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戦国霊武者伝  作者: 宇井崎定一
第二章 人取橋の戦い
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伊達軍敗走

「先刻承知とは言え!」


 政宗の一つ年上の叔父・成実の顔は、かなり歪んでいた。

 元から苦戦する事はわかっていたが、それでもかなりその時期が早い。

 小峰軍ぐらいは敗走させ、少しでも出血を強いてやるつもりだったのに。


 小峰軍そのものは、予想よりやや弱かった。

 佐竹義重が息子を押し込んでいる事もあり佐竹の兵が入っており抵抗もそれなりかと思ったが、意外とあっさりと優勢になった。



 その隙を突くように、蘆名軍ですらない援軍が来なければの話だが。



 小峰軍を押し人取橋を突き進んだ成実軍の前に出て来たのは、三ツ盛亀甲に花菱、連子に月、対い鶴と言った旗だった。


 要するに、二階堂、岩城、石川。



 さすがに阿南姫こそいないが、岩城常隆、石川昭光自ら出て来ている。

 そして四家だけで、数は伊達軍の全てを越える一万。


 成実軍は、一万どころか千人程度である。


「所詮橋は橋だ!いっぺんに渡れる人数は知れている!」


 成実は兵たちを鼓舞するが、一万と言う数はそんなごもっともな理屈を圧するには十分だった。

 攻撃と言うのは何も接近しての刀剣による斬り合いだけではなく、弓矢や鉄砲のような撃ち合いだって存在する。その射撃部隊が成実軍を撃つべく先鋒に立ち、防御の暇のない成実軍に傷を負わせる。


「蘆名はどうした!蘆名は!」


 まだ十八歳の成実は腹立ち紛れに叫ぶが、蘆名の旗は迫って来ない。蘆名軍を引き付けるぐらいまでは奮闘せねばならないと張り切って見せるが、蘆名の旗はちっとも動かない。

(金上の爺め!口ほどには熱くなっていないか!)

 蘆名の執権こと金上盛備が戦前からかなり熱心だった事は成実以下伊達軍全員知っている。だが五十九と言う年のせいか、むしろその割にと言うべきかやたら暑苦しい男であり、蘆名家のためだとか言って三歳児の亀王丸を連れ込むような男である。それこそ伊達軍の存在を知るや一も二もなく兵をかき集め、伊達政宗の首を取りに来るだろうと見ていた。

 あるいはその自分の暴走癖を自覚した上でそんな事をしたのかもしれないが、討てば一発逆転の種になるかもしれない蘆名亀王丸は本陣にて十重二十重の防備に囲まれているのは確実である以上、それを討つ事など不可能だ。



「ああ畜生!後退だ後退!」


 成実は結局、そうするしかなかった。敵四軍を引き連れての、惨めな退却。

 初戦の敗北と言う現実と共に。




「来たぞ!」


 それでも伊達軍の第二陣である鬼庭良直はしぶとかった。成実軍が敗走するのと入れ替わるように前線に立ったこの老将は、敵の攻撃をきっちり受け止めた。

「次代を担う存在よ!ここで死ぬなよ!」

「無論!」

 良直自ら人取橋を渡ってきた敵を食い止め、東側から片倉小十郎に攻撃をさせる。そして西からは小十郎と同じく政宗の側近である屋代景頼が軍を率い、文字通り三方向からの攻撃を開始した。


「撃て、撃て、撃て!」


 敵が真正面からしか来ないのをいい事に鬼庭・片倉・屋代の三軍は一斉に射撃を開始し、次々とその命を奪って行く。片倉・屋代隊の前は川であり、しかもそう簡単に足を踏み入れる事など出来ない深さの川。仮に踏み込んだとしても、次々と攻撃が飛んで来て水を赤く染められる。


「どうだどうだ!やる気がないのか!」

 景頼はここぞとばかりに戦勝を示し、敵の士気を挫きにかかる。何千人がここに来ようとも打ち尽くしてやるまでと言わんばかりに、小十郎と成実の中間の年齢の景頼は高揚していた。

 その証拠に、敵先鋒が後退してからしばらく、敵は来なかった。


 だがほどなくして、敵はさらなる手を打って来た。



「蘆名軍が来ました!」

「よし来た!徹底的に討ち尽くせ!」



 四軍に代わって出て来た、三つ引両の蘆名軍。

 一万と言う事はないが、それでも八千ほどの兵が一気に人取橋を渡って来る。


 的にしてやれと言わんばかりに三軍の兵士たちは攻撃をかけるが、落馬者は出るが足を止める者が出ない。死体を踏み潰すような兵士まで出る有様であり、文字通りの猪武者集団だった。

