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戦国霊武者伝  作者: 宇井崎定一
第四章 奥州統一連合完成す
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伊達政宗、秀吉の次なる狙いを知る

「未だに大浦殿から何かないのか」

「何もございませぬ。かの童神は未だ現れず、その童神を慕う母子も特に変わりなしと」

「そうか。しかし改めて父上も人が悪い。なぜわしに伝えてくれなかったのか」

「浮かれ上がるのが怖かったからとの事です」

「それはお前に聞かせるための言葉ではないのか小十郎…」

「ハハハハ…」


 同じ頃、伊達政宗もまた、家康と同じくかの存在について知りたがっていた。


 昨年末には輝宗から上田城に現れたと言う謎の武者の話と似顔絵も受け取り、改めてかの童神の味方が他にいた事を認識せざるを得なくなった。

「にしても伯父上も参っているであろうな。本当なら出羽丸ごとの予定だった物を四分の一ほど持って行かれたのだから」

「過ぎたるは猶及ばざるが如しですがね」

 現在はしばらく動きがない童神がどう動くか、自分と同じような存在であるその武者をどう考えているのかわからぬ事もあり、彼の愛馬と事実上の部下と言うべき彼女たちを確保している為信の存在は大きくなっていた。本当なら出羽一国を得る予定だった最上家も大浦城に近い場所をとか言う名目でその近辺の領国を譲らざるを得なくなった。それでも石高では伊達・最上・蘆名・大浦の四家の中で最下位であるが、このまま四家揃って上杉とか佐竹とかを滅ぼそうものなら最上が越後を得る代わりに大浦にさらに出羽や旧南部領を渡す事になるのは必至である。

 別にそこまで考えていた訳でもないだろうが、そう思うと為信が実に食わせ者に聞こえて来るから面倒だった。



「だがこれで、東北にいるのは実質我々四家だけになった訳だな……」

「そうですね」

「そして、もはやこれ以上意味も時間もない、か……」


 米沢を含む陸奥の中部を抑えこんだ伊達と、その伊達の当主の弟をあてがわれた南の蘆名、出羽の大半を有する最上、そして北陸奥と同じく出羽の北を抑えた大浦。

 それらが今更争う理由など、どこにもなかった。


「九州が終わったと言うのは間違いないようです」

「西が終われば次は東か…豊臣はいつ動く」

「見立てが正しければ二年後、より悲観的に行けば来年…」

「もう猶予などないと言う事だ」

「でもまだ北条が」

「北条がいなくなればいよいよ我々だけとなる。そうなったら猶更おしまいだぞ」

 それでも九州遠征が長引いたのは間違いなく今年中と言うのは無理だがそれでも本気でなければ来年にはある程度の攻撃が出来る以上干渉の一つや二つぐらいはできるだろう。九州征伐に参加していない前田及び上杉、徳川や真田とか言った連中を動かすぐらいならさほど難しくもないのだ。

 あるいは東北より先に関東を狙うのもあるが、その結果北条が倒れようものならそれこそ東北勢は孤立無援となる。一緒になった所でいずれは食い尽くされるし、秀吉がどこかを抱き込もうとしても全く不思議ではない。


 なれば北条と手を組もうとかならないのは、佐竹のせいである。

 佐竹は信長生存の時代から秀吉とは仲が良く、おそらくとっくに秀吉に臣下の礼を取っているだろう。それが攻めて来たから撃退しましたならまだともかく、攻め込んで滅ぼすのは体裁が悪い。

 でも佐竹や上杉を倒せないなら北条に同盟を組む意味は薄いし、駿河からすぐ本城に攻め込まれる北条と最悪北陸奥まで逃げられる伊達では危険度がかなり違う。

 望みがあるとすれば雪だが、その雪とて一年中ある訳でもない。それこそその時期にためた力を全力でぶつけ、次の冬が来るまでに木っ端微塵にしてしまう事は前後を顧みなければ十分に可能である。


「なあ小十郎、島津は豊臣に負けたのだろうか」

「負けていないようです。豊臣軍にとんでもない敵対者が現れたとかで戦線が乱れ、戦はむしろ島津の連戦連勝。しかしそれでも圧倒的な力を持っていた豊臣を本当に滅ぼすのは無理と見て有利な条件で和睦したと言うのが正しいようです」

