表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
戦国霊武者伝  作者: 宇井崎定一
第六章 小田原に迫る両刃
65/139

豊臣秀吉の刀狩

「始めよ」


 石田三成は、秀吉とは似ても似つかぬ怜悧な表情を浮かべながら冷淡に言葉を唱えた。

 ただ奥に引っ込んで命令を下すだけでもいい立場なのにわざわざ出向き、傍らには島左近まで置いている。


「殿、何もこんな所でまで」

「関白殿下とて自ら身を乗り出しているのだ。私が引っ込んでいては示しがつかぬ」

「奥方様に何て言われたかご存知ですか、肩の力を抜けって」

「だからこそ余暇の時は肩の力を抜いて書を読んでいるのだ」


 三成が今読んでいる書が今昔物語集である事を左近は知っていたが、それでも他に読んでいる書と言ったら兵法書やら政治の書でありちっとも庶民的なそれでないのも左近は知っていた。


「一葉に 思いを馳せる 人もあり 夏炉冬扇も 四つ字あるのみ」

「私にはどうしても他の道楽が思い付かなくてな」


 一枚の葉っぱでも思いを馳せる事が出来る人間がいるように、何が不要で何が必要かは人それぞれ。夏の囲炉裏や冬の扇と言った一見時季外れの存在でも、決して完全に無用とは限らないかもしれない。夏炉冬扇と言うもっともな言葉でさえも、ただの四文字の漢字かもしれない。

 左近はそう諫言するが、三成もそう苦笑するのが精一杯だった。


 とにかくそんな三成の命に従い、各地の農民から次々と不必要な刀剣を没収して行く。新たなる時代のために必要な行い。それを実行し、秀吉の築く世の中を永遠にするために。


(だと言うのに、なぜ古き存在はなおもしがみつこうとするのか……)


 別に世の中の流れに流される気もないが、それでも自分なりに悪習を絶ち時代を切り開く先頭にいるつもりだった。だと言うのに、だ。



「佐々侍従様を含む皆々様の霊を慰めるために、方広寺の大仏を建立せねばならぬ」


 こんな口上を言わねばならぬ自分が、正直不愉快だった。


 まさか、あんな形で死んでしまうなど。

 自分でさえもそうため息を吐いたのだから、年長者たちはもっと悲しく辛かった事は想像に難くないと、三成はなるべく鉄面皮を気取って話を流すしかなかった。







「やはり、かの霊武者であると」

「間違いございません。黒田様も霊武者により佐々様と側近の方々が次々に討ち取られたと」

「霊武者にはほとほと祟られたものだな」

 

 九州征伐の後肥後一国に封じられた佐々成政がかの霊武者に襲われたのは、赴任してひと月足らずの昨年六月だった。

 

 佐々成政と言うのは元々秀吉と同じ織田信長の家臣であり、秀吉と言うか秀吉の親友である前田利家と対立していた存在だった。実際小牧長久手の戦の後秀吉と対立していた徳川家康と共に戦うために前田利家のいた加賀を通らず飛騨から強引に山越えをしたほどの硬骨漢であったが、その時既に家康は秀吉に服属する事を決めており空振りに終わってしまった。その結果秀吉に膝を折り越中一国から一万石にまで落とされていたが、それだけに此度肥後一国を与えられたのは彼に取り最後の好機だった。

 それなのに、だ。


「佐々殿の統治に反発しようとした勢力の前でその軍はほぼ全滅、さらにその反発勢力の中心であった隈部親子も共に討たれ、その隈部親子に付こうとしていた勢力も後を追ったり身一つで黒田や鍋島、さらには島津に逃げ込んだり……」


 その再起の機会に焦ったのか否か強引な検地を行い反発を喰らったのか、それとも島津が肥後から撤退したのに元通りにならなかった地元の領主たちの反感を買ったのか。そんな事はわからないが、いずれにしてもまもなく爆発しようとしていた爆弾はとんでもない形で爆発し、肥後をあっと言う間に乱してしまった。


 とりあえず後任として加藤清正と小西行長と言う秀吉の親族と寵臣を突っ込む事になっているが、ただでさえややこしい土地の統治がさらにややこしくなりそうだ。もちろん九州の諸侯も支援する事になったが、佐々成政死後の混乱にあたって豊臣譜代の黒田勢は動けず鍋島直茂、立花宗茂、筑紫広門と言った在地領主が中心となってまとめたためその点でも豊臣家に取って面白くなかった。



 大坂に現れたそれ、九州で黒田を襲ったそれ、そして此度佐々勢を討ち滅ぼしたそれ。

 その全てが、およそ四百年前にいたような侍の男だと言う。


 そして言うまでもなく、松平軍の勇将榊原康政を一刀のもとに斬り捨てた男と同じである。


(全ては、理ではないか)


