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戦国霊武者伝  作者: 宇井崎定一
第五章 徳川家康、松平家康となる
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上杉景勝の尚武

 九月九日。


 春日山城の上杉景勝は書状を受け取っていた。



「伊達左京大夫より…か……」



 伊達左京大夫こと伊達輝宗の署名が記された書状。


 まだ四十路とは言え既に隠居人であるはずの人間が一体何の要件なのか。ただでさえ奥州統一連合とか言う巨大な存在の登場によりざわついている中、その中核に近い人間が寄越して来たと言う書状に春日山城はいつも以上に騒然としていた。


 伊達輝宗の影響力がどれほどの物なのか、上杉勢は今一つよくわからない。確かに奥州統一連合の中心に立つ伊達政宗の父親ではあるが最上義光の方が積極的だし、伊達政宗ほど積極的とも思えない。と言うか温和とまでは行かないにせよ政宗ほど強烈な個性の持ち主でもない以上何をやって来るのかわからなかった。


「開けますぞ」


 直江兼続が書状を手に取り、開く。


 ただ齢を重ねて来た訳ではないとわかる、整然とした字。


 


「幼き武者によりかつて我が身は救われ、未だこの乱世にしがみつく権利を得る。

 その幼き武者はさらに我が子を救い、その代わりのように佐竹らを滅す。

 そして姿を消したと思いきや無言で現れ、南部一党を殲滅する。

 かの三名は全て同一である事は間違いなく、今その幼き武者は童神とあがめられると共に常陸介(佐竹義重)の愛馬と母子を慕っている。

 何故彼が伊達を救い二本松こと畠山に佐竹や南部を襲ったか。

 我々は少しばかり思案を巡らし、自分なりにひとつの答えを見出す物なり。

 それは畠山・佐竹・南部みな白旗の下に立つ存在であり、かの童神は白旗をただ恨むのみによって動いている可能性あり。

 もし白旗を掲げる存在あれば餓狼の如く喰らい尽くす危機あり。かの存在が真に何を望んでいるかはわからぬにせよ、もしもう一つの存在がかの童神と意を同一にするのであらば甚だ危険かもしれぬ。

 そのもう一つの存在は九州にて関白が重臣黒田官兵衛を襲い続けたと言い、さらに徳川の重臣榊原式部を討ちもしたと言う。両名もまた白旗を掲げし存在であり、両者して白旗を疎み、憎み、嫌いし存在やもしれぬ。幸い上杉殿はその刃に狙われる事はないかもしれぬが、それでも最上殿が決して安らかならぬ暮らしをしている事、我が叔父休意碩斎の養子とならんと欲している事を秘匿する気がない事から案じていただきたし。」




 白旗が降伏のしるしとなったのはいつからかわからないが、武士が掲げる場合意味が違って来る。




 それこそ清和源氏の末裔たちが白い旗を掲げ、桓武平氏の末裔が赤い旗を掲げる。


 日本初の軍旗と言っても差し支えないそれであり、あの織田信長ですら赤旗を掲げる事があったほどには重みを持ったそれだった。

 伊達家は源平どちらでもない藤原氏の末裔であり、蘆名氏も元々は平氏だ。 大浦為信は、最近になり近衛家の一族、つまり藤原氏であると言い出している。

 そして最上家は源氏であるが、それが伊達輝宗の叔父と言う名前を求めている。


 大浦も最上も、明らかに源氏から逃げようとしていた。ちなみに上杉家は藤原家だが、上杉謙信こと長尾景虎の生まれた長尾家は平氏である。




「……清和源氏の末たる足利将軍家に忠孝を誓うが我々の役目なのだが……」

「足利様が襲われたと言う話はうかがいませぬが」

「だが与六、それでも黒田の話は本当なのだろう」

「ええ。九州ではそれこそ毎日のように襲撃を受け指揮を執る事すらままならなかったと聞きます。最後も討ち取ったとか追い払ったとか言うよりただ逃げてくれただけであると」


 龍造寺と大友は藤原氏、島津は源氏を名乗っているが実際は惟宗氏とされている。

 一方で黒田氏は宇多源氏と言う事になっているが、もしそれが理由だとしたら相当にはた迷惑な話でしかない。いや黒田官兵衛らの防備が見事であったからはた迷惑で済んだだけであり、南部氏のように全滅させられていたかもしれないと思うとただただ恐ろしいとしか言えない。


「とは言え、だ。南部が本当に一人で壊滅させられたのか」

「三戸城は壊滅し、各地の領主たちも救援に出る前に次々と討たれ残ったのはそれこそかの母子一組ぐらいであったと」

「それは誇張だろう」

「いえ、壊滅した南部領から逃れた難民たちが最上領に入って行く際に間者が調べた故間違いはないかと……」

「わかってはいるが、それこそ三戸城を一日で壊滅させただけでも二の句が継げぬ話だと言うのにか」


 その殲滅ぶりのすさまじさは景勝もとうに知ってはいるが、それでも改めてその働きの凄まじさと容赦のなさには呆れるしかない。

 武士と言うより山賊、いや金穀を奪っていないからそれこそただの人殺し。

 殺人のための殺人。あまりにも道を外れた存在。

 

