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戦国霊武者伝  作者: 宇井崎定一
第四章 奥州統一連合完成す
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説明しようもない現実

 ここで話は半年ほど遡る。







 天正十五年二月。

 去年同様予想より早い雪解けを迎えた東北の盛岡城—————まだ仮普請中だが—————にて、男は深くため息を吐いていた。


「殿、どうしてそのような」

「いや、申し開きと言う物をどうすべきかと思ってな」

「申し開きも何も、既に約定は結ばれその通りになっただけでございましょう。最上勢も非常によく戦い、今や北出羽も我々の領国です」

「北斗七星が落ちたからだ」


 大浦為信は、全く昨年の自分たちの勝利を喜ぼうともしなかった。

 伊達政宗と申し合わせて分割された旧南部領の内の北限に近いこの盛岡城と言う新城の建立で財力を使ったのもあるが、それ以上にその戦がしんどかった。

 

 伊達政宗と旧南部領の分割を決めた後出羽は南北で自分たち大浦と最上で分割する事となったが、檜山城の安東愛季がかなりの傑物だった。

 角館の戸沢盛安も同じく傑物だったが南部からの独立を企図していた事もあり比較的あっさり自分たちと手を組んでくれたが、愛季はそうはいかなかった。大浦との国境まで手を伸ばしていた愛季は南から最上の攻撃を受けていたにもかかわらずよく凌ぎ、盛岡城の普請で動きの鈍かった自分たち大浦軍をも弾き返した。だがその多忙に加え戸沢盛安が自分たちに付いて攻撃をかけた事もあり領国も愛季本人も疲弊し、北斗七星とも言われた男は戦陣に病没した。その結果伊達の支援を受けた盛安を含め三方からの攻撃に耐えきれなくなった安東改め秋田氏も降伏したが、大浦為信も最上義光もそれが愛季の死のおかげに過ぎない事を理解しており戦勝の喜びより疲れたと言う感触の方が大きかった。



 もちろん伊達政宗とて楽をしていた訳ではなく旧南部領の統治に追われさらに自身の領土と旧南部領の中間を埋めるための細かい戦や将兵の派遣などで走り回っていたし、弟を蘆名家の当主に押し込めるためのそれもあった。

 幸い金上盛備の暴走により蘆名家家臣団の結束は緩んでおり、盛備の子の盛実が必死に盛り立てようとした亀王丸も病に臥せってしまいその責任を押し付けられた盛備とその子盛実は一挙に地位を失い、蘆名家安定のために政道を迎えるべきだと言う論が力を持ち出した。


 どんなに反発しようとしても、じゃあお前はあの童神に勝てるのかとなってしまう。真正面から数千の兵に突っ込み、攻撃を受けないどころか当たっているはずなのに攻撃はすり抜ける。空高く舞い上がったかと思えば馬などを置き去りにする速さで走り、体勢を全く変えぬまま後ろ走りする。

 そんな行いをする三歳児など、例え武器を持たなくとも恐ろしくて仕方がない。ましてやそれが武器を持ち、自分たちの敵となったとあっては。盛備の名前が負のそれとして帰って来てしまった盛実はあの人取橋にいなかった事もあり何も知らないくせに精神論を振りかざす机上の空論男扱いされてしまい、内紛の種を育て、伊達家によって花を咲かせられてしまった。

 結果的にその花は本当の蘆名の忠臣を食い尽くし、伊達に走る家臣を増やし、盛実自身も上杉家に救いを求める前に伊達に下る連中の手土産にされて父親の下へ向かった。

 

「ですが北条の動きが鈍かったのは幸いです。と言うかあの家はどうして」

「北条はどうも、関東攻略にしか目が向かないらしい。まあ佐竹が弱っていたし当然と言えば当然だが、その佐竹攻略さえもままならなかったとか」

「何をやっているのでしょうね」

「どうも真田が一枚噛んでいるらしい、と伊達殿はおっしゃられていたが私にはわからぬ」

「真田、ですか……」

「何でも、あの童神の仲間がいたとか」


 真田と言う名前は、東北では無名だった。武田信玄の家臣だった家が武田滅亡後のどさくさ紛れに独立し、徳川・上杉・北条の間を渡り歩いて必死に生き延びているだけの小大名に過ぎないと思っていた。

