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戦国霊武者伝  作者: 宇井崎定一
第二章 人取橋の戦い
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人取橋の戦い

 十一月十七日。


 前田沢に布陣する金上盛備は、竹に雀の旗を見止めた。


「伊達軍です」

「ああ」

 

 蘆名家の幼き主のうなずきを得た盛備は、早速使者を飛ばす。


 こんな所まで連れ込んで来た事を恥じない訳でもないが、それでも戦の空気に慣れさせておく事。

 そして何より、蘆名家当主としての責任を負う事。


 それが、自分の責任だと盛備は信じて疑わなかった。







「来たか…」

「父上」

「あわてるな。我々が出ずとも片が付く可能性はある。我らが控えていると言うだけで敵は萎縮するのだ」


 その伝令を受けた佐竹軍、この場における最大戦力である一万を有する軍勢の長である義重は相変わらずだった。

 

 敵は一万三千どころか、その半数程度しかいない事も分かっている。伊達は二本松城の抑えを差し引いても一万ぐらいは持って来られると思っていたが、どうやら相馬軍にも離脱されており、結果として六千だと言う。


 二万対六千と言うだけでも辛いのに、さらにそこに無傷の一万が控えているとなればそれこそ士気だって萎えるだろう、と言う訳だ。


「しかし亀王丸殿を戦わせたとあっては」

「それは金上殿がやらせたのだ。まったく、お互い様とは言え他人は気楽なものだな。蘆名と伊達とて親族なのだろう、まあどうでもいいが」


 義重は決して、伊達を滅ぼす気などない。反伊達連合軍とか言っても政宗の親族ばかりである以上、それらを頭に据えれば「伊達家」の存続は可能である。ましてや輝宗が健在である以上、政宗を殺してはいおしまいな訳がない。

(まったく、これが政宗の自信になってしまっているのだろうな!と言うか誰もあの蘆名の執権に逆らえんのか!戦国乱世どころか鎌倉のそれではないか!)

 連合軍の弱点は、よほどの存在がいないと各軍の意思統一ができない事である。文字通りの同床異夢、己が家の利益のために動くのが当然である。そして誰だって、自分は痛い思いをせずに美味しい所をせしめたい。

 その結果集団日和見と言う状態に陥り、六千対三万のはずが七千対蘆名軍とか言う馬鹿馬鹿しい事態にならないとも限らない。


 三万と言ってもその内訳は蘆名軍一万、佐竹軍一万、その他一万であり、六千対一万では勝敗はわからない。蘆名が劣勢と見なされた場合、佐竹も怠慢と見なされてその他一万が伊達へ寝返らないとは限らないのだ。

「ですが」

「いい加減しつこいなお前も。昨日の段階で蘆名軍が先鋒を務める事は決まっていただろう。それとも何か、まさかお前政宗の首でも取りたいか」

「それは無論!」


 その上にこの義宣である。


 出兵前からずっとこんな調子であり、まるで自分が三万の軍の総大将にでもなったかのように張り切っている。そのくせやたらと気弱な事を言ったかと思ったら、こうして猪武者めいた言葉をぶつけて来る。


「……お前な。そんなにも佐竹が主役でなければいけないのか」

「兵の数からして責任を負うのは必定かと」

「だったらなおさら蘆名と我々で等分すべきではないか。蘆名が先鋒となり、我々が後方に控える。そう決まったはずだろうが」

「わかってはいました。しかし」

「お前にはまだ兵を預けるのは早い。この父の手並みを見て学んでおけ」


 本来なら一万の内二千ほどでも預けてどのように軍を動かすか見てやるつもりだったが、この調子ではとても無理だ。確かに決して敵を侮るなかれと言えば聞こえはいいが、国力には限度と言う物がある。兵を動かすには莫大な金と穀物が要る以上、出兵できる人数も回数も限度と言う物がある。毎回毎回全力を叩き込んでいては、伊達以前に佐竹が潰れてしまう。ましてや北条と言う大敵までいると言う事を忘れているのだろうか。

 口では忘れてはいないとか言っているが、この調子では当てにならない。

 

「わかり申した。ではそれがしは後方からの伝令や左右からの奇襲に備えておきますので」

「好きにせよ」


 結局どうしても節を曲げない息子に五百ほどの兵を割き後方の更に後方に置き去りにしてゆっくりと前進してみたが、それでも気分を害されたせいか義重は腹立ちまぎれに愛馬に鞭を入れた。


 愛馬と言っても三年ほど前に見つけた馬だがこれがあまりにもおとなしく、かつ非常に走るに長けていたので飼い慣らして義重自らの愛馬にしたのだが、それにしてもきれいな白毛の馬である。

