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戦国霊武者伝  作者: 宇井崎定一
第五章 徳川家康、松平家康となる
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副作用?

「鬼は外!」

「ああもう、してやられたわ!」


 佐竹軍は完全に罠にはまった事を知らされた。

 氏邦はわざとらしく逃げ出し、その後元気な兵で一挙に取って返す。寡兵に見えたのは完全に囮であり、見事に誘い出されたと言う具合だ。

「俺達このまま死ぬのか……」

「かもな」

 取り分け悲痛だったのが馬場城内に置き残された兵たちだ。逃げようにも外には北条軍がおり、中は当然ながら江戸軍がいる。必死に北条から守ってくれる友軍がいたとしても数は知れているし、疲弊だってしている。しかもそのせいで逃げ道すらなくなりそうと来ている。



「…霊武者は、そんな状況でも戦ったんだな」

「お前…!」 

「殿も佐竹も、その存在に苦しめられている。今度は、こちらがやる番じゃないのか」


 彼らは、その霊武者の事を見ていない。二年前には兵士ですらなかったような人間が半分以上、人取橋にいた人間に至っては皆無と言う軍勢に取り、霊武者の知識などないに等しかった。


 何万の相手にひとりで切り込み、傷一つ負わずに自分たちの主君を含む将たちを次々と斬り刻んだ。そんな凄まじい三歳児がいる。それが、彼らにとっての「霊武者」だった。


「でも北条はもう」

「北条が出来なくとも、裏切り者の江戸ぐらいならやれる!そうだ!俺たちがやるんだ!進め、進め、進めー!」


 

 英雄譚を読みすぎた田舎侍が、非現実的な英雄に憧れてその模倣をする。

 洋の東西を問わず起りえる物語が、今ここに起きていた。


 ただ問題は、これが一人だけではなく集団で発生したと言う事である。

 

「そうだ、俺達は佐竹の霊武者となるのだぁぁ!」


 追い詰められた人間の集団心理ほど怖い物もない。

 名もなき雑兵のその叫び声と共に、追い詰められた兵たちは一挙に突っ込んだ。



「馬鹿を言え。そんな悪あがきなど!」

「ただの人間の分際で何を抜かすのやら!」


 当然の如く江戸軍は一笑に付し、当たる意味もないとばかりに狭間から矢や鉄砲を射かけたり石を落としたりした。

 もちろん生身の肉体は攻撃を受けるが、それでも止まる事はない。

「おおりゃああ!」

 刀をむやみやたらに振り回し、櫓に斬りかかる。一人や二人ではなく三人、四人、十人と。

 一発ならかすり傷でも十発二十発となれば打撃は大きく、櫓が急に揺れ出す。


「おい馬鹿やめろ!」

「誰がやめるかぁ!」


 あわてて江戸軍の兵が逃げようとするが間に合わず、櫓は二の丸の方へと向けて倒れ込む。櫓の破片が下にいた兵を襲い、それ以上にその逃げ遅れた兵の悲惨な死体が兵の心を襲った。

「何ていう乱暴な奴ら!」

「やっちまえ、やり返し」

「うあああああ!」

 そう叫ぶ江戸兵がいたとしても、佐竹軍のそれ以上の圧に押されてしまう。兵たちの足が竦み、その間にも城門が揺れ出す。命など惜しくない兵たちによる体当たりが次々に加えられ、たがが緩む。


「や、った…!」


 そして二の丸の城門がついに破られた。さすがにその兵は破った途端に槍で突かれてこの世を去ったが、それでもその勢いに乗じて次から次へと一発逆転を望む連中がやって来る。


 勝ち戦だと思っていたのは佐竹軍とて同じだったが、それでもただ単に浮かれ上がっていた佐竹軍としっかりと策に基づいて勝ちを得たつもりになっていた江戸軍では空気が違った。後は適当に迷い込んできた連中を叩いておしまいかと思っていた所に飛んで来た思いもよらぬ反撃の打撃は大きく、いくらさっき北条に付き合って城を出た疲労があるとは言え対峙もしないのに息が上がっている兵がいるほどだった。

「うるさい!どうせ全軍で来ている訳ではない!と言うかもう次などない!ここを凌げば勝ちだ!」

 重通が吠えて見せてもどうにもならない。そんな腰の引けた兵たちに向かって怖いもの知らずの霊武者もどきと化した連中が一気に襲い掛かって来るのだから城内は阿鼻叫喚の絵図と化す。


「助けに参ったぞ!」


 そんな状況をわきまえてか北条軍も馬場城に向けて入って来るが、佐竹軍の暴虐は止まる事を知らない。佐竹軍が敵とみるや傷を負おうが立ち向かい、江戸重通と言う良き敵を求める事すらせずに暴れる。

「北条が来てるんだぞ!」

「そこにか!」

 北条の名前を出して脅そうとしても止まらない。はったりでも何でもない事実を伝えた男は、その数秒後に死体となっていた。と言うか、その「北条の兵」が目の前にいるじゃないかと言わんばかりに刀を投げ付け、弾き返されながらもその隙に足を上げて蹴り倒す。ちょうど男性の急所を捕えたその一撃は彼の意識を奪い、ほどなくして刃を奪われて命まで持って行かれた。