 いったい何の理があって、今更出て来たと言うのか。それならそれではっきりと言えばいいではないか。まさか物が言えないとか言うのか。だからと言ってあんなやり方でしか表現が出来ないのならばそれはもう野蛮人以外の何だと言うのか。







「なあ左近。どうしてあの霊武者は暴れているのだろうな」

「暴れたいからじゃないですかね」

「身も蓋もないな。だがただ暴れるだけではただの無法者だ。まさか無法者と呼ばれる事が誉とか言う手合いでもあるまい。もしそうだと言うのならばそれこそ迷惑極まりないただの害獣だ」


 害獣と言う言葉こそ、三成の本音だった。

 いや実態がないから害霊とでも言うべきかもしれないが、霊武者とか言うもっともらしい名前が付こうが現世の人間を邪魔するだけのただの害毒。とっとと駆除されるべき存在。たまたま武士の格好をしているから一部でもてはやす連中がいるだけであり、それがもし山賊のような格好をしていたらどう思われていたのかなど火を見るよりも明らかではないか。


「ねえ殿、刀狩により武器がなくなったら百姓はどうなるんですかねえ」

「地を耕し、武士に糧を与える。その代わりに武士たちは百姓を守る。お互い幸福になれると言う次第だ、と言うか武士も百姓もお互いにお互いがいないと成り立たない関係だ」


 百姓たちから武器を回収する、刀狩。

 

 武士は武士、百姓は百姓とはっきりと役目を分け、各々が各々の役目を果たす。多芸は無芸とか言うように、それぞれがそれぞれの果たすべき役割は果たせば良いのではないか。

 その際に山賊やら害獣やらが来たらそれを守るのが武士の仕事であり、あるべき政のやり方。これまで農民も兵も同じだとか言うようなやり方をして来たからこそ乱世は乱世であり続け、土地も産業も瘦せ細るのだ。


「そもそも武士と言う存在自体、藤原様の暴政に腹を立てて出来上がったもんなんですけどねえ」

「だな。そしてその武士の大元となったのがここにいる民たちだ。その武士が暴政を働き二度天下を失った。三度目の失敗があればそれは武士の終わりを意味する。もしあんな存在が中核に立てばそれは武士そのものの自滅だ。何が童神だ、噴飯ものとはまさにこの事だな」


 大量殺戮を行う幼児に童神とか言う名前を与えている奥州統一連合とやらも三成は気に入っていない。秀吉に反抗的なのは無論、そんな人殺ししかできないような存在に神の名を与えるなど正直東夷とか言われても仕方がないとまで思っている。神とか言うならば直江兼続の主人である上杉謙信のように数多の生きた兵を率い、その兵たちに慈悲を与える存在になって見せろと言うわけだ。


 実際、童神とやらもまたかの霊武者と同じように人殺しばかりし、無駄に屍の山を増やしている。一体何様なのか。そんな輩に誰が付いて行くと言うのか。そのはずなのに、だ。


「……左近。関白殿下も奥方様も、私の言葉を聞いてくれぬ。これほどにまで世の危機を訴えているつもりなのに、二人して落ち着けとしか申してくれぬ。単に手の施しようがないだけなのかもしれぬが、それならそれでそう申し上げてくれればよいのに……」

「ですから殿自ら御祈祷を」

「ごまめの歯ぎしりと言われようが知った事か。私は何と言われようが構わぬ。関白殿下の世を静謐な物とし、もう戦など飽き飽きだと言わせる世の中を作らねばならぬ。そのためには、路傍の小石であろうと取り除かねばならぬ。それが私の役目と言う物のはずだ」

「それだから俺達は殿について行くんですよ」



 石田三成と言うのは、決して冷血漢ではない。

 むしろ熱血漢であり、忠義に篤い男だった。それゆえに左近達家臣からも慕われ、秀吉からも信頼された。


 だがその熱血漢で忠誠心があって才智もあると言う男が、これまでどれほどの割合で成功しどれほどの割合で失敗して来たのだろうか。

 受領は倒るる所に土掴めと言われるほどに強欲であった藤原陳忠が、どんな人生を過ごしたかなど三成も左近も知らない。あるいは天寿を全うし幸せに亡くなったと言うか勝ち逃げに成功したかもしれない。後年になって嗤われるのが罰であったかもしれないが、それでも犯した罪の分の代償を払ったかどうかなどわからない。

 なればこそ仏教でも耶蘇教でも地獄の話をして強欲の罪を戒めたが、それでもその罪を犯す人間はちっとも減らない。言い方を変えれば三成だって主君への忠義心と言う名の欲望に取り付かれているとも言えるし、結局人間は欲望から逃れられない生き物なのである。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