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戦国霊武者伝  作者: 宇井崎定一
第七章 鎌倉の悪夢
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北条氏政の一喝

いよいよ本番、血染めの第七章です。

 天正十七(1589)年、正月。

 小田原城にて浮かれた気持ちになっている人間は十人にひとりもいなかった。


 昨年の秋から冬にかけて何があったか、誰もが知っていたからだ。


「門松は 冥土の旅の 一里塚 遠きを願い 浄土を願う……」


 そんな事を言い出す人間まで出る始末であり、誰もが正月を楽しみながらも今年が最後ではないかと言う覚悟を決めねばならぬと言う顔になっていた。




※※※※※※




「秀吉とか言う猿男に従えるか!」

「では伊達政宗とか言う小僧に付くのか!」

「両者を敵に回して戦えるのか!」


 昨年の十月頭から、小田原城では毎日のように月二回のはずの小田原評定が開かれていた。


「下野はほどなくして雪が降ります。そうなればこっちはもう攻める事が出来ませぬ」

「と言うかこっちから攻められる事もないと…」

「そんなの後四ヶ月もすれば消えます!そうなれば奥州統一連合は意気揚々と武蔵にやって参りますぞ!」

「一年足らずに二度も遠征をおこなう体力があるか!」

「一年でやって来るとは限らぬのです!下野が落ちた今上野は、いや東武蔵もかなり危険です!」




 —————そう、北条家は下野を守り切れなかったのだ。




 下総方面からの助攻、常陸からの蘆名・佐竹・里見連合軍の横撃に北からの伊達・最上・大浦連合軍の攻撃。


 それらは数もさることながら、北条が思う以上に連携が取れていた。


 蘆名軍の先制攻撃に気を取られた北条氏忠がそちらに兵を向けてしまった所に下総から里見軍が飛び出して北条の進軍路を塞ぎ、そうして士気が乱れそうになっている所に北から奥州統一連合の本隊とでも言うべき存在が突っ込んで来た。さらに言えばこの時ちょうど上野の真田が動き出し、名胡桃城を攻め立て上野の軍勢の足を引っ張り出した。


 これは真田とも奥州統一連合が示し合わせていたからではあるが、いずれにせよこれらの要因により北条の援軍は道筋が限られてしまい、さらに大軍の伊達と蘆名が進路を塞いでいる間に他の諸侯の軍が下野の各城を攻略。氏忠は唐沢山城に籠城するも他の諸侯の攻撃と数で押され、泣く泣く脱出を強いられてしまう次第となった。

 現在氏忠は武蔵にいていつでも下野を奪い返そうと機をうかがっているが、前述の通り雪が邪魔をしそうで攻める事など出来ない。雪が溶けた所で、今度は敵の援軍がやって来やすい場所になってしまっている。

 その上に下総からも北条はほとんど撤退状態であり、東武蔵は北からも東からも攻められる場所となってしまった。昨年の下野と同じかそれ以上に危険な状態であり、さらに言えば上野も上杉こそ干渉をしなかったとは言え真田の攻撃に足を引っ張られ続け支配がぐらついており、そちらに割く兵を減らす事も出来ない。かと言って守ろうとすれば最悪三方から攻撃を受ける可能性もあり、東武蔵よりはるかに守りにくい場所になってしまったのだ。




「とは言え上野を失えば北条はさらに力を落とす事となる!何とかして守らねばならぬ!」

 北条氏照が吠えてみせるが、迫力はない。小田原から上野までの直線距離はともかく、箱根の山を越えて行かねばならぬ以上その道のりはかなり険しい。しかし上野一か国で石高は五十万石近くあり、それを失えば北条の国力は現時点から二割程度、一年前からと言う事で行けば半分ぐらいまで落ちてしまう。元から下野同様係争地の色合いが濃かった以上五十万石と言うのは盛りすぎとは言え、下野を失った今となってはそれこそ生命線にも近い。


「奥州統一連合とやらの狙いはどこだ!」

「あの連中は北条を滅ぼす気があるのかないのか未だに分かりません」

「交渉の糸口はないのか!」

「一応使者は送り下総と下野の件について問いましたが戦国乱世の習い故としか返されませんでした」

「下総はまだしも下野の時もか!」

「はい…」


 さらに言えば奥州統一連合とは没交渉と言うか交渉拒否の状態である。正確には下総の際に先に佐竹や里見を脅かしたのはそちらだと言われ、下野の時には佐野家を事実上奪い取っておいて何のつもりだと言われただけである。だがいずれにせよ、奥州統一連合に付くためには相当な譲歩をせねばならなそうなのは確実だった。

 

「では秀吉に付くと言うのか」

「やかましい、あんな猿鼠男に!ただでさえ秀吉の配下の真田を攻めてしまっていると言うのに!」

「秀吉が話の通じる男かどうかが問題だ。今も言ったように全くその気のない奥州統一連合とか言う存在に比べれば数段ましかもしれぬ。

 秀吉の側近の前田利家とか言う男は、賤ヶ岳にて柴田勝家に味方していたらしい。だがそれが今では秀吉の片腕状態だ」

「馬鹿を言え、秀吉とその前田利家は元々親友だったと言うぞ。そんな甘い話が北条に当てはめられると思うのか!」


 かと言って秀吉とて信用も出来ない。何せ生まれが生まれである。今では元関白近衛前久の養子とかになって藤原氏の末裔を気取っているが、元々は百姓の生まれである事は本人でさえも隠していない。武士として支配されるならば武士にされたいと言うのがある、と言うか武士の政権が四百年続いて来た以上武士以外に従いたくないと言うのが本音だった。実際もし秀吉が織田信長だったらとか言う話をした際に、この場にて秀吉に反感を見せていた諸将は比較的好意的であった。もちろん信長の苛烈さも知っていたが、それでも武士である事に変わりはないと言うのが氏政以下の見識だった。

