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戦国霊武者伝  作者: 宇井崎定一
第六章 小田原に迫る両刃
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直江兼続、訴える

「そんなにも悪いんか?」


 名胡桃城が落ちてからふた月ほど後、直江兼続は大坂城にいた。


 いつも通り雪国の人間らしい仏頂面を抱えながら、笑顔で一杯の秀吉の前にひざまずく。


「ええ。新発田の乱は既に終わりましたが伊達は元よりその新発田の乱を後ろから手を引いていた事は間違いなく、続いて伊達が真田を利用しているのは間違いございません」

「新発田重家について本当にご苦労様であったのう、じゃがわしは伊達は新発田に干渉したのはかなり前だと聞いておるぞ?」

「ええ。しかし伊達は奥州統一連合と言う名の巨大な存在になっております。全く情けなきことながら上杉だけでは対抗はできませぬ……」


 兼続は必死に頭を下げながら窮状を訴える。自分でも話を盛っているのはわかっているが、それでも奥州統一連合の存在の大きさを訴えるのが自分の役目であったと割り切っていた。

 実際、景勝が相続した頃からずっと悩まされて来た新発田重家の乱であったが人取橋の戦の後勝利した伊達がさらに支援して来ると身構えていた上杉の予想に反し政宗があっさりと関係を切ってしまった事もあり新発田勢は後退、昨年の段階でけりが付いていた。その結果ようやく越後統一出来たとは言え、それでも伊達及び最上の拡充は上杉に取って一大事である。


「利家にはちゃんと言いつけておくが」

「前田殿から聞き及んでいないのですか」

「相当な難路だと言う事は聞いておるが、まさか真田が信州を封じたと」

「それは違いますが、一刻も早く前田殿にお会いしたいと思いまして。前田殿の力で真田をどうにかしてもらいたいのもございます」


 そして前田がたやすく動けない理由にはもう一つ、親不知子不知の存在がある。

 越中と越後の国境に存在するその地は干潮でもなければすぐ砂浜に飲み込まれるほどの難所であり、大勢の兵を通らせる事は困難である。かと言って他に道があるでもなく、日本海の荒波で運用できる船を作ったり動かしたりするのはより困難である。ある意味、越後は陸の孤島的な場所なのだ。


「ふむ…されどのう、真田が今どうなっておるか知らぬ訳でもあるまい。重臣の甥御を北条に討たれたとか言ってわしに救援を求めておる。上杉にも使者が来たであろう?」

「そうです。ですから今我が主君は北条に奪われた名胡桃城の奪還に向けて兵を整えております。それがしが春日山を出たのはその直後でしたので詳しい事はわかりかねますが」

「無論わしらとしてもその用意はある。じゃがな、真田が奥州統一連合とやらに救援を求めたとして何か問題はあるのか?」

「問題とは」

「奥州統一連合は別に豊臣家に刃向かってはおらん。常陸介(佐竹義重)殿は豊臣家の臣下である事は違いないが、それでもまあこれはわしの失態であるが惣無事令をまだ出しておらなんだ奥州や関八州での戦について云々言う権利はわしにはなかったのじゃ」


 奥州統一連合が現在戦っているのは、北条だけである。佐竹義重も織田信長とはそれなりに懇意であったが実は秀吉とは本人が思っているほどには親しくなく、その窓口になりそうな上杉とも不仲気味だったせいで秀吉からもそれほど重視されていなかった。

 しかも仮にそれを踏まえたとしても人取橋の頃の秀吉は四国やら九州やら西に目が向いており、東には関心が薄かった。本気で行ったはずの九州でさえもほぼ力押しの青息吐息で島津を服属させたのだから、東まで気にしていたらもっとひどい事になっていたのは想像に難くない。

 と言うか惣無事令を出していないと言うにしても、それを完全無視した島津家討伐の名目で行った九州出兵の結果がある以上東国への惣無事令発布及び出兵はよほど気合を入れなければならない。

「北条や奥州統一連合に物申すにしても、それこそもう一年か、あるいは二年は後かもしれんのう……」

 百里を行く者は九十里を半ばとすと言うが、秀吉からしてみればこの最後の戦をなあなあで終わらせるのはまずいのだ。北条及び奥州統一連合を屈服させ、二度と戦など起こらないようにせねばならない。そのためには、用意をきちんと整えねばならない。


「存じてはおりますが」

「奥州統一連合とやらが上杉を攻めたと言う証左がなくば、わしはまだ奥州統一連合を敵とする事は出来ぬ。無論松平でも真田でも良いが」

「北条は生贄であると」

「じゃな。と言うか北条ははめられてしまったとも言えるな。佐竹は豊臣の臣下であるとは言い切れぬが、真田は既に臣下の礼を取っておる」

「あ…」


 あ、と言うほど呆気に取られたわけでもないが、それでも北条からしてみれば真田を攻めた時点で後戻りできなくなってしまった。

 重臣の甥御とか言うが、真田昌幸のような小大名の家臣など秀吉でも把握しきれていない。それこそ、適当な赤子を重臣の養子だとか孫だとか言ってでっちあげて囮にする話だってあり得る。御家が大事な時代である以上主家の了解と家臣のある程度の支持さえあれば簡単にできる以上、重臣の「甥御」など簡単に生やせる。何なら御家の当主が侍女から側室を選んでしまえばその侍女の兄弟の息子はたちまちにして当主の甥御である。