 そんな存在を童神とか言って奉るのは話としてはわかるが、あまりにも品位に欠けるのではないか。上杉謙信とて軍神と言われたがそれは己に厳しくただじっと構えて不必要な殺生を行わなかったからでありそんな風にただただ死体を積み重ねるような事はしなかった。挙句天高く飛んだとか額を打ち抜いたはずの矢が突き抜けたとか言う荒唐無稽な話など、誰がどう信じようと言うのか。




「その上で左京大夫は何と」

「いえ、ここまでです」


 兼続は書状を取次に渡し、景勝に受け取らせる。実際に書状がそこまでであった事を確認しながら、景勝は折りたたんで横に置いた。


「うむ…でだ、与六。佐竹の方はどうなった」

「奥州統一連合が干渉し北条軍は常陸より撤退、さらに上総に攻撃をかけるも惨敗し下総の維持も怪しい状態です。そして里見もどうやら北条と断交し奥州統一連合に付くようです。

 ただ、その情報を流しているのが奥州統一連合側なので…」

「北条側からの筋はないのか」

「残念ながら」

 上杉家とて情報の重要さはわかっている。上杉は大時代的だと馬鹿にされている事は景勝も知っていたが、それでも自分なりに何とかもして来た。実際流民と化した旧南部領の民の情報を引き入れたり秀吉の強勢を知って服属を選んだりしたのだからそこまで疎いつもりもなかった。もっともこの場合敗北をわざわざ言い触らすほど人のいい話もないと言うだけの事だが、それでも奥州統一連合の言い触らす情報は童神と並んであまりに突拍子もない。


(佐竹が服属を決めたのはわかる…だが里見までその気になるものか……?)


 北条と奥州統一連合の関係がどれほどだったかはわからないが、あるいは北条と手を組みまずは佐竹や里見などを討つ選択肢がなかった訳でもない。

 弱り切っていた佐竹を北条と共に討ち領国を分割し、さらにそのまま孤立無援となった里見を討つと言うやり方をすれば北条はとっくに上総安房の二か国および常陸の半分ぐらい手に入れられているはずだ。もちろんその気になれば上杉だって動いたとは言えあまりにも悠長すぎた北条もどうかと思わない訳ではないが、もう今となってはただの繰り言だ。



 それ以上の現在進行形の問題は、里見家までも奥州統一連合に付きそうな情勢になっている事だ。

 怪しい情報筋とは言え、もしそんな事になれば日本の東の海岸が奥州統一連合に統一された事になる。それはすなわち海軍を組織したとしても大回りせねばならず侵攻のための路が極端に限定されると言う事であり攻めにくくなると言う事である。ましてや雪と言う存在がある以上戦いは長引く。もはや立派な大国ではないか。

 なるほどその一員になれると言うなら里見の行動もわかるが、それにしてもこうなるとただただ脅威でしかない。自分たち上杉も徳川も味方しない北条などで勝てるのか、非常に疑わしい。無論豊臣秀吉が来れば話は別だが、大敗直後にそんな事をすればそれこそ北条家自身がもうおしまいだと認めるような物であり秀吉に頭を下げに行けるほど北条に自尊心がないとは思えない。

 北条としては秀吉に服属するとしても島津の様に戦い、勝った上で自分に有利な条件で従いたい。北条がどれほどのそれを求めているかはわからないが、少なくとも伊豆相模武蔵に下野、少なくとも下総か上野のどっちかは取りたいだろう。こんな状態で救援を求めれば少なくとも下野は持って行かれそうだし、何よりそうなった所でまだ奥州統一連合が残っている。その場合、北条勢は真っ先に矢面に立たされた上でおそらく報酬は見込めず、例え奥州統一連合の領国を奪った所で入るのは秀吉の子飼いの連中か秀吉に近い織田家の家臣かである。


 

「返事を書く。下がってくれぬか」

「はっ……」



 樋口与六と呼ばれていた時代から昵懇であった家臣を下がらせ、景勝自ら机を出して墨を磨る。

 その間に心を落ち着け、何を記すべきかじっと考える。下書きもなしにやる以上、内容はじっと考えねばならない。別に便所紙を増やしてやる道理もない。




 武士の長として、何を為すべきか。

 伊達輝宗とか言う男が、とりあえず決して冷酷なだけのそれでない事は間違いない。

 ただ、その本音を理解した上でどうするかと言うと別問題だった。

 その際に上杉が生き残るか滅ぶか、自分自身がどう思われるか。

 仮に輝宗の真心を信じたとして、その先に待つのが何なのか。

 それぐらいの事はわかっている。


 わかっていた上で、どうすべきか。

 いや、どうしたいのか。



 景勝の筆が動いた。そこからはためらいもなく、頭の中で作り上げた文章を動かす。その筆の動きは刀剣の如くであり、誰もそれを受け止める事は出来なかった。




「左京大夫殿の忠言痛み入る。

 されど上杉は尚武を持って立つ故、その力を目の当たりにするまでは是とも否とも言えぬ。もし酒を持って参るのであれば酒を持って返し、刃を持って参るのであれば刃を持って返す」




 結局、日和見だった。

 奥州統一連合の刃が次に自分たちに向かない保証はない。

 だがそれでも構いはしない。


 正々堂々と戦うまで。

 勝てばよし、負ければいくらでも生き恥をさらす覚悟ぐらいはある。


 自分なりの覚悟を文字に込めた。


 閉じた上で花押を押す。



 上杉景勝に、迷いはなかった。

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