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戦国霊武者伝  作者: 宇井崎定一
第四章 奥州統一連合完成す
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血筋なき天下人

「ったく、ようやくかい」

「申し訳ございませぬ、どうしても簡単には行かず……」

「まったく、お侍様って奴は面倒くさいもんだね」



 三成との話を終えた秀吉は、この国でただ一人頭の上がらない女性に向けて頭を下げに行っていた。

 侍の総大将の母親のくせに侍を面倒くさいとか言い出すその女性こと大政所であったが、元々武士でも貴族でもない彼女からしてみれば全く本音の感想だった。


「島津ってのはどんな御家なんだい」

「島津と言うのは頼朝公の時代からの薩摩の守護であり、この時代を生き抜いてきた兵の集まりでございます」

「本当根っからのお侍様って訳かい。あーあ、本当に大変だったんだねえ!」


 元より大政所、いやなかに天下など全く興味などない。

 息子たちが()()()()()出世して()()()()()富も手に入れて平穏無事に暮らせればいいと思っていた。それが行きつく所まで行ってしまったからこんな所にいるだけで、正直今でも変な夢を見ている気分だった。とりあえず苦労した息子をなだめてはみるが、どうにもしっくり来ない。

 ましてや、大政所様とか言う呼ばれ方も。


「私も今年で七十三だよ。あんた間に合うのかい」

「絶対に間に合わせます!」

「ああ悪いね、急かせちゃって。あんたは昔っから落ち着きがないから少しぐらいのほほんとしてても間に合うだろうけどね、ったくこの年になると本当やだね。当然戦なんてなーんも知らないんだし。とりあえず、兵たちにちゃんとご飯を食わせてるのかい」

「それは無論です!」



 秀吉も正直、母親が一日でも長く生きる事を願ってはいる。だがいくら元農婦であり身体壮健とは言え、七十三と言う年は正直怪しい。それこそ一日も早く天下の争乱をなくし、平和な世を見せたい。

 とは言え実際問題、また出兵するとなると時間も費用もかなり要る。

(現実的に言ってもう一年半から二年……それまでに北条とかが従えばええんじゃがそうも行くまいな……)

 豊臣家の敵と言えるのは、奥州の伊達政宗らと関東の北条氏政ぐらいしかいない。彼らを言論と交渉で従わせられればいいが、それをやってくれるほどどっちも弱弱しいとは思えない。と言うかやったとしても、心底から服従させる事など土台無理だろう。結局戦は必要になるし、そのための準備だって要る。

 それに大体の話、豊臣家より強い戦力を生かしておくのは都合が良くない。関八州を抑えんとしている北条や陸奥出羽を統一しそうなほどになっている伊達をそのまま残そうものなら、それこそ手を取り合って上杉や家康を攻めて飲み込むとか言う事になりかねない。弱り切っている佐竹に抑止力などあるはずもなく、安房の里見など小指で倒れる。現状伊達と北条が手を組む様子はないが、そうなったらそれこそ九州以上の大戦になる。最終決戦とか言えば体裁はいいがそれこそ犠牲者の数は応仁の乱とか言うある意味一地方に過ぎない争乱を軽く飛び越す。


 ましてや「最終決戦」と言うのは、それこそもう武名を立てる機会はないと言うのと同義語である。それこそ皆張り切って、と言うか勇んで功績を立てようとする。そうなれば相手の犠牲も余計に増え、憎悪も余計に溜まる。島津との戦のように適当に相手を弱らせてもう戦えば滅ぶしかないと思う所まで追い詰めるだけで十分であり、木っ端微塵になるまで殲滅する必要などない。

 そう、ないのだ。


(あの男か……しかし、わしも弱くなってしまったのかもな……)


 大坂へ帰る間際に出したバテレン追放令からほどなくして、九州の地でとんでもない事件が発生した。

 単にイスパニアとかに追放するだけであったはずの宣教師たちが、一人残らず殺された。さらに一部の南蛮商人が殺され、積み荷が消えたと言う。残った南蛮商人もその殺戮に脅え、取引も怪しくなるかもしれない。


 その犯人は僧でも盗賊団でも何でもなく、ただの一人の武士。

 その武士が、何もかもを木っ端微塵にしてしまったのだ。

 ただ自分たちの使命を果たしに来ただけの存在を。


 しかし、彼の事を悪く言い切れないのも事実だった。




 —————奴隷貿易。

 文字通りの「売国」ならぬ「売国民」行為。


 元から口減らしとか言って戦に送り込んだり秀吉のようにどこかに使用人と言うか奴隷のように押し付ける事は山とあったが、それは貧民救済と言うか貧民が自ら生きるための手段でしかなく大名のような存在がする事ではなかった。

