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戦国霊武者伝  作者: 宇井崎定一
第七章 鎌倉の悪夢
75/139

北条氏政、風魔小太郎に全てを託す

※※※※※※




 氏政の手元にあった、多数の書状。


 筆まめな男とは思っていたが、これほどまでとは思わなかった。


 この数ヶ月で送られて来た、数多の書状。その全てが、両者に組むに足らずと思わせるに十分すぎた。



「秀吉は自らを猿と呼ぶ存在に対し露骨に不機嫌となり顔こそ笑っているが内心でははらわたを煮えくり返らせている」

「秀吉は糟糠の妻を蔑ろにし若い女人と交わっている」

「秀吉は母との約束を蔑ろにしている」


 そんな秀吉に関する書状。


「伊達輝宗が危機に陥ったのは政宗の油断の賜物であり政宗はまったくその責務を負っていない」

「人取橋の戦いの戦勝がまったく霊武者のおかげである事を隠そうともしないほど政宗は武士としての自尊心がない」

「政宗は七年近く引きこもり状態であった」


 及び伊達政宗に関する書状。


 面白おかしいとでも言うべきそれもあるが、いずれにしても興味を惹かれる文章ではある。

 しかも、皆ほぼ事実だった。

 

 小田原にいる北条氏政からしてみれば、小太郎は貴重な情報源であり取り分け上方のそれを得るに当たってはほぼ唯一の伝手だった。これまでも幾度も情報をくれた事もあり氏政は小太郎を信用していたが、それでも正確なそれを得るために松平家とかとの交流とか別の向きでも情報を集めてはいた。

 しかし、そこでも小太郎が渡してきた情報と違うそれが全くないのだ。信頼を築くのには何十年かかるが崩すのは一秒とか言うが、それがないのだ。


(しかし秀吉があそこまで残虐であったとはな……確かに言わんとする事はわからんでもないが、それでもやり方と言うのはあろう……)


 中でも氏政が気に入ったのは、九州の一件だった。


 こんな関東にまで広まっている、耶蘇教とか言う遠い世界の神の教え。それを広めようとした宣教師たちであったが実はその裏で人身売買を企み、九州から日本人を連れだして商売をしようとしていたらしい。

 無論言語道断ではあるが、かと言ってそれに加担していない連中を含め膾切りにしたと言うのはあまりにも暴虐ではないか。


「秀吉は否定しているが、その行いの直前に秀吉が宣教師たちをこの国より放逐した事からしても最終目標が何であったかは明白。秀吉が天下を取ればそのような事が横行する可能性が高くなりましょう」

 

 逆らう者は皆殺しの恐怖政治—————それの到来を思わせる出来事。

 まだ今の所大坂には不満の声は上がっていないが、このままならいずれと思わされる。

 秀吉に天下人になってもらいたくないと思わせるには十分な話だ。

 さらに言えば伊達政宗もまた南部一族に対してあんな真似をした存在を「童神」とか言って持てはやしており、それもまたしかりである。

 別に北条が寛容なつもりもないが、その両者の事を思えばずっと普通に、ずっと平和にできるはずだ。




 実際氏政はその噂を領民たちに流しており、諸将もある程度その流れはつかんでいた。

 だがそれでも、ここまで氏政が強硬論を取ると思っていなかったのも確かだった。もちろんそのような虐殺行為は許されるものではないが、北条は宣教師たちでもなければ南部でもない。童神様が勝手にやりましたとか言った所で伊達にどれだけの責任があるのか追及するのは難しく、それこそ自然信仰とどれほどの違いがあるのかわからない。また両方を敵に回して生き残れる自信もなかった。




※※※※※※




「では、その時期は」

「おそらくは一年…その間にそなたらは民たちに伝えよ。この戦いに北条の、いや小田原の興亡ありと」

「そのような戦いになるのですか」

「なる。そなたらには言っていなかったが、実は秀吉はほどなく親になる」


 作戦が決まった上で話を進めようとした松田憲秀らに対し、氏政はまた爆弾を投げ付ける。


「それはその、単に養子をまた取るとか」

「違う。実子だ。これを見よ」

 氏政は懐から小太郎が持って来たと言う書状を取り出し、将たちに見せつける。




「関白の妻に懐妊の気あり。関白は我が子に天下を残さんと欲し軍を進める可能性あり」—————。



 

