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戦国霊武者伝  作者: 宇井崎定一
第九章 呪詛との戦いに垣根なし
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さらば、親子よ

「全く、よく耐える物だ」







 片倉小十郎と伊達成実は、同時にそうつぶやいていた。




 本丸西門から出て来る事はないが堅く守る兵を見た小十郎の顔に覇気はない。つい先ほど秀吉に言われて前線に出され何とか気持ちを立て直したつもりだったが、それでももううんざりだった。

 

「大久保殿…」

「それが源義経と思うからこそいかんのだと我が主君は申しておりました。我が主君も源義経にはいろいろ思う所もあるようですがそれこそただの敵と思えばさほど腹も立たぬと」

「…………」

 

 ただの敵。

 そんな中立的で平板な言葉こそこの上なく今の小十郎と言うか兵にとってありがたい言葉だった。

 かく言う家康もまた同じように感情に囚われていた事を知る由もないまま、小十郎は力を込めて敵兵をにらむ。



 前進もせず、後退さえしないでただただ道を塞ぐためだけにいる兵たち。たった一人のためだけにそこにいる存在。

 だが今もう一方では主人とその息子が命を散らそうとしており、そうなれば文字通り行き場を失うだけのこの世で最も虚しいはずの存在…に見えているのは自分だけかもしれない。 

 しかしそれがただ自分たちの邪魔をするためだけ、命を奪う存在だと考えれば良心の痛みも最小限になる。それは武士として基本であるはずだった。その犠牲を最小限にしようと言うのは良い考えであると同時に、実は甘ったれではないのか。


 そして理想の主君など、元から存在する訳ではない。そんな事はわかっているから自分なりに目の前の主君に仕えるしかない。

 だが「理想の家臣」だって存在するわけがなく、主君の側だって自分なりに対処するしかない。


 そして、「理想の敵」なんてもっといない。そんな愚痴を吐けると言う余裕が、いつの間にか見下しになっている。その事を思い知らされた小十郎は、ゆっくりと構えながら援護射撃と共に前進。最後の抵抗を試みようとする義経軍を必死ににらみ付けた。




 そして、伊達成実の方も覚めていた。


「……やはり、か」


 確かに政宗相手に良く粘っている。いつでも主の危機とあれば駆け付けるべくずっと二人の対決を眺めていたが、政宗の方が押し始めていた。


 やはり、北条氏政の肉体では限界だったのかもしれない。

 そしてもう、奥の手も見破られている。

 さらに言えば、北条氏政は元々そんな豪傑でもない。義経が憑依してから付け焼き刃のように修練を重ねた所でどうにかなる訳もなく、地金が出始めていた。


「父上!」

「案ずるな!父はまだ己が魂を燃やし尽くしていない!」


 氏直《八郎》は兵たちに阻まれ救援にも行けず、氏直に付き従っていた兵たちも次々と倒れて行く。

 もはや義経に残っている兵は、西門を守っているそれだけだ。だが彼らも動こうとせず、義経の戦いを必死に守ろうとしている。


「そこっ!」

 政宗の一撃が義経を押し込む。

 義経《氏政》の体が揺らぎ、反撃の手が遅くなる。

 長い戦いの帰趨が、見え始めていた。



「ブルルル……」



 馬が寂しげに鳴く。

 一体何の罪科があったのか、それともそれとは全く関係なく馬となったのかはわからないが静御前の声は寂しげながら気品があり、血生臭いはずの戦場を清める。


 かつて人取橋にて生まれてすぐ引き剥がされた息子のために、伊達の下へと来た彼女。

 その息子の暴れようをどう思っていたのかはわからないが、それでも四百年の時を経ての母子再会、そして夫との邂逅が嬉しくなかったとは思えない。

 だがその夫や息子との再びの別れも、もはや時間の問題。



「母上、母上、母上ー!」



 もはや何を秘匿する事もないとばかりに三十路の男の体で叫ぶ一歳児。

 その一歳児を取り押さえんとする、無慈悲に見えて自分たちなりに慈悲深い刃に必死に抗うその姿勢は、実に痛々しい。


「私は!ただ源氏!父上たちをないがしろにした!」

「八郎、どうか聞き分けてくれ!父もまた同じ気持ちでここに舞い戻って来た!されど今の自分は、その時された事を返しているだけに過ぎぬと!」

「しかし私は!あの里見に!」

「ブヒヒヒーン!」

「ならばこそ、わしは鶴岡八幡宮を焼いた!そしてその時お前も感じただろう、無為に犠牲を生んでしまう事の悲しみを!」



 激しく嘶く、静御前。


 悲しみと言うより、怒り。いや、母のそれ。


 実際里見と言う紛れもない源氏の末裔に利用された八郎は、今まで語る事はなかったが相当に忸怩たる思いを抱えていたらしい。


 もしかして鶴岡八幡宮を焼いたのもそのためかもしれないほどの、悲しみと憤りの深さ。

 南部氏をほぼ根絶やしにしても晴れなかったほどの無念を抱え込み、その無念を利用されてしまった事への反省と後悔。



「ああああああああああ!」



 八郎の、未熟ながら鋭い刃が兵たちに襲い掛かる。だが届かない。その間にも氏政は政宗に押され、呼吸は荒くなる。




 そして。


「うっ!」


 ついに、政宗の一撃が北条氏政の肉体を捉えた。

 と言っても右手の甲をかすっただけだが、それでもこの一撃は予想外に重く響いた。

 そこから急に義経の刃が鈍り出し、反応が遅れ出す。

 このままでは二発目を喰らわせられるのは時間の問題だと政宗は見ていたが、実際すぐに二発目が当たった。

 今度は右頬。手の甲と違って小手などもないので直に刃が肌にこすれ、血が飛ぶ。


「うおおおおおおおおおお!」


 義経は吠えた。その勢いのまま、さらに刃を突き出す。

 

