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戦国霊武者伝  作者: 宇井崎定一
第七章 鎌倉の悪夢
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小田原城包囲

 四月二十日。


 奥州統一連合軍三万五千は西進し、ついに小田原城から三里(十二キロ)の地まで来た。一方で豊臣軍も松平軍が到着し、黒田軍と合わせて三万五千。これだけで七万。


 そしてこれにあと二日もあれば前田軍、もう四日あれば豊臣軍本隊と毛利軍が来る。

 合わせて五万五千、つまり全部合計で十二万五千。

 

「小田原の軍勢は」

「五万五千とも六万とも言われておりますが、どうやら新兵をかなり駆り出したらしく実際に戦力になるかは」

「とすると戦力としては五万程度か」

「いえ、実際には四万五千あるかないかと見てよろしいかと」

「兵力など大げさに言うのが世の常だが、この時代に駆り武者とはな」

「もっとも、ここまで来るに当たり我々が無視した兵がかなりの数おり、また川越城・忍城・厩橋城と言った辺りにはまだまとまった兵がいるので実際にはもう二万から三万はいるでしょうが」

「それらの兵を豊臣軍は防げるのか」

「強い所を持って行った余りですからそれは問題ないと思います。佐竹殿もおられますし」


 一方で小田原の兵力は六万ではあるが実際にはそれより少なそうであり、現実的な戦力としては五万少々だった。

 駆り武者とは強権的な命令により戦闘能力がありそうな存在を強引にかき集めて兵力に仕立て上げるやり方であり、ずいぶんと大時代的なやり方だった。しかしそこまでやってもなおまだ、豊臣軍単独の半分程度。自分たち奥州統一連合軍が加われば、それこそ三倍近くの勢力差。と言うか、およそ十万人の差。小田原城がいかに堅固と言えど、正直頭を抱えたくなるはずの差だった。



「まさか関白殿下は何もせず進軍しているだけなのか?」

「そんな訳はありませぬ、使者を送ったようです」

「ほう、でその中身はわかるか?」

「極めて常識的な書状であったようです、ただこちらにはいささか問題ですが」

「どうした」

「相模伊豆二か国及び橘樹郡以南など武蔵の一部を安堵すると」

 相模を与えると言う事はこっちがせっかく取った玉縄城を北条に返還すると言う事である。その点では徒労と言えなくはないが、武蔵の大半と上野をとなると北条にとってはさらなる打撃ではある。だが実際北条の現状からしてみればこの辺りが落としどころであり、これ以上を求めればそれこそ死ぬしかなかった。

「それで」

「書状を届けた使いが首だけで帰って来ました」

「嘘を吐け」

「はい嘘です、首さえも帰って来ていません」


 だと言うのに、北条の返事は文字通りの絶対拒否だった。これまでの流れでわかっていたとは言え、それでもあまりにも強硬な姿勢だった。絶対拒否にしても首さえも返さないと言うのは乱暴であり、それこそ話など通じないと言うかする気などないと言っているのとまったく同義語である。


「それで他に何か」

「北条の将たちは現在必死に訓練を行わせています。兵たちもそれに文句を言う事もなく動き、もしこちらが襲い掛かろう物ならそれこそ取って食おうと言う風情です」

「……わかっていたつもりだがな」


 そして、まったく退く気などないらしい。小田原に籠城を決め込んだ時点で分かっていたとは言え、考え得る限りもっとも面倒な展開である。


「こちらの兵糧は」

「里見殿が海路を通って運んでくれている事もありそれほど不自由はありません。しかし北条の方はどれだけあるのかわかりません」

「豊臣軍は…要らぬお世話か」

「ええはい、それこそ兵糧の怖さを一番知っているお方ですからね。それと水軍もかなりあるようで」

「こちらまで来んだろうな」

「意味がありませんから」

 籠城戦となると問題なのは兵糧である。籠城を決め込んだ所で食べる物がなければ飢えるしかなくなり、それこそ食糧を奪うためにせっかくの籠城を解かねばならなくなる。それだけに人数が多いのはする側もされる側もむしろ歓迎ではあるが、そうなると持久戦となる。今は四月と言う収穫からかなり遠い時期と言うか収穫まであまり間のない時間であり、蓄えている米などはあまりない。そしてこっちは延々奥州から来ている以上、補給路がかなり長くなっている。佐竹などの護衛があると言っても限界があり、現状ではそれこそ玉縄城から奪った米などで目先の補給をしているような状態だった。もちろんすぐさまと言う訳ではないが、それでも気にならない訳ではない。



