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戦国霊武者伝  作者: 宇井崎定一
第六章 小田原に迫る両刃
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真田昌幸の罠

 昌幸が奥州統一連合に身を投じることを決めた翌日の上田城では、まだ底冷えがすると言うのに倉庫が開かれていた。


「雪がなくなったからと言ってすぐ戦が出来るのか」

「いや北条が戦を仕掛けて来ないとは限らないだろ」

「しかしまだ米はあるからな」

「米も野菜も雪は守るからな、それはありがたい事だよ」


 一月と言うのは暦の上では春だが実際は真冬であり、さらに言えば農作業が始まる少し前である。上田とか言う片田舎なりに世の流れもあるとは言え、依然として兵農分離があまり進んでいないこの地では兵士はいわゆる農兵が多く苗代作り→田起こし→田植えとか言う手順を踏まない事には出兵などできない。しかも今年は不必要であろうと言われているが雑草取りもあるからますます出兵どころではなくなりやすく、その分だけ動きは重たくなった。武田信玄と言う英雄をして信濃一国の攻略に二十年かかったのはそれもまた一因であり、織田信長のような高速での出兵や兵の鍛錬も出来なかった。だが同時に、攻められる事もなかった。


 そんな中で大名たちは、一体何をするか。




「気づかれない物なのですか」

「気付かぬ物よ。雪解けと共に出兵するなど普通なら無茶だからだ」

「出兵なら、と言う事ですか」

「北条に取ってもだがな。信長とてこの場ならばそうしただろうしな」


 信之が昨日の段階から聞いていた事とは言え呆れ気味に問う。

 実際真田の兵力はどうあがいても三千あるかないかであり、防衛ならまだしも攻撃をかけられるような数ではない。と言うか攻撃をかけられる場所自体北条しかなく、そんな事をやって勝てるとは限らない。

 そして北条からしても仕掛ける理由は薄い。真田の領国は山地であり、守りやすく攻めにくく、そして実りが少ない。

 皮肉な事に、肥沃とは言えない環境が守りの盾ともなっていた。


 もし織田信長とて、この山地に生まれれば同じように良くも悪くも小さくなって過ごしていたかもしれない。尾張と言う肥沃な土地に生まれたればこそ彼は小さい時から攻撃を受けまくって過ごして来たからああいう人間になれたのであり、真田昌幸とて同じ場所にいたらああなっていたかもしれないとか言う不遜な思いを抱かない訳ではなかった。

 ましてや、北条は昨年下総方面とは言えかなりの大敗を喫した。その代償のようにこちらに来ないとは限らないが、もし連敗とか言う事になれば北条はそれこそ崖っぷちに追い込まれる。奥州統一連合につこうが豊臣につこうが良いように扱われ、勝ったとしてもボロボロにされるし負ければ滅ぶ。滅ばないとしても関東制覇どころか小田原一つまで追い込まれても文句を言えなくなる。

 北条は今、自分たちが思っている以上に追い込まれているのだ。


「それでだ、この真田と佐竹とは今大変都合がいい。里見は少しばかり早まった気もするがな」

「往生際が悪いですぞ」

「お前はいざとなったらわしを背中から刺せばよかろう」

「笑いながら物を言わないで下さい」


 そんな昌幸自身、まだ覚悟を決め切った訳でもない。一応賽子に運命を託してはみたが、それでもまだなんとなく抗おうとしている自分もいた。

 信繫の事が、どうしても気にかかる。信之は自身にある程度似て勇敢ではあるが軽挙妄動せず策を練る事の出来る人物だが、信繁はどうしても勇猛果敢である事を重んじ命を軽んずる所がある。なればこそ上杉景勝との折り合いもよくそのまま豊臣家の近習のようになれているとも言えるが、かと言ってそのまま秀吉に好かれ続けるかどうかなどわからない。


「奥州統一連合はどこまでやる気なのか、と」

「ああ。あるいは名前通り、奥州の統治を豊臣家に認めさせれば満足するのかもしれぬ。そのために佐竹や里見、この真田のような存在を味方に加えただ交渉の材に使わせようとしているだけかもしれぬ。もしそうでなければこの国の乱世はまだまだ終わらぬ、そなたが畳の上で死んでもなお続くかもしれぬ」


 それ以上に、奥州統一連合の狙いも読めなかった。

 北条を倒すにしてもその後どうするのか。豊臣家に服属をするがびた一文領国は渡さぬと言う形で自分たちの権利を主張するのか、それとも豊臣家の支配を徹底的に認めずに戦い続けるのか。伊達政宗を含め誰からもその狙いのほどを聞いていない。と言うより、誰もその狙いを公言していない。無論真田忍びに探らせてはいるが、なかなか情報が上がって来ない。