「北条氏政はもう少しまともな男かと思っておったがのう……これで少なくともわしらには名目が出来てしまったと言う訳じゃ」

「そして奥州統一連合には里見が」

「ああ。氏政はわしと奥州統一連合、両方を敵に回した事になってしまった。謙信公をして落とせなんだ小田原があったとしてものう……」

「奥州統一連合は豊臣家と手を結ぶのでしょうか」

「結ぶかもしれんし戦うかもしれん。とにかく挨拶がない以上何も言えんのだ。治部などは焦っておるようじゃがな、あれはどうも即断即決即行動と言えば体裁はいいが早とちりが多くていかん。そなたは治部と親しかったじゃろう、それと真田の次男坊ともな。

 平たく言えば真田安房守は、迷っておるのかもしれん」


 迷っていると言う言葉に、兼続は目を丸くした。


 真田昌幸と言えば巧妙な戦略を持った存在でありそれ以上にしたたかだと思っていた。

 何せ武田が滅ぼされる前に信長の攻撃を受けた勝頼を上田へと亡命させようとしたのが昌幸であり、その上でさらに信長に取り入って生き残ったのも昌幸だった。そんなあまりにも鮮やかな手のひら返しをするなど正直呆れるとか言う以上に華麗であり、さらに実戦能力も上田城の戦いを見る限りかなりある。霊武者がなくとも勝事は出来ただろうし、少なくとも負ける事はなかった。と言うかある程度知っていた上であそこまで冷静に振舞えるなど、相当肝が据わっていないと出来ない。



「安房守の手紙の中身を聞くか?」

「そのような!」

「わしは関白であるぞ?」


 その昌幸の手紙の中身を、いたずらっ子のような顔をしながら秀吉は口にする。三成とかには絶対に出来ない事だった。


「もしそれがし及び我が長子信之に万一の事がありし場合、どうか関白殿下の威光をもって次子である信繫に真田の名と御家を継がせる事をお許しいただきたく思うなり……」

「それが何か」

「あともしこの身が関白殿下の敵となった場合、信繫に容赦なく討てとお命じ下され……」

「ぬっ…」

 

 字面では単純だが、覚悟としては単純ではないそれ。まるでこれから大戦が起こるのは先刻承知であり、その際に御家のためならば自らすら捨て石になると言う覚悟。

 小大名なればこその両天秤とも言えるが、まったく過酷な選択だった。


「しかし北条も運命に嫌われた物じゃ。自分なりに懸命ではあったんだがのう……」

「懸命に生きる者が全て報われる世こそ極楽浄土なのかもしれませぬが」

「わしにはそんな事は出来ぬ。せいぜいそれに少しでも近づけるまでじゃ。ま、少なくとも真田の決断を飲み込んでやるぐらいの事は出来る。上杉殿もじゃ」

「…………」



 直江兼続は、何も言えなかった。



 正直な話、上杉家内での秀吉の評価は高くない。百姓からの成り上がりと言うのはいいとしても非道な行いを繰り返して織田信長の後継者と言うのが頭の中をちらつき、さらに上杉家が重んじる武の力もなければ威厳もない。そのような存在を頭に立てる御家に従うべきか否かと言う懸念は常に家内に充満している。

 と言うか、単純に秀吉と言う統治者が分かりにくい。石田三成などはわかりやすいと言っているが、盲信めいた所のある三成の言葉は友人ながら真に受けにくく思っている兼続からしてみれば、昌幸が秀吉に息子を預けるのは圧倒的な力の差ゆえだと思っていた。


「良き為政者が中央に君臨したのは、一体いつ以来になるのでしょうか。尊氏公の時ですらまだ戦乱は続いており、それこそ義満公になりようやく……」

「わしが良き為政者にならねばならぬのう。ま、せいぜい恩を仇で返すような人間にはならぬようにするまでよ」



 器の違いを感じはした。


 もしこんな為政者が頂点に居続けたら世の中は楽であろうとも思った。


 だがなればこそ、この秀吉の下に付き続けるか、奥州統一連合に付くか余計にややこしくなってしまう。


「それで」

「来年になるか、再来年になるかはわからぬ。それまではどうか自力でこらえてはくれぬか?もし万一の時あらば犬千代に頼れ。あいつは決して粗略にはせぬからな」


 兼続はそれ以上の言葉を引き出す事が、出来なかった。

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