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戦国霊武者伝  作者: 宇井崎定一
第六章 小田原に迫る両刃
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風魔小太郎は影を見る

「どうなさったのです」

「どうもせぬ…いや、下野を奥州統一連合が攻めていると言うのに何もせずとも良いのかとな……」

「お館様は風魔様を信じているからこそ情報を集めてくれと命じられておいでなのです。既に兵を下野へと送り佐野様を支援しておいでなのです、風魔様が心配なさることではございませぬ」 



 風魔小太郎は、惑っていた。配下からの報告を受けてなお、どうにも落ち着けない。


 下総での戦勝に乗っかり奥州統一連合が下野を攻める事も、それを防ぐべく北条が動くのも、わかりきっていたのにだ。




(……どうもおかしい)




 奥州統一連合は蘆名政道と佐竹義宣に里見義康が加わり、さらに北から伊達政宗が最上軍と大浦軍、さらに戸沢盛安なる存在を連れて来るだろう事もつかんでいた。だがこの内里見軍は国内の問題もあり数は限られているし、最上軍も上杉の動向が読み切れない以上全力は出せないとも見ていた。それでも下野一国を争う戦いと言う事で東から来る蘆名軍で一万、北から来る伊達連合軍で二万は下らぬ事もわかっていた。と言っても戦において守る方が有利なのは常識であり、佐野氏忠も一万を超える兵を擁しているし武蔵や上野からも援軍は来る以上そう簡単に敗れる事はないはずだった。

 自分の役目はあくまでも西の松平や豊臣の事であり、それらの情報を集める事こそ第一。そのはずなのに、なぜか体が重い。


「そういえば最近、夜通し鍛錬なさっているようですが」

「…まあ、半蔵めを出し抜かねばならぬからな。あんな忍びもどきに負けるなどあってはならぬ」

「そうですか、そうですな!」


 小太郎に言わせれば服部半蔵なぞ武士が片手間で忍びの真似をやっているような忍びもどきであり、自分たちとは全く違うと思っている。もし半蔵が忍びの頂点に立とうものなら、忍びはもはや武士の完全な下位の存在になってしまう。それ自体はこの際いいが、個人的に面白くないし自尊心と言うのもある。

 それなのに、なぜまたそんな事をしなければならぬのか。無論怠け通しでいる気もないが、にしてもどうにもしっくり来ない。




 と言うか甲州に潜入した辺りから、どうも時々意識が飛びそうになる。

 ここ数日はその具合も減ったが、気が付くと刃を握って振っていたり普段と違う書を読んでいたりする。大きな支障はないとは言え、肝心な時にそんな事が起きたらとんでもない事になり得る。だがどうも、まだ決定的な何かをやっているようには思えない。あくまでもまだに過ぎないから油断はならないが、それでももし一般兵とかに同じ事が起きていたら見逃してしまうかもしれないほどの些事である。

 誰かいるのかと思い気を張るようにしてからは起きていないが、それでもまた何か自分がやらかさないか不安にもなる。



 甲州に潜入した時の事を、柄にもなく紙に記そうとしてみる。普段やらない事をやろうとして緊張した訳でもないが、筆が重い。文が思い付かないと言うより、まるで記す事を拒否しているかのように感じる。

 なぜなのか。まるで自分の存在を知られてはいけない、残してはいけないみたいに圧がかかっているとでも言うのか。


(そう言えばあの侍……)


 甲斐で出くわしたあの侍。


 古臭い格好をした侍。



 その彼の姿は、どうにもあの霊武者だとしか思えない。最初は上田、それから大坂や九州、京にも表れたと言うかの霊武者。


 いったいなぜ、あの時は甲斐に現れたのか。


 そもそも、いったい何者なのか。



 でもその前に、あの時なぜ自分は甲斐に向かったのか。

 それは、ただのいつものお仕事に過ぎないはずだった。

 その霊武者の影響もあったとは言え荒れ気味な甲斐の国。

 本来ならば本能寺の変のどさくさ紛れに北条が取っておきたかった場所であったが無事逃げ帰って来てしまった松平家康のせいで取れなかった場所でもあり、北条としても隙あらばと言う場所ではあった。だから何度も偵察に来てはその気をうかがっており、その時もまたしかりのつもりだった。

 一月の甲州は、言うまでもなく銀世界。山が高いゆえに木は多く雪の積もり方もまばらではあるとは言え、それでも忍びに取ってやりにくい場所である事に変わりはなかった。寒さに耐える事は出来ても、雪明かりに耐える事は出来ない。

「その日は確か折悪く晴天であり……」

 当然ながら忍び装束など着ないし顔を隠すのも不自然であるから光が目に当たり、かなり難儀した。ただでさえ晴天と言うのは姿を隠しにくいから嫌なのに、雪となるとなおさらである。