「申し上げます」

「どうした、敵が動いたか」

「動いたと言うか、その…」

「何だ、はっきり言え」

「石田殿が動きました」

「関白殿下を迎えに行ったか」

「いえ、海岸を通り、鎌倉に…」


 そんな所に飛び込んで来た、石田三成の軽挙妄動としか思えない行動。やると思わなかった訳ではないが、こんな時にやるとは思わなかった。


「数は」

「四千程度との事です」

「まったく、もしやの時にはわしらの尻でも突く気か」

「だとしたら随分な話ですな」

 この時奥州統一連合軍は小田原に向いていたため鎌倉は既に大半の軍に取って後方かせいぜい横であり、そんな所に兵を置く理由はない。それこそ万が一奥州統一連合が北条と手を結んだ場合をとか揚げ足を取られかねない話である。

「黒田殿に聞いて来い」

「白帷子で現れた存在を前に何が出来るのだと言われました。鍋島殿はそれでもと諫めましたが、左近殿をして無言であったのが全てでした」

「……………………」

 


 正してやろうと思ったら全くあらぬ回答が帰って来た。白帷子を纏うのは降伏と言うか死を覚悟した時のそれであり、石田三成はそんな格好をして黒田官兵衛の元に現れたと言うのだ。鍋島直茂はそれでも諫めようとしたらしいが、確か自分と同い年ぐらいになる島左近でさえも諦めたような顔をしていたのを見て匙を投げるしかなくなったらしい。


「左近殿の所に千数百の兵を残し、鎌倉に陣を構えたと…」

「はい。あ、」

 その話と共に、一人の男がやって来た。背に大一大万大吉の旗を差した男が。

「奥州統一連合の皆々様に申し上げ申す。それがしに貴公らに対する害意は毛頭存在せず、あくまでも豊臣家への忠義と此度の戦の戦勝を願っての行いであります。その事に対し気分を害されたのであればこの首を持って償う所存であり、関白殿下に対しいくら訴えても構いませぬ。されど此度の行いは全て我が独断であり左近を含む家臣たちの身の上はどうかお守りください。こちらを…」


 今口にした事がそのまんま書かれた、石田三成直筆の書状。


「石田殿の意は受け取った。だが四千の兵を道連れにするなかれと言伝を頼む。また万が九千の場合はすぐにお逃げくだされとも」

 その上で政宗の言葉は欠片も容赦がない。小十郎さえも何も言わないまま深々と頭を下げてから引き返して行く部下を前にして、政宗はこれ以上言葉を続けるのをやめた。



「……やはり」

「ああ。石田殿の目にはもう我々など入っていない。いや、自分の前に立ちはだかっている存在しか入っていない」

「北条…ではないのでしょうな」

「ああ。言っておくがわしは未だに確信している訳ではない。とは言え現状わしらが持っている情報と真田殿が持って来た情報を合わせると、可能性が一番高い答えは見えて来る」

「そしてそれならば説明が付く…」

「ああ。極めて理屈に満ちた話だ、今更ではあるがわしらはそれを全部やってもいいと思っているのだがな」


 石田三成はここに来る前からずっと、その存在を目の仇にしていたのだろう。自分が崇敬する主の天下を阻み、安寧から遠ざける存在。

 しかも入って来る話入って来る話がどれもこれも非常識なそればかり。

 挙句一人ではなく二人。いや、最近聞いた話では三人。


「その話を聞いて耳を貸すと思いますか」

「思う。だが残念ながら、その上で戦おうとするだろう。どうなれば勝ちなのか分からん戦いに」

「それでも彼ならば情報を何より重んずると思いますが」

「…まだ二十三のわしが言うのも何だがな、男は背伸びをしたい時もある。彼にとってはそれが今なのじゃろう」

「はあ?」

 その彼を止められるとすれば、自分たちが持っているその存在に対しての情報。それを伝えれば、あるいは思いとどまってくれるかもしれない。だがその可能性を、政宗は既に放棄していた。

 

 石田三成と言う存在は、羽柴秀吉であった主に仕えてから山﨑、賤ヶ岳、小牧長久手、九州と敗戦こそあったものの上昇気流しかない主に乗り、出世栄達してきた人物だった。

 そして秀吉もまた、草履取りから関白になった人物である。三成よりはずっと苦労していたとは言え上がる事しかなかった存在であり、ある意味で師匠としては不適格だった。


「これまで彼の人生は順調すぎた。この辺りで少しばかり危険な目に遭い、成長しなければならぬと思ったのじゃろう。いつまでも関白殿下様の庇護でぬくぬくとしている訳にはいかんと、な」

「しかしなぜよりにもよって」

「もう戦は起きんと自分で思っておるからじゃろう。まあ実際その通りになる公算は高いがな……。それで、弥右衛門は言っておったか」

「言っておりました。もう見ておらぬと」

「そうか。済まなかったな、付き合わせて」

「死ぬまで付き合いますよ」



 自分たちをここまで引っ張って来た存在に、石田三成も引っ張られている。

 

 本人は絶対に認めないだろうが、それが事実だった。

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