 だが、明らかに衰えている。

 

 いや速さや破壊力は落ちていないが、攻めが単純になっていた。

 まさか霊武者として一方的に相手をなぶれる環境に慣れてしまったわけでもないだろうが、どこか乱暴で破滅的にもなって来ている。

 本来ならばもう応じるべきではないのだろうが、それでも最後まで責任を取らねばならないとばかりに政宗も受け止める。


 そう、受け止めるだけ。




「父上ーーっ!」


 その戦いぶりを見て全てを悟ったらしい八郎は、産まれてから初めてと思えるほどの甲高い悲鳴を上げながら、伊達軍の兵をかき分け突っ込もうとする。


 だがそれが許されるには、あまりにも悪条件が揃い過ぎていた。


 既に手の内は知り尽くされ、氏直の体も疲弊し、伊達軍の質も高すぎた。



 そして何より、この時八郎の耳に入り込んだかすかな声が、彼の動きを止めてしまった。



 その結果生まれた隙を見逃せるほど、伊達軍の兵たちは甘くはなかった。




「父上ーっ!母上ーっ!姉上ーっ!」




 三人の尊属の名前を叫びながら、肉体を貫かれる。


 見た事すらなかった父と姉、産まれて寸刻もせずに引き離された母。


 


 その姿を確認できるはずなのに、何もできない三人。




 いや、何もしていない三人。




「もうこれ以上はやめて!」


 蘆名政道と共に出て来た、幼気な少女の声。

 その声に刃を止める者がいてもよさそうに思えたが、それでも義経と政宗の打ち合いは止まない。

「だ、って…」

「もうこれ以上八つ当たりはやめて!もう十分罰は受けたよ!いや、これからもっと!」

 単純に戦を嫌う童女の声ではない。



 紛れもない「姉」の声だ。

 言う事を聞かない「弟」をたしなめる、姉の声だ。


 享年四歳であっても姉は姉であり、弟は弟である。駄々をこねる弟をたしなめるその姿は、実に健全な姉弟関係ではないか。


「お姉ちゃんは、我慢する物。お父様、あの時も痛かったけど、我慢できた。弟はもっとつらい目に遭ってるから」


 あまりにも立派過ぎる。そしてその彼女と共に立つ大人の女性もまた、八郎を少し悲しそうにしながらもじっと見つめていた。


 —————義経の手により討たれた郷御前も娘も、間違いなく義経を慕っていた。

 この人のためならば命など要らぬ、矢も楯もたまらずに助けに行きたくなる。




「純粋無垢な感情に脅え切った源頼朝…そして、小次郎…」

「ええ。梶原景時に、安達清経……彼らこそがこの戦乱の点火者です」




 政道が回収した、義経が記した「資料」。生で見た訳ではないが、それでも必死に集めたであろう情報により搔き集められた主犯と、教唆犯と、実行犯の名前。




「それがしは、それがしなりに彼らを許しませぬ」

「そうか…八郎…」

「姉…上…」

「どうか、後は我々にお任せ下さい!お願いします!八郎…次会う時は媼になって会いに行くわ!」

「ありが、とう……」


 そして、源八郎の魂は事切れた。


 


 数本の槍を刺されたまま、痛くてたまらないはずなのに、笑顔のままで。




 そしてさすがに一旦手を止めていた義経の顔からも、厳しさが消えていた。



 

「……八郎……」

「何とか」

「いやもういい。わしももう満足した」

「まだ終わってはおりませぬ!」

「いいや、もういい。郷と静と娘を守ってくれればそれでいい。だがせめてもの褒美だ」


 その顔のまま、義経は政宗に挑みかかった。


 体力以上に、気力が尽きたような面相。もはやその褒美と言う単語を実行するかのような、何もかもを受け入れるかのような得物捌き。


「ならば!」


 据え膳食わぬは男の恥でもないが、受け取らぬ理由もないとばかりに得物を振る。



 氏政の首を刎ね飛ばしたその刃はなぜだか一滴の血も出さずに風を起こし、氏直の肉体の髪の毛を立たせる。


 まるで、彼の魂をも上空へと送るかのように。


 その事を証明するように、義経の愛馬(静御前)も上を向いて嘶く。


(結局生き別れの運命か……どうか許してもらいたい……)


 生まれ変わっても結局こうなるのかと政宗が嘆こうとすると、馬は穏やかな目で政宗を見つめた。


 もういいのですと言う、許しの目。


 政宗はもう二人の女性に目を向け、彼女たちが同じ目をしていた事を知りようやく胸をなでおろした。




 こうして源義経を巡る騒乱は、ようやくここに終わりを告げたのである。

「女性だけの町」の外側からの続きは3日ほどお待ちください。

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