「蘆名軍、恐るるに足らず!」

 景頼は勝ち誇ったように叫んだが、すぐにその笑みが崩れた。



 その勢いを消さぬまま、蘆名軍全体が鬼庭軍に突っ込んで来たのだ。


「こ、こいつら、何を考えてるんだ!」


 あわてて景頼は蘆名軍を横撃しようとするが、それでも蘆名軍は止まらない。片倉小十郎もまた同じように横から蘆名軍を叩きにかかるが、それでも構う事なく蘆名軍は突き進んで来る。

 凄まじいまでの、勢いだ。


(畜生……!これが勝ち筋だってわかってるのか!)


 一か所に突っ込んで来る敵勢を三方から攻撃していると言えば聞こえはいい。だが伊達軍はしょせん全部で六千、数と言うか厚みが違い過ぎる。景頼と小十郎の軍勢は千もおらず、鬼庭軍とて千五百である。これに成実軍で千だから、つまり政宗軍と言う名の予備隊は千五百ぐらいしかいない。

 必死に壁を補強しようとしてももう漆喰の量など知れており、そこさえ突き破ってしまえば勝ちと言う極めて乱暴な戦法。だがそれこそ、この場における勝ち筋だった。


 このまま何もしないで雪などの影響で戦が長引けば、連合軍は大軍ゆえに兵糧などの物資が足りなくなる。そうなれば伊達の勝利でしかない。

 なればこそ短期決戦である。


「敵は一日で勝負を付ける気だ!今日一日に全てを注ぎ込め!」

「ですが!」

「ですがも何もあるか!」


 いくら後続が控えているとは言っても、今日死ねば明日はない。景頼は全ての力を叩き付けてやれと言わんばかりに、自ら槍を振りかざす。

 蘆名軍の横壁を削り取り、本丸を落としにかかる。だが千人で八千人の外壁を削るのは無理難題であり、よく見れば金上盛備自身が先頭に立っているせいで一発逆転も狙えやしない。


「まずい事になりました!」

「これ以上何がまずいんだよ!」

「敵が息を吹き返しました!」


 しかもここに来て後続の諸侯の兵たちが体勢を立て直してきた。このまま放置しては自分たちが横撃を受けてしまう。

 成実軍が体勢を立て直して鬼庭軍に加わっているが、このまんまうまく行くわけはない。


「敵は、敵は先鋒だ!少しだけ下がればいい!」


 少しでも間隔を空け、その間に敵将を討つ。それしかないと景頼は判断した。


 だがこれが、まずかった。




「橋と河原の間に隙間が出来たぞ!」




 その叫び声と共に、二階堂軍と岩城軍が突っ込んで来る。

 岩城軍は途中で止まったが二階堂軍は蘆名軍の後方をくぐるように進み、左側に寄って来る。その左側に待つ決して多数ではないがそれでも二千ぐらいはおり、景頼軍を相手にするには十分すぎた。

 横撃をかけるはずの軍勢が横から迫られるのはそれこそ本末転倒でしかない。

 しまったと言う言葉を飲み込みながら二階堂軍に向けて射撃を行わせるが、笑ってしまうような数の矢しか飛ばせない。たまたま命中したそれはあったが死者など出るはずもなく、あっという間に距離を詰められる。

 景頼は二階堂軍に対処せざるを得なくなり、横撃の暇はなくなってしまった。


「このままではここからお館様の所まで行かれる!」

「とは言え!」

「とは言えも何もあるか!」

 景頼自身が敵を討ちながら、必死に歯を食い縛る事しかできない。

 ただでさえ岩城軍が迫り、石川軍が残っているのに。


 と言うか、一万の佐竹軍がまだいるのに。


「中央は!」

「成実軍が加入、蘆名を必死に食い止めております!」

「片面でも横撃は横撃か!」


 それでも成実軍の復活で安堵していると、岩城の旗が動き出した。



 こちらではない。片倉隊に向けてだ!



「この…!」



 少しばかりうめいてみるが、そんなんで兵は生えて来ない。

 主から兵をもらおうにも、それをやったらもう後がない事も分かっている。


「片倉殿は!」

「ご無事の様です!」


 屋代景頼、まだ二十三歳ながらこの時人生最大の修羅場にあった。

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