 だが義宣はそれすらも総大将が乗るには目立ちすぎるとか言って難色を示していたし、何より牝馬と言うのが気に入らないらしい。雄でも雌でも有効であればいいではないか、話によれば三百年前日本に攻めて来た蒙古軍の馬はほとんど金玉を取ってしまった牡馬だったらしい。それでも有効だったのだから元から金玉なんかない牝馬で何が悪いのか。


(まさか…)




 もっとも、心当たりがない訳でもない。




 三ヶ月ほど前、はるか南西の上田城を騒がせたとか言う一人の男。




 何千と言う敵に向かってたった一人で飛び込み、


 矢の雨や槍の壁を傷一つ負わずにたやすくかわし、


 さらに大勢の人間を斬りながら返り血一つ浴びず、


 その上に水の上を平気で走る。


 そんな人間が徳川配下の榊原康政とか言う目下売り出し中のはずだった存在を、文字通り一刀のもとに斬り捨てた——————————。




 聞けば聞くほど、馬鹿馬鹿しい話だ。


 徳川軍が上田城を攻められなかったのはそのせいだとか言われているが、義重に言わせればただの戯言でしかない。

 上田城を守るのは、真田昌幸とか言う、信玄の愛弟子。

 あの信玄が自分の兵法を教え込んだような戦の達人が、地元も地元である信州の山を生かさない訳がない。それこそ忍びか幻術でも使い、同士討ちでも起こさせたに決まっている。

 大久保忠世や鳥居元忠とか言った徳川の将たちまで騙すとはとか言う奴もいたが、とにかく義重からしてみれば噴飯ものだった。

 



 だがそれが、ここ数日伊達政宗が流布している噂とほとんど一致している。




 まさか、そんなのが二人もいると言うのか。




 それが伊達輝宗を救ったとでも言うのか。




 確かに、世の中何があるかわからない。それこそ生まれた時から毒を飲ませ毒に耐えられる体にした忍びがいるように腹の中にいる時から戦闘訓練を積ませて来たような奴がいるのかもしれない。あるいはわざと背を伸ばさず子どものように体躯にしているだけの成人した忍びがいる。

「大久保忠世も大したことはないな。真田の策謀にまんまとはまりおって」

 上田の話をそれですべて片付けていた義重からしてみれば、義宣が伊達の忍びに気を付けるのは悪い事でもない。その忍びを消してしまえば、伊達の士気はガタ落ちしそれこそ政宗を木っ端微塵に出来るほどの大勝利が舞い込むかもしれない。


「若君は…」

「そなたも忍びが怖いか。まあそれはそうだろうな。伊達だって馬鹿ではないからそれこそ全ての動向を掴むぐらいの事はしている。劣勢だとわかっているからこそ向こうは本気になる。その手を一つ一つ潰すのも重要な事だ。今回の義宣にはそんな下働きの役目を覚えさせ、もっと当主として肝の据わった存在に仕立て上げねばならぬと言う事だ」


 義重はもう、これ以上何も言わない事にした。 




 義重は無論、片倉小十郎とか言う伊達政宗の家臣が謎の少年について存在を示している事も知らない。

 ましてやその片倉小十郎に三歳の童子がおり、その童子が謎の少年を見た事など知る由もない。


 今の義宣と同じ十六歳で当主となってから二十四年間戦い抜いて来た身からしてみれば、義宣はまだまだ甘ったるい小僧だった。



「敵軍が動いています。狙いは小峰です!」

「来たか。まったく無謀な、いや先手を取ってやろうと言うのは悪くない。だがあまりにもこちらを甘く見過ぎている……」


 そして、事態は動いた。

 伊達軍が先制攻撃をかけて来たと言うのだ。少数なればこそ流れを掴もうとしたのかもしれないが、だとしても正直稚拙だ。敵軍など、大軍の蘆名軍か自分の親族しかいないのに。

 と思ったら、やはり小峰軍を狙ったらしい。確かに、佐竹と蘆名を除けば唯一伊達の親族でない家だ。なるほど、まるっきりの馬鹿と言う訳でもなさそうだった。


 しかし所詮、数が違う。

 長引かせれば勝ちのはずなのになぜこのような真似を。


「義広様は」

「まあ大丈夫だろう。者ども、疲弊しないような速度で前進するぞ!」



 佐竹軍もようやく本格的に動き出した事により、いよいよ戦いの幕は切って落とされた。




 後世に言う、「人取橋の戦い」である。

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