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戦国霊武者伝  作者: 宇井崎定一
第七章 鎌倉の悪夢
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黒田官兵衛と石田三成、伊達政宗に会う

 四月十三日。


 玉縄城を包囲から一週間かけて落城させさらに里見軍も加えた奥州統一連合軍四万のうち三万と、松平軍到着により小田原を突っ切って海岸を進む事が出来るようになった豊臣軍の先遣隊一万五千が、ついに徒歩で一日の距離まで来た。

 

「ご武運を」

「あくまでも話し合うだけだ。こちらは北条を討つだけであると。黒田官兵衛とやらは狡猾ではあっても話の通じぬ相手ではない」


 そして、両軍の大将はその中間の地に向けてゆっくりと馬を進める。

 

「しかしあのような事を言っておきながら」

「何、元から布陣する気はない。あくまでも行きたいと言うだけだ。武士が初めて築いたと言う地にな。そう、鎌倉に、だ」

 


 その名は、鎌倉。



 かつて源頼朝が築いた武士の都であり、武士に取って感慨深き地であった。だが今は、交通の面からしても閑地に成り下がっている。正直、幕府がかつて存在していなければさほど重みのない場所だった。



「向こうだってその重みはわかっておろう。全く律義な物だ、一昨日ようやく話が付いたと言うのに……」

「真田殿がやってくれたようです」

「真田殿には後で幾たびも礼を言わねばならぬな。小次郎も真田殿の言う事をよく聞いておくように言い含めておかねばなるまい。それにしても、だ。弥右衛門はあれから一度も見ていないと言うのか」

「はい」

「しかし大変だな、やはり足が悪いと言うのは本当か……」 


 政宗と小十郎が百人の人間を引き連れているのに対し、前からやって来る人間の数は百五十人だった。その内五十人が黒田官兵衛の乗った腰を担いだり囲んだりするための人員であり、それがなければほぼ同じ数である。

 

 あらかじめ敷かれた天幕の姿を認めるや政宗と小十郎は部下を留まらせ、腰の刀を部下に預ける。見れば、向こうでも同じ事をやっている。ただ黒田官兵衛には、帯刀こそしていないが二人の部下が付いていたが。

「どうやら、初めてのお目見えのようだな……」

「はい…」


 いよいよ「豊臣軍」との初の顔合わせであるが、政宗の顔に緊張の色はない。むしろ数年来の知人に会うかのような楽しさと、未知の存在を見つけるかのような嬉しさがあった。



 そんな政宗と、似たような顔をした黒田官兵衛。


 両軍の総大将とでも言うべき存在が天幕をくぐったのは、同時だった。







「初めましてと言うべきですかな、伊達藤次郎でございます」

「片倉小十郎と呼んでくださいませ」

「黒田官兵衛でございます」

「石田…佐吉です」


 官兵衛だけ正座が出来ないため小さな椅子に座っていたが、後は全く同じ。四人の男が、数尺の空間の中で座っていた。


「さて時に。伊達殿の武勇は聞き及んでおり申す。何でも一万足らずの軍で三万を打ち破ったとか」

「それは全て童神様のおかげによる物。それがしはそれまで我慢していただけに過ぎませぬ」

「耐える事もまた戦の道であり武士の道。拙速はいけませぬな拙速は、でなければわしとてせめて馬に乗れるぐらいは出来たでしょうに」

「拙速と巧遅、どっちが良いか。その答えは永遠に出ませんな。それがしとて七年も放っておいたのですから」


 そんな中話を始めたのは官兵衛であり、政宗も付いて行く。陸奥と播磨、遠いところから来た二人が、相模の地で話し合う。ある意味実に平和的な光景であったが、副使とでも言うべき二人は大将の浮かれぶりなど気に掛ける余裕はない。二人ともじっと相手ばかり見て、次にどういう手を出して来るかを観察している。


 いや、それは小十郎だけであった。


(石田佐吉…思ったより大したことはないかもしれんな……)


 伊達政宗はこの時既に、石田三成をある程度軽視し始めていた。

 こちらがもし伊達藤次郎と言っていなければ、石田治部少輔とか言う官名を出していたかもしれない。黒田官兵衛はこの時勘解由使の役と従五位下の位を朝廷からもらっており、公式では黒田勘解由官兵衛孝高である。だがその正式な官位を振りかざさずただの官兵衛として名乗った事から、三成は治部少輔と名乗れなくなった。ましてや伊達政宗にも従五位下左京大夫と言うちゃんとした官職はあったが名乗りもせず、藤次郎と言った。

 確かに豊臣軍と奥州統一連合の戦力差は圧倒的だが、それでも現状では互角程度。それだけに三成としては関白の威を示したかったのだが、大将の黒田官兵衛の態度がそんなだったせいでその機会を失ってしまった。小十郎は三十三だから三成と三つしか違わないが、それでも数多の戦に出ていただけに主君と官兵衛の狙いを見極めていた。