 一応自分でも注意はしてみたが、それだけで根絶できるとは思ってなどおらずそれなりに頭の痛い問題だった。

 それを、事実上たった一人で解決してしまったわけだ。今後いわゆる奴隷商はこの国に近づけず、その商売をしようとしていた大名や商人も二の足を踏む。綱紀粛正と言う点で行けば、秀吉よりもずっと強力なそれだった。

 だがそんな乱暴なやり方で解決したなど、なかに言える訳もない。なかの二人目の夫であり秀吉の弟の秀長が竹阿弥が秀吉にやった事と同じ事をやろうとした連中を成敗したと言えば体裁は悪くないが、竹阿弥がいくら不人気でも尺度を当てはめるのはその男と同じぐらい乱暴だ。







「ずいぶんと派手に行われた物ですね。それで犯人は」

「まだ捕まっておらぬ、捕まっていたとしてもわからぬ」

「でもよろしいではありませんか。あなたの手を汚さずに邪な志を持った存在を取り除けたのですから。少なくとも南蛮に売られる所であった民から見れば彼は神です。その事をお忘れなさいますな」



 だと言うのに、おねはこんな調子である。おねになら話せるだろうと話した自分も自分だが、改めて力の差を感じたくなる。


(わしはただ、この身だけで生きて来た。

 そりゃ総見院(信長)様やおっ母におね、小一郎や旭などの身内。それに利家や恒興のような友に、蜂須賀や山内のような家臣がいなかった訳でもない。

 じゃがわしはどうあがいても百姓。それが誇りでもあるが、枷でもある。わしがどう必死こいても源平藤橘とか言うそれの血を入れられる訳でもない。茶々との間に子が出来れば一応平氏の末裔ともなるがのう…………)


 去年近衛前久の養子となり近衛秀吉として藤原の末裔になってはみたが、言うまでもなくにわか作りだ。源平藤橘の中で最も歴史の浅いのは源氏だが、これとて清和天皇以来だとして崩御から七百年余りである。秀吉のこれまでの人生の十四倍だ。

 一応秀吉のいとこである福島正則は清和源氏の血筋と言う事になっているが、これとてまったく疑わしい。一番身も蓋もない事を言えばそうでもなければ朝廷から官位がもらえないからだが、そうでもしなければまず朝廷と言う権力者から認められないと言うのが事実だった。織田信長と言うそういう事を気にしない人間の下にいたせいでもないが、今になって突き付けられる現実に苦笑するしかないのも事実だった。



 そしてそれ以上に、現実的であり現実的でない問題もあった。



「それでね、私のとこにも入ってるんだよ、東でとんでもない子どもが暴れてるって」

「ええ。それについてもどうしようか…全く及びもつきませんで」

「私は別に、今更あんたの言う事に云々言うつもりもないよ。老いては子に従えとか言う言葉すら知らないけど、あんたほどの子に従わないほど私も頭悪くないよ。でもその子は、やっぱり戦をしたいのかね」

「現状では多くの人を斬ったと言う事しかわかりませぬ」

「お茶を濁すんじゃないよ。四百年続いた家を一人で滅ぼしちゃったとか言う話だって私は知ってるんだからね」


 東に現れた、亡霊武者。

 しかも今度は、幼子。

 幼子が馬に乗り、次々と御家につながる者を切り刻んで滅ぼしたとか言うあまりにもおぞましい知らせ。

「まあ私だってお前の父親を相当昔に亡くしたし、これまでやんなるぐらい人の死って奴を見て来たけどね。それでも慣れやしないよ、少なくともあんたはしたくないけどやっているからいいけどね」

「はい…」

「済まないね。この年になると愚痴っぽくなっちまって。元よりあんたはそうやって私をここまで持って来てくれた、いやそれしか方法がなかったからね。もうちょいだけ、頑張っておくれ。頼むからさ」

「はっ……」



 秀吉は深々と頭を下げ、従一位とか言う位を受け取った母親に背を向ける。

 最後の最後にやって来た、最大にして最難関の敵。


 家康すら既に自分に服従を誓ってから一年余り、西だけでなく東にもさらなる強き敵の存在あるを知り、それを億劫がる自分に情けなくもなる。

 彼が、伊達政宗や北条氏政の敵なのか、味方なのか。何を望み、何を望まぬのか。

 どうすべきか、どうしてもわからぬ。


 武士ならばわかるのか。

 本当の本当に天下人となればわかるのか。


 源頼朝に、足利尊氏。

 いや、平清盛に、藤原道長。

 あるいは中大兄皇子に天武天皇。


 そうした過去の天下人たちも向かい合って来ただろう疑問。

 力で抑え込めるだけのそれはあるが、そうして反発と言うか破裂した場合どうなるか。

 過去の存在に聞いてわかるのかわからないのか、それすらわからない。



「……ありがとうな」

 


 秀吉は下を見つめながらなんとなく大坂城の床板を張ってくれた職人に感謝したくなり、誰にも聞かれない声をこぼした。

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