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戦国霊武者伝  作者: 宇井崎定一
第六章 小田原に迫る両刃
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北条氏政、吐き捨てる

「まだ目を覚まさんのか」

「ですから兄上!」

「兄上と呼ぶな!」

「大殿様、本当なのです!昨年からずっと!」

「ああ、もう百回は聞いている。そこまで言うならば本当なんだろうな、小太郎も言っておったし。

 しかしな、そんなに都合の良い事が起こるなどわしは信じられんし他の連中だって信じない。うますぎる時は注意せよと言う言葉を忘れたのか。わかったら休め!」


 この男の部下たちに恨みがましく見られながらも、氏政は手を振って訪問客を追い返した。

 去年からずーっと続くこの不毛な問答にいい加減飽き飽きしており、本当なら完全に役職を取り上げてやりたかった。


「氏邦め…」


 氏政はそう力なく吐き捨てる。

 昨年常陸・安房攻撃に失敗し数千の兵を失い下総の領有すら怪しくした弟の氏邦は全ての役目をはがされ、ほとんど一兵士同然になった。だがそれでも下総で氏邦と共に戦った兵たちは彼を守り、必死に名誉挽回の機会を与えよと訴えたものだからとりあえず二千ほどの兵を与えて小田原城に置いてやっているが、こうたびたび訴えて来るとなるといい加減うざったくてたまらない。


 しかし、風魔小太郎らから集めた話をまとめる限り氏邦の言葉を心底から否定する気にもなれない。




 人取橋であの童神とか呼ばれている存在が伊達を勝利に導いたのがもう三年前。



 それが南部をほぼ壊滅させ、その前に伊達輝宗を救ったとか言う話ももう聞いているし飲み込む気にもなれた。

 ついでに言えば上田城の一件もあったし、そんな事もあるのかもしれないと無理矢理ながら納得も出来た。


 だがそれでもその童神とやらが北条に牙を剥いた事、と言うか剝かされたと言う事に関しては納得できなかった。


(聞けば聞くほど人間業とは思えんではないか!そんな存在をどうやってしつけたと言うのだ!しかも会った事があったとも思えん里見の小僧までもが!)



 生き残った兵たち曰く、里見勢を誘って叩いていた所にいきなり里見義康が自陣に突入し好き勝手に走り回っていた所にかの「童神」が現れ、里見勢共々自分たちを辞り刻んだと言う。




 里見義康自ら囮となり童神を引き付けた、と言うだけでも人並み外れているのに、どうしてその童神とやらがそうすれば自分たちに向かうとわかったのだろうか。


「で、里見は間違いなく奥州統一連合に付いたのか」

「間違いございません。今の里見の当主はまだ十六ですが弟を蘆名に差し出し上総安房二か国及び下総半国の安堵を求めております」


 里見義康はつい昨年父親から家督を継いだばかりだと言うのにあんなとんでもない事をやり、その流れのまま奥州統一連合とか言う存在にひざを折っている。いくら弟が五人いるとは言え無茶苦茶な話であり、その事もまた氏邦の言葉から説得力を奪う。蘆名政道や佐竹義宣だって信じられなかっただろうし、自分だって信じたくない。


「それでその童神だかは今どこにいる!」

「全く分かりませぬ」

「だろうな。無茶ぶりをしてすまんかった。だがとにかく、下野の守りは固めねばならん。氏忠に万一の事があれば下野一国を失い北条はいよいよ武蔵で奥州統一連合とやらの兵を受けねばならなくなる。上杉が仮に盾となったとしても、陸奥の側から入り込んで来る兵を止める術はない。大浦とやらはともかく伊達の本隊や最上までやって来たら北条でも受け止められる保証はないぞ」

「では上杉や松平に」

「馬鹿を言え、そうなればこの北条は豊臣とか言う百姓上がりの鼠猿男の部下と言う事になる。いやそれはまだともかく仮に豊臣軍が来たとして、北条は前線に駆り出される。あの奥州をだ。上野や信濃、下野でさんざん悩まされて来た存在と相対せねばならぬのだぞ」


 大浦為信とか言う男が侮りがたいそれである事を氏政は知っているが、それ以上に単純に伊達政宗と最上義光とやらの武力が怖かった。上杉しか敵がない以上その気になれば奥羽全ての兵をぶち込んで来る事も不可能ではない。

 伊達単体でも二万か下手すれば三万、それに最上が対上杉の兵を残しても五千、大浦が五千少々、それ以外の諸侯が最大で五千として、三万五千から下手すれば四万かそれよりやや多いぐらい。さらに常陸に入った蘆名軍は六千とも言うが、母国の会津にもそれぐらいの兵は残っているだろうから合わせて一万二千。それに佐竹や里見が加われば、七万とか言われても驚けない。

(何が七万だ…この小田原は十万の兵を守った事もあるのだ。あの上杉謙信さえも十万の兵で取り囲んでなお尻尾を撒くより他なかった。この場所はそういう場所なのだ!)