「……で、伊達殿。目は」

「母上に預けてあり申す」

「お伺いしたいものですな……ああこれは大変ご失礼を!」

「何、聞かれた事は一度や二度ではございませぬゆえ。関白殿下にもそうお伝え下され」


 そして三成も必死に会話に加わろうとするが、割り込めない。それどころか黒田官兵衛の足と同じかそれ以上に問題のありそうな所に踏み込んでしまい、場の空気を悪くしてしまった。もし当意即妙な政宗の返し言葉がなければ問題となっていたかもしれない話であり、あわてて頭を下げる事しかできなかった。


「あのそれで、本題に入りたいのですが……」

「本題と申されますと」

「ええ、北条討伐についてですが……」

「そうですな。北条勢は予想以上に小田原に集結しており、我々もここまで早く来る事が出来るとは思いも寄りませんでした」

「ここまでとは」

「ええ。奥州を出たのが二月、それから武相の国境まで来られたのが今月一日、そこから十日ほどかけて玉縄を落としていたのです。と言うかそんな事が出来る程度には我々は暇だったのです」

「はあ…」


 そんなだから三成も秀吉との関係云々を持ち出す事が出来ず、奥州統一連合の動向を聞かされるばかりだった。本来ならば秀吉に従うのかそれとも戦うのか最後通牒を突き付ける気でさえあったはずの三成が相槌しか打てず、その代わりのように政宗の倍の数の目線だけで対抗した。


「わしらはそれこそ正月明け、九州から兵を率いてここまで来たのです。大坂から清州、浜松を経てここまで参りました。島津や鍋島のような九州の兵たちはこの地の水が合うのか合わぬのか大変不安がっておりましてな、まあ富士山を見て少しは気も晴れたようですが。伊達殿はどう思われましたかな」

「奥州ではこの時期でも頂にうっすらと雪はありますが、富士山とやらにも雪はあるようですな。それにしても暖かいのは良い事です」

「その暖かさゆえに土地は潤い、しかしそれゆえに良い地を求め合いまする。尾張に生まれた関白殿下もまた、それゆえに戦わねばなりませんでした」

「豊饒が仇となるとはままならぬ物ですな。まあ日ノ本全てが豊穣の地となれば良いのですが」

「ですからどうやって北条を、と言うか小田原を落とすべきかと」

「ああそれか。一手一手、潰して行くしかなかろう。伊達殿、東武蔵の方は」

「ほとんど無抵抗でした。軍勢の数の差があったとは言えあまりにもあっさりと通れました。西武蔵は」

「そちらにも大した兵はおらぬ様子。と言うか川越城と忍城と言う二つの城に兵を集め、じっとこちらのスキをうかがっている様子。両者とも堅城であるゆえ抑え込んでおけば良しの方針で、まあまだ数が足りませぬがいずれは」

「上野はもはや名胡桃城が完全に重荷になっている風情で、真田殿には悪いですが火を点けられるのも時間の問題であると」

「それは伊達殿の発想であろう。北条からしてみれば上野まで失えば力は一年前の半分かそれ以下にまでなってしまう。家臣はおろか一族までも北条の終わりだと逃げて行くとか言う事になりかねん。下総と下野を失ったのだからな」

「アッハッハッハ…!」

「とは言え小田原に兵力は集中しておりそう安易ではございませんが」

「わかっておる。なればこそ負けずに戦えば良い。そう、負けずにな」



 だが二人とも構いもせずに、雑談のような調子で話を進める。小十郎もまたじっと二人の話を聞くばかりであり、一向に話を進めようとしない。三成は何とかして話に割り込もうとするが黒田官兵衛すらまともに取り合おうとせず、戦いの方向にすら進もうとしない。

「ですから!」

「ああ悪い悪い、とにかくわしらはとりあえず西から攻める。その上で北からやって来る援軍を叩き、小田原をゆっくりと孤立させて行く」

「それでは我々は北東からと言う事ですかな」

「ええ。小田原になるべく人を追い込み、その上で封じてもらいたい。兵糧攻めとまでは行かぬにせよ、確実に士気を落として行かねばならぬ。お互い、一歩一歩進むしかないと言う事じゃよ」

「しかし」

「わかり申した。とりあえずは北の方から一歩一歩進みます」

「楽しみにしておりますぞ」


 そしてそのまま話は終わったと言わんばかりに右手を差し出して握手を求め、政宗もそれに応じる。握り終わったと見るや手を放し杖を突き、官兵衛は立ち上がった。足取りはおぼつかないが良い意味で重くなく、実に有意義な時間を過ごせたと言わんばかりであった。政宗もまた同じように笑顔になりながら頭を下げ、背を向けて天幕を出る。


 ここに豊臣軍と奥州統一連合の初めての会合は、代表たちにとっては大成功で終わったのだ。

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