「とんでもない敵対者……まあそれはさておき、同じようにせよと」

「いかにもと言いたいですが、豊臣がどちらを先に攻めるかと言えば北条です。とりあえず佐竹にとっての敵は北条ですから」

 佐竹が伊達を恐れているかはわからないが、長年の敵対関係であったのは北条であり家康や景勝はともかく秀吉の目に伊達と佐竹の関係が入っているかどうか疑わしい面はある。


 そう、疑わしい面はある、だけなのだ。




「だが、だ。あの南部の壊滅、と言うか虐殺をどう説明すればよい?」


 そこで問題になるのが、かの南部虐殺事件だった。

 大浦為信共々南部家の末裔を探しているが一人も見つからず、たまにいたとしても大浦及び伊達の支配下に入って大事にされたいとか言う自称末裔でしかなく、もういるのかいないのかさえわからなかった。

 もしや、本当の本当に一人残さず殺されたのだろうか。地上から南部と言う存在の痕跡を全くなくすために。


 それこそ文字通りの族滅であり、怨恨の根深さと罪過の重さを知らしめるには十二分な話だ。が、南部が一体何の罪を犯したのか未だに分からない。だが「虐殺」が伊達も大浦も全く与り知らぬ所で、しかし誰も証明できない形で行われたのは紛れもない事実だった。


「本当にやった事にするか、適当に罪状をでっちあげて」

「時すでに遅しです!」

「わかっている。その事態を飲み込むだけで時間がかかりすぎたからな。いっそ上方で起こった地震がこちらでも起こった事にでもするか」

「あのですねえ…」

 冗談めかした政宗だったが実際問題、地震と同じ天災の類だったと言わざるを得ない話である。それこそ南部氏そのものだけを消すと言うめちゃくちゃなそれであるが、南部および佐竹他にとってはそうとしか言いようがない話である。佐竹義宣が鹿島神宮に日参して祈りを捧げているように、そこまでしなければ対処できないと言うかそれでも対処できそうにないかもしれないほどの存在であるのは間違いない。だがそれをどうやって世間に納得させるかとなると話は違って来る。もちろん小十郎もその事はわかっている。

「いっそわしが呼び出したとか」

「真面目に物をおっしゃって下さい!」

 いっそ自分が呼び出したとでも言って責任をひっかぶろうかとも思ったが、あまりにもあまりな大ぼらだしそれはそれで南部を皆殺しにした悪逆非道の徒と言う汚名を陸奥の人間からさえもかぶせられる事になる。


「わし自身、まだこの年の割に命は惜しくない。だが民が乱れて先が見えなくなってしまう世が帰って来るのは惜しい」

「それは…」

「だがそのために、わしはあの童神をもっと知りたい。だがそれも出来ずにいる。別に大浦殿が独占している訳でもないが」

「童神は、童神自身のためにしか動きますまい。対話を試みたのでしょう?」

「今はまだ、無理だった。だがそれでも去り際の彼は納得をして見せたような顔をしていた。わしはそう考えている、いや信じている。そんな神と対話を試みた事は、もっと宣伝してくれてもいいぐらいなのにな」


 陸奥での童神信仰は、自然発生的ながら拡大していた。伊達領では伊達二代を救ってくれた英雄として輝宗救済の日を祝日として自家製の社に捧げ物を置いたり、また人取橋の戦いの戦勝の日にも同様に米を捧げたりしていると言う。それどころか旧南部領でさえも信仰が発生しているとか言う未確認情報もあり、もはやとどまる事を知らないそれになって来ていた。




「で、だ」


 そこで冗談を言う顔色でなくなった政宗は小十郎に向かって手を振り呼び付けると、小十郎に向かって囁いた。


「……もはや、陸奥と出羽は最上と、大浦と、蘆名と、我々伊達しかおらぬのだな」

「はい…」

「伯母上もか」

「ええ…」

 特段囁くほどの問題ではないと思った小十郎が気のない返事をすると、政宗は小十郎と反対の方を向いて深くため息を吐いた。

 人取橋で伊達と戦った家の内蘆名が事実上降伏してなお二階堂氏は政宗の伯母である阿南姫が当主となって抵抗していたが、蘆名が伊達政道を受け入れると共に家臣たちの離反を招き、須賀川城の攻撃を政道の初陣の種にされると言う扱いを受け数日間籠城したものの降伏。親族である佐竹義宣を頼ろうとしたが義宣に拒否され、現在は義妹の実家である最上家の庇護を受けている状態であり他の小大名たちはほぼ人取橋で消えていた。



「なれば……」



 その上で小十郎が聞かされた言葉は、それなりに大胆ではあるが理にかなった物であり、それでいてついにやってくれたかと言う決断の一言でもあった。


「期日は」

「十一月二十九日…と言いたいが雪に埋もれているだろうな。八月十五日とせよ」

「はっ……」


 今は時あたかも初秋・七月半ば。東北の涼しい夏が終わり、秋の中日とでも言うべき八月十五日。


 その日とその先に向けて、東北は動こうとしていた。

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