 だがそこに、あの童神の仲間がいたとなると話が違って来る。


「伊達はその事を知っているのか」

「知らないのか知っているのかわかりません。ただ真田は上杉を通じて既に関白…秀吉殿に従っているようで」



 関白、豊臣秀吉。

 その名を聞いた為信の顔はつい先ごろまであった雪のようになった。


「…なあ、どうしたら信じてくれると思うか?」

「は?」

「どう信じさせるのかと言う事だ。生で見た事のない存在に」

「それは最上殿のように」

「最上殿は伊達殿の義理の伯父、しかもその妹は出羽の鬼姫とか言う大変に気性の激しいお方らしい。きっと兄にも夫にも強引にその存在を認めさせたに違いない。それに最上殿自身もかなりの知恵者、そんな絶好の機会を見逃す理由もないからこそ伊達と全面的に結び、我々大浦とも協力したのだ」

「確かに…」

 義姫が聞いていたら過大評価も大概にせよと言われてしまう妄想だが、為信にとってはそれが事実だった。それ以前にも夫と兄の戦に単身乗り込んで両者を和解させるとかいう事をしていた義姫の前科が為せる業でもあったが、いずれにしても実際に見かけた人間とそうでない存在では差があまりにもありすぎるのは間違いない。


「それで、あの母子は」

「ほどなくこの盛岡城に参りますが、未だにかの童神を崇拝しているようで我々の言う事を聞く気配は薄く…」

「ないわけではないのだろう」

「はい。決して不平不満は述べませんが、どうも童神がよしと言っているから従うと言う状態で。我々に従う様子はあまりありません」

「もう一年も経っているのにか。まあ私自ら触れても童神の愛馬の世話ばかりしていたようだったからな、それにしても本当の本当に三戸での生活の不満も何も述べていないのか」

「言われましたよ。皆様が不満があると言うのであればそうなのかもしれぬと」


 自分が住んでいる城が全滅させられて喜ぶのは城内でよほどひどくいじめられていたとか言う話がなければおかしいが、彼女たちは何も言わない。あるいはかつて南部に滅ぼされたとか何とか言う話かと思ったが、母子ともそういう特別良い身分の物であると言う証左はない。

 ただの侍女だと言う事を盾に一応許可も取らずに勝手に架空の侍女の名前を作り上げ三戸城内でいびられていたとか言う話を作り上げたが、違うともそうだとも言わない。何せ証人が皆無なだけに煙の立てようもなく、そんな話を真に受ける奴は誰もいない。打撃は少ないが、それでもややこしい空気を取り払う事は出来ていない。


「しかしそれにしても、信直公で二十六代目となる家だ。どこかに末裔の一人ぐらい転がっていてもおかしくはないのだが」

「認めたのでしょうかね」

「それはわからぬ。だがもし認めていないとすればそれこそ特大の問題だ。伊達殿も必死に探しているようだが、誰一人見つからないらしい。と言うか、相当な数の人間が三戸城以外でも犠牲になっていた。あの童神とやらは、そこまで南部を恨んでいたのか…」

「南部の末裔であったと」

「当たり前だ。と言うか二十六代だぞ、この地に南部の血を引かぬ武士などそうそういないだろうし、南北朝の争乱などで百姓に落ちぶれたそれもいても驚かん。まさかとは思うがそれも殺されていたとかないだろうな」

「申し訳ありませんがわかりません」

「言ってみただけだ。犠牲者の身元を調べると言っても限度がある。二十六代、四百年と言う月日は全てを埋め尽くすには十二分だ」


 その全てを殺し尽くすには、一体何年の月日が要るのか。あるいは自分だって南部の血が入っているかもしれない、いやとっくに入っているに決まっている。

(だが、今の私はその南部の治めていた大地を事実上奪い取り、己が野心によってその領国を収奪している…………まさか!

 だがそれでも、許す気にはなれぬ……)


 その南部の領国は自分たち大浦と伊達に分割され、それぞれの支配下に入っている。南部を継ぐ存在はいないし、いたとしても最上や蘆名すら両者の身内である以上それらを覆すのは至難の業である。


 もしかして、自分たちに南部の領国を取ってもらいたかったからなのか。

 いや南部を根絶するのが最優先であり、その後はどうでもいいのか。

 

 今日日そこまで破滅的な存在が、どこにいるのか。

 殺さねば殺されるとばかりに人を殺す。その行きつく果てが何なのか、わからない訳でも…いやわからないのだろう。見た目通りだとすればまだ三歳、事の善悪を覚えるにはまだ早すぎる。彼の親はいったい何を施したのか。


 見知らぬ親の存在に少しばかり腹を立てながら、為信は盛岡城の普請の指揮のために腰を上げた。



 そしてそれから四ヶ月の時を経て、盛岡城は完成。為信は長男信建に大浦城を譲り、自分はその盛岡城に留まる事としたのである。

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