 それでもやるべき事をやるまでとばかりに足音を立てぬように歩くと、いきなりその霊武者が目に入った。

「む…?」

 そんな自分にも聞こえないような音を出した小太郎。

 実は、その時まで霊武者の姿を一度も見た事はなかった。様々なうわさや部下たちその他の情報からつなぎ合わせて作った「霊武者」の像があるだけであり、まだ本物を知らなかった。


 しかしその時の霊武者は、そのつなぎ合わせていた像とそっくりだった。

 

 眉目秀麗、長身瘦躯、古めかしい衣装を身にまとった古武士。手には一本の長剣を持っているが、どこか不自然な構え。


 敵なのか味方なのか、どうにも分からぬ存在。しかし榊原康政を斬り黒田官兵衛に襲い掛かり南蛮の宣教師たちを斬った事からしても決して無害ではない。それらの特徴から見いだせるのは何か。

 そして、奥州統一連合なる存在が崇めているらしい童神様。両者の関係の深さはほぼ確実であろうが、まだ断定するには足りない。だいたいもしその通りだとすれば、三歳児と言うのがまずおかしい。

(かの童子は一歳で死に…いやそうならずに天寿を全うしたはずではないのか…)

 もし三歳とか言うのならば、それは男児ではなく女児ではないか。その三歳の女児がまさか男児としてここに戻って来たのか、いや自分たちが知らぬ三歳で冥土へと向かった童子がいたと言うのか。あまりにも古い話ではあるが、北条と言う家柄からして逃れられぬ名前。どんなに時の為政者から蔑まれても民たちの間に膾炙し、その上で時代が変わると結局もてはやされた存在。


 かの為政者たちの家族はその相手を憂い、為政者に対し不満を抱いたとも言う。だがその後の時代にその家族により行われた粛清行為は、結局同じではないかと言われる事もある。しかしそれでも少なくともその初例は、かなりの歓声を持って迎えられたとも言われている。それゆえに誰も彼らを止められなかったとも言われているが、それでも現実と歴史はしっかりと残っている。



「まさか……」



 そんな事を考えた途端、かの霊武者がこちらへと向かって来た。

 一応、とんでもない高さで跳躍したりとんでもない速さで走ったり生身の肉体への攻撃が当たらなかったりする事は知っていた。だから相手の刃を狙い、適当に弾き返せばいいと思っていた。


 忍びの本分は戦う事ではなく逃げる事であり、半蔵のような忍びもどきだけにはなるまいと決めた訳でもないが腰は引けていた。


「オマエ…!」

 だがそんなこちらの思いを読んだか、敵は怒りの籠った声を上げながら突っ込んで来た。


 武士だ。

 戦いを好む武士だ。

 もっとも面倒くさい人種だ。


「下がれ…!」


 声を殺しながら手裏剣を投げ付け、手元を狙い武器を弾き飛ばそうとする。去る者は追わずとか言うが、武士の習性とはそんなものだ。武士にとって大事なのは土地であり、土地から相手が去ればそれで良しとする。戦国時代とか言った所で土地の奪い合いであり、より良い土地を得るために武士は戦う。そのために相手を殺す必要など全くなく、敵を追い払えばそれで良しのはずだ。

「(なんだ…!?)」

 だがこの男は違う。

 純粋に殺し合いを楽しんでいる。

 命のやり取りを求めている、文字通りの人殺しの専門家。

 もっと粗野に言えば喧嘩商売。

 刃を合わせただけで、そこまでわかってしまった。


 その面体からは想像もできないような粗野なそれが数発の刀合わせで見えてしまった小太郎は、わずかにひるんでしまった。



「しまった…!」


 その隙を突くかのように、飛んで来た刀。


 辛うじて受け止めたはいいがそれからしばらく意識が途切れ、気が付くとまた雪の中に立っていた。

 別に傷を受けた訳でもないのに、身体が重い。

 どうやら服部半蔵とその気もないのにやり合ってしまったらしい事は覚えているが、その間の記憶がない。

 と言うか、何を言ってどうやったのかも覚えていない。


 そしてその後相模に帰ってから、意識が飛ぶようになった—————。







 —————それらの事を記そうとしているはずなのに、ちっとも筆が進まない。

 まるで痕跡を残す事を、誰かに知られる事を拒否しているかのように。

 

 そしてその怠慢の心に負けまいと筆を下ろした途端、また意識が飛んだ。

「な……」

 その一言を最後に小太郎は数分ほど何も言わず、じっと虚空を向いていた。

 だがいきなり全身を震わせ、右手を握っていきなり頭を叩こうとする。だが左手はその手を抑えこみ、頭を守ろうとする。

「う、あ……」

 

 そんな右手と左手の戦いがまた数分続き、やがて決着が付くかのように小太郎は横倒しになった。

 



「ふう……字を読んで来てよかったわ……」




 そして目を覚ました小太郎は、今までにないほどの笑顔で、笑っていた。

「明日は?」「短編を突っ込んで女性だけの町は10日からです」

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