 いずれにせよ、最悪の展開は奥州統一連合が豊臣への最後の抵抗勢力として徹底的に戦うと言うそれであり、そうなれば今五十二歳の秀吉はおろか二十四歳の真田信之まで寿命で亡くなるかもしれないとまで言うのだ。


「ではやはり」

「そんなに深刻な顔をするな。今のはただの八つ当たりだ。霊武者だか童神とか言うな存在に対して少し愚痴を言っただけだ」

「やはりその二人ですか」

「ああ。奥州統一連合はその二人のためだけに動いている可能性がある。その二人がどれほどの欲望を持っているかで話は決まるかもしれぬ。わし自身どこまでその二人に付き合い切れるか自信がない。そう、自信がないと言うのがこれだ」

「ぶしつけですが、少し傲慢に思えますよ」

「何」


 その昌幸が危惧の奥底にある物を吐き出すと、息子は全く容赦のない言葉をぶつけて来た。


「何もかもわかっているのならば我々は要りません。ただ何も考えず将の思うがままに行動するだけの兵卒がいれば事足りてしまいます。人心でさえも図り得ぬのに、どうやって人ならぬ存在の心をつかみ取れるのでしょうか」

「そうだけどな…わしはさっきも言ったように少し愚痴を言っただけだ。それぐらいは許してくれぬか」

「申し訳ございませぬ。されどそうやってうじうじと悩んでいては将兵の士気にも関わりまする。とにかくもう決めたのでしょう」

「ああ。決めた。いずれにせよああした時点でわしは奥州統一連合と言う身近な大敵か豊臣家と言うそれ以上の存在化を敵に回さねばならなくなった。その事はとっくのとうに分かっていたのに我ながら往生際の悪い事だ」


 奥州だけでなく、日ノ本全ての運命を狂わせる二人の霊武者。彼らが何を望んでいるのかなど、誰一人わからない。

 いや、昌幸はわかりそうな気はしているが、まだ断定などできない。拙速とか言う言葉もあるように、じっと身構え、証拠を集めた上で判断せねばならない。


「なあ信之。わしは長篠の時そこにいた。勝頼様は己が騎馬隊の力を恃み次々とむやみやたらに突撃させ、精鋭を鉄砲隊の生贄にしてしまった。

 その時思ったのだ、少しでも怒りと自信に負けてしまえばすぐさまああなると。

 慎む事こそ我が本義であり、その上で慎んでもなお勝てるように動いて来たつもりだった。だが本当はわしも、勇敢に出て行きたい。だからそれをやっている霊武者や童神に少し妬いているのかもしれぬ。

 ただ勇猛な人間が勝つ。それが武士のあるべき姿なのだろう。だがそれが出来ない連中が増えたからこそ、いやそういう連中が駆り出されるようになったればこそ戦術も発展した。強くなるしかなかった」

「弱者は弱者なりに工夫するしかないのですね」


 だが、それを全くやらずに動いているあの二人。精巧な戦術も特長のある武器もなく、ただ自分の力だけで全てを圧してしまう存在。せいぜい利用してやるつもりではいたが、それでもどうしても抑えきれない気持ちはあった。折角の創意工夫を全部ぶち壊しにしてしまう存在を前にして、誰もが同じような気持ちを抱えている。

 それならそれで自分なりに何とかするしかないのが現実だった。



 だから。



「とりあえず相当な単位の金が要るのでしょう」

「ああ要る。村落の住人はともかく千人単位の兵と彼らの家族には相当な金が要る。とりあえず城を解放し、さらに金穀も与えねばならない。わしはとりあえず、わしにできる事をする」


 自分は、自分なりにやらねばならない。

 北条には悪いが、真田に取って一番大事なのは真田なのだから。


 そのために倉庫を開き、米を数えている。


「しかし千以上の兵を上田城に集めるとなると上杉殿や松平殿は」

「警戒はしても動けはすまい。もし策が成らずば成らずで良い。成れば、それこそ北条を蟻地獄へと叩き込める」

「そのために使うのが」

「名胡桃城よ」


 名胡桃城。真田が確保している上野の城。


 それなりの規模ではあるが本城である上田城からは離れた城。



 雪が溶け次第、その城は爆弾と化す。



 それこそ、真田昌幸の狙いだった。

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