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戦国霊武者伝  作者: 宇井崎定一
第七章 鎌倉の悪夢
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真田昌幸、石田三成を見切る

「数名の武士を…」

「ええ。まったく諦めてなどいない様子であると」

「…そうか」


 玉縄城に入っていた真田昌幸は、息子からの伝言を受けていた。


 蘆名政道の家老となっていた鬼庭綱元と共に降伏させた玉縄城の後処理と里見勢を迎えるための作業に追われていた昌幸には、息子の信之から以外の情報は入って来ない。信之は目端の効く性質ではないが実直であり、その分信頼はされていたから情報も多くもらえていたがそれでも真田忍びの多くを上田に残して来てしまった昌幸としては心細かった。


 そんな中で入って来た石田三成の動きに対し、昌幸は力なくそうつぶやいた。


「先手大将殿は反対なすったのじゃろう」

「そのようです。しかし石田殿はどうしてもその気らしく正直この処置さえも妥協案であったようで」

「鎌倉の事を知らぬとは思えぬのだがな……それで伊達殿は何と」

「もし逃げて来たら助けるが、少なくともこちらから積極的に立ち入る事はないと」

「お人の悪い事じゃな……鎌倉が安全と分かったら行く気じゃろう」

「やはりそうですか」


 いたずらな笑顔になった昌幸に言わせれば、伊達政宗もなかなかに食わせ者である。

 平たく言えば毒見をやらせようと言う訳であり、もし毒が入っていないとなれば喜んで食べようとするだろう。

「弟は石田殿に好かれているようですが」

「次男坊と言うのは気楽な物じゃ。三男坊のわしが言うのも何じゃがな。ああ松平殿の跡目の長丸殿も三男坊じゃったがな。そう言えば織田の信長様も三男坊であったとも言われておる」

 織田信長は織田信広の弟だから次男坊と言われているが、信時と言う存在がおり弟であると言われているがそれが兄であると言う可能性もありそれなら信長は三男坊と言う事になる。

 そんなのは枝葉末節ではあるが、御家の責任を負う事となる長男に対し次男・三男と言うのはとにかくお気楽な物であり、現実とは関係なく理想に向けて動けると言う訳だ。ついでに言えば石田三成も次男である。


「じゃがな、確かにそういう一途な性質が正しい方向に向けばよろしい。と言うよりとんでもない力を産む。それこそ長男が動かすよりもずっとな。だが間違った方向に進むとまずい」

「間違った方向?」

「いや、間違った使い方と言うべきか。本人からしてみれば至極真っ当な使い方でもそれが万人の正義と思って振りかざすとこれが問題となる。そしてそういう人間は性質の悪い事に人気がある」

「人気……」

「単純明快にしてわかりやすいからな、その上掲げている理想は高尚な上にはみ出す所が少ない。そういう人間を好かん奴は良くてひねくれ者、悪し様に言えば揚げ足取りの烙印を押される。しかももっと厄介な事に、そういう人間は身の程をわきまえてしまっている。次男とか三男とか言う時点で子どもの頃から諦めが付いておるから多くを求めようとせん。そんな禁欲的な存在がどう思われるかは言うまでもあるまい」



 だがそれだけに、何ともやりにくい。

 力を持て余して爆発させ大失敗するのはともかく、成功しても厄介である。

 極端なほどに理想主義的な存在ゆえに重箱の隅を楊枝でほじくるような真似をしなければ粗を見つけにくく、それゆえに人気も高まる。だが所詮理想は理想に過ぎず、どこかで現実との妥協を強いられる。さらに言えば人気の高さゆえに長男と言うか為政者・権力者を脅かす存在になりやすく、その点でも為政者の側近たちから警戒される。そしてそういう人間は大半が主に求める物が活躍に比して少ないため、余計に人気が上がる。



「もし石田殿が鎌倉に布陣して成功すれば、その気はまるでなかろうがかの黒田官兵衛らを出し抜いた事となってしまう。そうなれば石田三成と言う人間の名声は天井知らずになり、主すらも抜いてしまう」

「本末転倒ではないですか」

「そうじゃな。これは誰のためにもならぬ。信之、伊達殿を通して使者を送り諫めるように申し上げてくれ」


 実際に彼の頭の中には天下太平と主への忠義しかないのかもしれないが、あまりにも拙劣と言うか愚直。天下の才子とでも言うべき石田三成のする事とはとても思えない行いを、黒田官兵衛のような身内だけでなくよそ者からも諫めておかねばならぬ。