 内心では粋がって見せるが、それはいきなり小田原を攻めて来ると言う前提ありきである。謙信は諸侯のために真っ先に兵を率いて小田原を狙っただけであり、平たく言えば小田原への線をつないだに過ぎない。だからこそ小田原を落とす事は出来ず道中も北条軍の妨害を受けまくったのだが、奥州統一連合とやらにそんな焦る理由はない。それこそ下総に加え下野でもただ食いすればいいぐらいの気持ちでいる事が出来る、と言うか出来てしまう。

 と言うか、ここまでやっておきながら未だに小田原と奥州統一連合は没交渉である。とっくのとうに宣戦布告が行われているのに没交渉もへったくれもないが、それでもそれ以前からどっち側からも何の接触もなかった。

 あの人取橋の後佐竹領を分割してとか言う事も出来たのに、どっちも何にもしないままだった。氏政からしてみれば関東こそ自分たちの領国であり干渉されたくなかったし、奥州統一連合からしても北条と仲良くする気などなかった。


 かと言って上杉や松平とか言う存在の上にいる豊臣に従えばその奥州統一連合の攻略に駆り出されるのは必定だ。いくら小田原がそれなりに寒冷とは言っても、奥州とは訳が違う。それこそ使い潰されて文字通りの看板だけの存在になるだけかもしれない。


「それに秀吉と言うのはいつも人様の御家だろうと家臣の中の自分好みの存在を見つけて取り立てようとする。我々の中にも粉をかけられそうな人間は山と居る。それにだ、九州や四国で何が起きたかまさか知らぬのか」

「戦ですか」

「真面目に物を言わんか」

「すみませんが存じ上げません」

「次々と骨抜きにされたのだ。

 長宗我部元親は気力を失い、大友宗麟は不出来な子を当主に据えさせられ、龍造寺もすっかり、そうだ龍造寺は鍋島とか言う家臣にすっかりおんぶにだっこにさせられた!さらに上杉の直江に毛利の小早川、そして松平の今は亡き榊原とやらも秀吉に目を付けられておるのだろう、北条も同じようになりたいのか!」

「それはいずこから…」

「風魔忍びを何だと思っておる!」

「申し訳ございませんでした…それと亡霊の正体ですが氏邦様がおっしゃるには」

「氏忠に兵を送れと言っておけ!」


 氏政は立ち上がって金を家臣に投げ付けるとそっぽを向き、下がれと言わんばかりに足を踏み鳴らした。


 誰も彼も、なぜ亡霊とか言う存在ばかり気にするのか。今ここにいるのは生きた自分たちであり、実際に戦をしているのは生きた兵である。亡霊だか童神だか知らないが、そんな存在が何のつもりか。


 風魔曰く、四国の覇者から土佐一国にまで落とされた長宗我部元親はすっかり無気力になり、大友宗麟も心労でこの世を去る間際に不出来な子を当主に据えられ家臣の離反を招き、大友や島津と三国状態であった龍造寺さえも鍋島なんとかと言う家臣に主導権を奪われている状態だと言う。さらに言えば島津四兄弟の末っ子もまた九州征伐からほどなくしてこの世を去っていると言う。

 秀吉などに従えばどうなるかと言う未来を如実に示しているではないか。



 そうだ、亡霊などより恐ろしい存在が現実にいる。それなのに未だに亡霊がどうとか言うなどそれこそ頭がおかしいと言われても言い返せないではないか。



(もういい、あやつはどこか用途を見つけ次第そこに使ってやる。と言うかこの小田原からも飛ばしてやる)


 場所が決まり次第氏邦にその旨を聞かせてやり、その上でどこかへと追放してやることを決めた氏政の意識は、もう亡霊武者から遠くに行っていた。

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