 男児でない可能性はあるが、それでも秀吉に取って念願の第一子である。現状秀吉の後継は甥の秀次ではあるが、男児となればそれこそ筆頭候補である。仮に女児だとしても秀吉の事だから誰か適当な存在を選んでその娘と婚姻させ自分の血族を守ろうとするかもしれない。


「まさか我が子の誕生祝いに我々の首を!?」

「ああ、まあそういう事だ。腹立たしいと思わんのか」

「とは言え!」

「奥州統一連合は豊臣家に迷惑をかけていない。佐竹がと思うかもしれんが佐竹の事情を斟酌せぬほどの愚か者がここまでやれるはずもない。もしどちらかを取るとなれば、残念ながら奥州統一連合だ。それに単純な話、北条に後ろを突かれる危険性を感じながら奥州を攻めるのは困難だが、奥州統一連合を服属させて北条を攻めるのはずっと易い」

「なら」

「秀吉に自分の年が分からぬはずもない、この北条と奥州統一連合、その全てを滅ぼそうとすれば数年はかかる。奥州がいかに厳しいかは下野を例に出すまでもなかろう、それから前九年とか後三年とか言うが実態は何年だかわかっているのか」

「……」

「しかも知っての通り、奥州も羽州ももはや伊達・蘆名・最上・大浦の四家でほぼ統一されてしまった。残っているのは戸沢と蠣崎ぐらいだが先も言った通り当てにはならぬ。裏切りがなければそれこそ前九年ぐらいかかっても驚かんぞ」


 その時の朝廷ほど豊臣が弱腰でないとしても、文字通り日の本の奥の奥である陸奥の果ての果てまで行くとなると本当に何年かかるか分からない。蝦夷地まで行った蠣崎でさえも抵抗しようものなら、それこそ気が遠くなって来る。仮に氏政の父である氏康と同じ年で秀吉が亡くなるとすれば五十七歳だから、あと三年しかない事になる。どう考えても間に合いっこない。その点北条ならば、東海道を通るだけだからそんなに時間がはかからない。

 いずれにしても、ようやくできた子どもに苦労をさせまいと秀吉が最後の力を振り絞って最後の難関とでも言うべき自分たちを取り除きに来る可能性は高い。無論そのまま奥州統一連合をとなる可能性も高いが、北条が助かって奥州統一連合が助からない可能性は氏政に言わせればかなり低いと言う訳だ。


「わかり申した。されど」

「されど何だ、伊達と交渉でもする気か」

「それは無論、最後の最後まで」

「無論それはやってみる。だが向こうがもし戦うと言うのであればそれはもうそういう事であると考えよ。わかったな」

「はい!」


 氏政の決意の固さを感じた諸将は翻意を諦め、腰を上げた。


 小田原評定の閉幕である。




「父上」

「氏直、娘たちは元気か」

「幸い元気ですが」


 親子二人になると、氏政は祖父の顔をして孫娘たちの事を聞く。氏直にはまだ男子はないが女児は二人おり、彼女たちの存在が小田原の住民の癒しになっていた。


「何があっても守らねばならぬ。小太郎から聞いておらぬのか」

「何をですか」

「かつて秀吉めはかの浅井長政の長子の首を刎ね、それを大手柄としてはしゃぎ回ったらしい。言っておくがまだ十の子どもをだぞ」

「それは存じておりますが、でもそれは男児…」

「で、その姉である存在を側室として寵愛している。小太郎によれば懐妊したのはその姉だ」

「…………」


 自分が殺したも同然の存在の姉を孕ませ、その存在の甥か姪か分からぬ存在を求めようとする。いくら戦国乱世とか言っても道を外れているにもほどがある。

「もしこのまま負けよう物ならば秀吉は我が子にそれがしの娘を」

「ある。いや負けなくとも人質として寄越せとか言って来ない可能性の方がむしろ低い。服従すると言うのはそういう事だ、松平家だって事実上の長男を人質に取られているようなものだからな」


 何ひとつ嘘偽りのない事実。そこからはじき出せるおぞましくもあり得る結論。


「ですが秀吉はそこまで」

「もう十六年前の事だからと言うか?それにだ、あの政宗さえも親の言葉ありきとは言え親を射ち殺そうとした男だぞ?」

「ええ……」

「わかったか。これがわしらが頼ろうとしていた連中だ。わかったら準備を整えよ」

「はっ……」



 氏直の顔にも戦意が籠り、戦の近さを感じる。


 氏政は、小太郎に何を褒美としてやろうか楽しみな時間を過ごしていた。




※※※※※※

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