 老婆心であるのはわかっているが、それでも昌幸は息子と仲の良いと言う石田三成の暴走を止めたかった。







 三日後、玉縄城の整理を終え三浦半島に里見の旗を立てた事を確認した昌幸はしょげた顔をした信之を出迎えた。


「駄目か」

「はい…素直な方ではありましたが…」


 あの後信之は、きちんと伊達政宗に許可を取り二つ返事で受けた政宗の名の下に昌幸が鎌倉への陣張を控えるようにと言う書状を送ったが、その事に対する返答は

「ご心配には及びませぬ。いざとなれば逃げることをいとわず、その間に関白本隊及び黒田、松平ほかの部隊及び奥州統一連合の皆々様が防備を崩した北条軍を叩いて下さると信じております」

 であった。


「少し言葉が弱かったか」

「そのような!総大将様は乗り気でもし鎌倉が安全な地であるとわかった場合遠慮なく立ち入らせていただくとおっしゃられ実際にしたためられました!」

「うむ、結局は関白殿下の言う事しか聞く気がないらしいな……いや、関白殿下の言葉ですら聞こうとせんかもしれん……」


 あるいは豊臣家に服従しない自分たちに対する不快感があるのかもしれないが、それでもそこまで鎌倉に難渋する理由が思い付けない。確かに鎌倉と言う地の重みはわかるが、現状は閑地である。そもそも北条とか言った所で現在の北条は鎌倉幕府の執権とは関係のない伊勢氏の末裔でしかなく、共通点と言えば平氏の末裔である事ぐらいしかない。一応秀吉の配下の平野長泰なる人物がかつての北条氏の末裔らしいが、そんな存在に関東での権利をうんぬんする資格もおそらくその気もない。



「本当は鎌倉などではなく、鶴岡八幡宮にでも陣を敷きたいのじゃろうな」

「鶴岡八幡宮に陣を…」

「まったく、数字と地図しか見えておらんのじゃろうな。石田殿には……いくらその二つの才覚が人並み外れていようとも、それだけで世が動くはずもない……」

「石田殿も関白殿下の寵臣ならば兵法書ぐらい読んでいると思いますが」

「ああ読んでいるだろうし覚えてもいる。ただし、丸暗記だがな」


 石田三成が愚物でない事はわかっている。おそらくは兵法書も読み、その上で鎌倉がどういう場所か分かっているのだろう。だからこそあえてそんな地に布陣する事によって敵の侮りを買い、兵を引き付け敵を分断させる。しかも政からしても極めて重要な場所と言う絶好の地。あるいは逆になぜ奥州統一連合が放っておいたのかと本気で疑問に思っているのかもしれない。

 だが昌幸に言わせれば、それは畳の上での理屈だった。そんなに筋道だけで物事が動くほど戦は簡単ではない。お互いの数と、地形。それだけで戦が動くと信じているとすればとんだ愚か者であり、今すぐ首根っこを掴んでやりたいほどだった。



「石田殿には腕利きの配下が」

「おる事はおる。じゃが彼らは石田殿に強く言えん。残念な事に可愛らしいからな」

「そんな、溺愛して視野を失うのでは!」

「今の石田殿は我意を通すためならば平気で頭を下げる。黒田殿や島津含む九州諸侯、いや家臣たちにさえもだ。そんな姿を見て否と言えるか?」

「島左近殿なら」

「確かに言えるかもしれん、じゃがそんなのはごく少数。そうすればおそらく左近殿に後の事を託して死地へと向かうとか申すぞ」



 そして、今の石田三成を止める事はもはや誰にもできない。

 

 ただでさえ忠誠心で頭がいっぱいになっているのにそれを邪魔するような行いをされれば頭に来るのは自然であり、それ以上に大きな存在があった。



「…やはり」

「ああ。今石田殿を動かしているのは関白殿下ではない。この世で最も、理屈で測れぬ存在……」

「そして鶴岡八幡宮には……」



 彼は今、その存在と戦おうとしている。北条でも奥州統一連合でもなくその存在と戦い、勝利を得ようとしている。


 鶴岡八幡宮に関係があるのかないのか分からぬ存在と。



 七つの道で作られた要害と、もう一つの侵入路。



(伊達殿はもうわかっているのじゃろうな、それが何なのか……)


 伊達政宗が一気に武蔵を通過してここまで来た、唯一最大の理由。

 その理由に気付いているからこそ、ここまで強引にやろうとしている。


 主を重んじると同時に、理論を重んじている男。

 その理論全てを踏みにじるような存在への挑戦。それに勝たずして明日はない。


 そこまで決意を固めてしまった存在に対して、自分が出来る事はもはや何もない。


 昌幸は、せめて信繁だけでも巻き込まれぬようにと祈るただの親父になっていた。

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