 もちろん佐竹軍とてただの人間であり無傷では済まないが、ちょっとやそっとの事ではまったく動揺しないで向かって来る。


「殿、殿を!」

「殿を守らねばならぬ!」

 ついには、そんな事を言って逃げようとする兵が出始めた。

 その兵の盾となろうとした殊勝な兵は佐竹軍を一人殺し一人倒すが、三本目の剣によって散った。倒れ込んだ兵も最後の最後までやってやるとばかりにその江戸兵の体を掴み必死に立ち上がり、向かってきた兵に力を込めて手持ちの刃を投げ付けて力尽き果てたが、それでも一人の道連れを作る事には成功した。


「いい加減にしろぉぉ!」

 

 重通は家族を本丸へと逃がし、ついに自ら制圧に乗り出す。それ以外言いようがないと言わんばかりの悲鳴を上げ佐竹軍へと突っ込む姿はもはや勝軍の将ではなくなっていた。

「見つけたぞぉぉ!」

「行け、行け、行けえ!」

 佐竹軍も標的をついに見つけたと言わんばかりにはしゃぐ。自分を霊武者だと思い込んだ兵たちの目はうつろ、面相は乱れ顔からよだれが零れ落ちているがだらしないと思う人間など一人もいない。

「やらせるかぁ!」

 

 ただ、それでも結局彼らは人間だった。その人間の限界を突破していた彼らはここに来るまでに、無情にも力を使い果たしていた。一太刀を重道の親衛隊にくれてやれる存在は上等で、多くの人間がここで力尽きて接触も出来ないまま倒れた。

 それでも最初に自分を霊武者だと言い出した兵だけは元気に、仲間たちが残したり江戸や北条の兵から奪ったりした武器や石を投げつけまくり、重通の親衛隊に傷を負わせた。


「裏切り者の末路がどういうものかぁ!佐竹様の無念をぉぉぉぉ!いつ佐竹が江戸の恩を忘れたのだぁ!」


 地の底から湧き上がる声。あの人取橋の時は確かに佐竹の家臣だったのに主君の危機を見捨てた存在を呪うかのような声。

 両手に持った二本の刃を振り回し、裏切り者の首を刎ねようとする。もし彼がひとかどの武将であったら、江戸重通の命は無くなっていたかもしれなかったほどの気合だった。


「ここまでか…だが覚えておけ!いずれ忘恩の徒は悲惨な最期を遂げる…!わか、った、な!」


 重通の首には届かなかったが親衛隊の男二人を負傷させた男は、四本の槍をその身に受けながら散った。

 こうして、彼はわずか一年の訓練しか積まずに、事実上初陣と言うべき戦いでとんでもない戦果を挙げた。無論犬死と言えばそれまでだが、それでもそんな事を思う人間はこの場に誰もいなかった。



「……殿、傷は」

「ない。幸いにな…だがそれ以上に兵たちが傷つきすぎた……」


 重通は無傷ではあったが、江戸軍はほぼ壊滅。それどころか逃げ込んだ北条の兵も大半が死んでしまい、北条に取って最大級の不義理を働いてしまう事となった。

「そこにおらずとも霊は霊……ああ、つくづくつくづくだ!」

 自分でさえも意味の分からない事を言い捨て、負傷者たちを運ばせる。一体何人が兵として復帰できるのかわからない現実を前に、重通は拳を叩き付ける事しかできなかった。

 城門から佐竹軍を追い詰め逃げ道を作らなかった北条勢にも責任はある話だが、それでも計算の範囲外の真似をやってのけた佐竹軍の前にはその全てが無力だったと言えるかもしれない。少なくとも、江戸軍から勝利の二文字を奪う事だけには成功したのだ。




※※※※※※




「太田城へ迫れ!」


 馬場城の悪夢など露知らぬまま、北条氏邦は馬を飛ばす。佐竹軍の本拠太田城を目指し、こちらが逆に包囲するために。


 佐竹義宣が準備を整える前に先遣隊だけでも叩き城の前に陣を張ってしまえば少なくともその南は分断される。そこを馬場城を中心に奪って行くだけでも打撃としては少なくないはず。

(兵を整えられた所で迎撃する暇はあるまい。更に氏忠もおるからな、佐竹の領国を南と西から食い荒らしてやるまで……それにしても佐竹もやはり義重一人の御家であったか……そしてその次ももうわかっている……佐竹め、北条の兵が本当に七千だと思っておろうな……)


 あんな単純な誘計に引っかかるとは佐竹もやはり落ち目かと、名残惜しさを覚えてもいた。

 そしてその先の、その先の事まで考えていた。自分たちが盛大に動けばどうなるかなど。それでうまく行けばこのままで良し、駄目なら前線を張りっぱなしにして取って返すまで。


「そろそろ佐竹の連中も来るのではないですか」

「そうだな、よしこの辺りで……」



 止まれと言おうとして、土煙の存在を感じた。


 佐竹義宣か。いやそれにしては遠い。


 太田城の東から、迫って来る。



「どうも先遣隊が来たらしいな。とりあえず構えろ」


 サッと追撃態勢から迎撃態勢に変わる事が出来る程度には訓練された兵たち。

 少しでも多くの佐竹勢を打ち破るため、二年間待っていた北条軍の動きは完璧だった。

「霊武者はもっと外………………」

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