一応自分なりに重大な決断ではあったつもりだが、驚きの色は薄い。どちらかというとああやっぱりなとか言った状態であり、もし驚きがあるとすれば石田三成に大しての低評価だった。


 上杉の多くの人間はもちろん信長も秀吉も高く思っていないが、それでもその力は認めていたし直江兼続の友人としての見方ぐらいはあると思っていた。


「まさか伊達が藤原北家の」

「何を言う。彼らは決して無謀に立ち向かおうとせず、全てを受け入れたままで動いている。天下人とか言った所で抗えぬ存在はいる。秀吉殿はともかく、石田三成は残念ながら猪武者だ」

「猪武者!」

「ああ、猪武者だ。今の彼に付き合うのは気弱ではあるが無謀すぎる。全ての敵を薙ぎ払うなど不可能であり、出来たとしてもその結果が…」

「秀吉はそんなに薄情ですか」

「薄情ではない。だがそれゆえに良くない。ここで下手に成功すれば秀吉殿は破滅する。わしはそう見た。まあ、結局は保身なのかもしれないがな」



 景勝が苦笑いする中、座はゆっくりとほぐれて行く。


「それで出立は」

「準備はそれなりに出来ているのだろう」


 とりあえず景勝自ら上州の厩橋城を攻め、それから下野に入るか西武蔵を突っ切って小田原へと行くか。もちろんその前に奥州統一連合への根回しも忘れてはならない。


 いずれにしても上州への出兵は決まっていた事もありやる事は難しくない。将兵たちは目の前の目標に向けて動き出した。




 それが今からひと月前の事であり、この時既に上杉軍一万は上州にて厩橋を攻めていたのである。

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