 

「待て待て、奥州統一連合に付くか秀吉に付くかしかないのか?どっちも」

「ではそなたは奥州統一連合に我が北条領が一年で二か国も奪われた現実をどう見る!そして豊臣はもはや九州すら制圧しておりもう西に敵はない、となれば次はどう考えても東側であろう!」

「残念ながらそれが今の北条だ!」


 とは言え両方を敵に回すだけの力は今の北条にはなく、友軍になりそうな戦力などいない。

 上杉はそれほど豊臣に心服している訳ではなさそうだったが、それとて氏政の弟である上杉景虎を押しのけて当主となった景勝がいる以上援護を仰ぐのは難しい。松平家も次男と言うか長男を人質に出している以上豊臣家を裏切ってまで北条に付く公算は薄く、島津が再び叛旗を翻したとしてもあまりにも遠すぎる。かと言って勢力を残しているであろう毛利をうんたらかんたらするにはあまりにも疎遠すぎる。さらに言えば

「蠣崎とか言う男がこの調子と来ているからな……当てにする気も起きないが」

 蝦夷地にて領国を持っていた蠣崎慶広が奥州統一連合の名で送ってきた書状には自分は奥州統一連合の一員だとか言う文章が記されており、そっちを引っ張って来るのもどうにもできない。さらに言えば角館の戸沢盛安とか言う男もまたしかりであり、奥州統一連合の内部の乱れも期待できそうにない。

 冗談抜きで日ノ本六十六か国のうち六十二対四とでも言うべき状態であり、それで勝つのはどう考えても無理だった。


「小田原に籠城したとして上杉謙信や武田信玄の時とは訳が違う。最悪挟撃ともなれば敵は十五万でも驚かんぞ」

 

 小田原に構えれば良いとか言おうにも、秀吉軍単独だけで十万になっても驚けないし奥州統一連合も五万とかなっても笑えない。実際下野を襲った奥州統一連合軍は三万であり、越後方面からの憂いがなくなれば五万は十分現実的な範囲である。かつて上杉謙信軍が三万、武田信玄軍が二万とか言われているのにだ。

 もちろん最悪の場合、両者が手を取り合って攻めてくる可能性もある。そうなればもう絶望以外の何でもない。



「大殿様」



 その状況を前にして、北条氏政はじっと上座に座っているだけ。まるで議論が出尽くすまでじっと場の空気が落ち着くのを待っているかのように達磨の如く座り、上座から全てを睥睨していた。名目的には息子の氏直に家督を譲っているが家内において絶大な権力を持っていた氏政の言葉は、文字通りの鶴の一声となる。

 氏直でさえも、父親の一声を待っていた。




「氏直。まさか貴様はかの猿男に屈従する気ではあるまいな?」




 そんな中、松田憲秀の声に応えるように放たれた一声は、一気に場を支配した。


「それでは…!」

「馬鹿を言え。豊臣は強引にこの北条を圧そうとして島津や長曾我部など服して日の浅い存在を連れて来る。と言うか毛利だって所詮は和睦でありまだ十年も経っていない以上家内の全てが豊臣に屈従するような人間ばかりではない。そんな人間ばかりが率いるような烏合の衆に北条が負けると思っておるのか」

「ではやはり奥州統一連合と」

「奥州統一連合が崇める童神とやらの話を知らぬのか。別に何でもなかったはずの南部一族を皆殺しにし、その上に佐竹と言う見方であるはずの存在にも牙を剥いたような、神は神でも蛮族とでも言うべき神だ。そんな存在を崇める伊達などに味方すれば次はこの北条が膾にされる」

「それでは…!」

「ああ。北条はいずれにも付かぬ。そして、最後の一人まで戦う」




 その上で出された、最後の一兵まで戦うと言う宣言。


「そんな」

「そんなとは何事だ!貴様まさか戦が恐ろしいと」

「ですが!」

「黙れ!」


 当然の如く怯んだ家臣に向かって、氏政は五十二と言う年を全く感じさせない速さで刃を抜き突き付ける。


「氏直。もう既にお前は当主だ。何となればわし自ら城を出て猿のしもべや伊達の小僧を斬り落としに行く」

「しかし!」

「しかしも何もない。こういう時のためにわしはお前を当主にしたのだ。わからぬのか。

 そなたら、もし我が言葉に反意があるのならば北条を去って構わぬ。と言うか、今すぐ去れ」


 氏直は必死に抵抗するが氏直の目は爛々と輝き有無を言わせない。家臣らも氏政の視線に耐えきれず一斉に頭を下げ、これにより衆議は一決した。



 北条軍は、豊臣軍・奥州統一連合の両方と戦う事になったのだ。

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