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戦国霊武者伝  作者: 宇井崎定一
第九章 呪詛との戦いに垣根なし
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時代の終焉

「……チッ!」


 家康は思わず大声で舌打ちしてしまった。


 本丸へと入ったと思いきや、凄まじい勢いで敵兵が雪崩れ込んで来る。それ自体は想定の範囲内だったが、勢いも凄ければ数もすごい。

 本丸に押し込められていた兵のざっと八割以上が、自分たちへと向かって来ている。

 確かに豊臣軍と奥州統一連合の兵数の差を考えればわからないでもないが、こんな所で奮闘する兵の目的が時間稼ぎ以外の何でもない事はわかっている。


(源義経…結局格好良く死ぬ定めか……)


 義経を格好良く終わらせたくない。自分の欲望だとわかっているが、単純に業腹だった。

 義経の戦は正直拙劣の極みであり、氏政だったら降伏するか戦になるとしてももう少し犠牲者を減らせられたはずだった。



「義経公をお恨みになりますか」

「弥八郎!」



 そんな自分の側に、いつの間にかいた男。

 武勇など期待出来っこないのが見た目からして丸わかりで、その上に軍略も全然できないと言う戦場においてこの上なく存在意義のないはずの男、本多弥八郎正信。


「今の源義経は、ようやく本格的に眠ろうとしております。そこに怨恨をもって当たれば台無しです」

「怨恨とは…ただわしは…」

「古今東西、英雄と呼ばれた存在が英雄である事を自覚した話はほとんどありません、逆は山とありますが。

 おそらく義経もまたしかりであり、それが頼朝や側近の者たちにはひどく奇異に映ったのでしょう。我々とて皮一枚向けば欲望の塊ですが」


 東夷あずまえびすとはよく言ったもので、現代においてさえ京の人間から見れば異質な存在に思える以上当時はさらに異質であっただろう。そんな存在が一応は源氏の棟梁とは言え京からの流人を担ぎ上げて都の平氏を吹っ飛ばしたのが源平合戦であり、源氏も消えてむき出しになったはずの東夷が源氏も平氏もない天皇家率いる軍勢をぶっ飛ばしたのが承久の乱である。

 元々京で暴れていたとは言えあくまでも京と言う都で動いていた義経にいつの間にかそんな風格が付いたかどうかは知らないが、北条政子とか言うただの豪族の娘の言葉で団結し、功績と言うのはどんどん振りかざして武器にするのが当然であり奥ゆかしさとか言う単語など知らない連中からしてみれば源義経は奇異と言うより怪異な存在に映ったとしてもおかしくない。人間、わからない物は怖いのだ。


「今、義経は全てを認めようとしています。ここで彼を否定すればいずれまた帰ってくるかもしれませぬ」

「泥水をすすれと申すのか」

「これ以上付き合う必要もないと言う事です」


 その上で本多正信は家康をなだめながら、紛れもない現実を突き付ける。


 元々源義経と言う存在だけで回転していたような軍勢である以上、その義経が消えればそれでおしまい。今いる存在も、義経のためだけに動いている。あるいは北条家のために動いている人間もいるかもしれないが、それとて義経父子《氏政・氏直》が消えてしまえばやはりそれまで。



「…その次の事は、か…」

「それは関白殿下を信じるまでです。信じられた上で裏切りを為せば罪は膨らみます。それが為政者の責任であり、部下の特権でもあります」

「そうか。なればわしらはしばらく傍観しておこう」



 家康は深くため息を吐いた。

 今でもなお、頼朝を尊敬していた家康をして、その名を貶める義経への私怨。

 そんな不純物が自分の中に籠っていたのかと思うと、「徳川軍」の働きも何だかくすんで見える。

 秀吉もまた、犠牲者を増やす事を好む性質ではない。いや、信長さえも必要とあればああいう虐殺めいた真似をしただけで、本来は合理主義者だ。


 それに比べ今の自分は何と浅薄な事か。



(……今のままでは、天下人になるなど無理だな)



 その機会が巡って来るかはわからないが、あろうがあるまいがまだまだ己を鍛えねばならない。


「下がれ。死兵に無理やり付き合う必要もない。誰か援軍を頼む」


 顔から殺気を消した家康は自分との戦いへと向き合うべく、後退を命令。

 道を阻むためだけにいる北条軍を討ち取るべく鉄砲隊を出し、一斉射撃をかける。

 その犠牲者を踏み越えて来る存在をあくまでもいなすように務め、豊臣軍本隊の援軍を待つ事にしたのである。




※※※※※※




「北条親子を含むこれまで殺した人間すべてへの詫び状、わしなりの別れの挨拶、四百年ぶりに会えた郷と我が娘と静の助命嘆願…それと、わしが殺した石田三成と言う男の辞世の句」


 天守閣にある全ての存在を小声で政宗に語った義経は、再び刃を鋭く振る。

 その間にも八郎とその部隊が蘆名軍を必死に抑えようとするが、数が違った。

 いくら童神様とか言った所で、怯む事のない大軍に肉体がないと言う最強の武器を失った状態では勝てる物ではない。


「父上!」

「やめよ!相手はどうせわかっている!」


 八郎が北条氏直の肉体を振るわせて刀を抜き、魂として刀を投げ付け、と言うか飛び掛かりに行く。

 だが政宗は氏直の肉体が視界に入っていた事もあり義経《氏政》の一撃を受け止めて押し込め、飛んで来た刀を叩き落とす。八郎はその刀を持って後方から政宗を刺そうとするが、伊達成実以下大勢の兵の割り込みにより分断されてしまう。

「ナラバ!」

「殿を守れ!」

 氏直の肉体が動き出すが、政宗以下誰も気に留めない。と言うか気に留めるほど気が散っている兵が少なかった。連戦でそれなりに疲労していた伊達軍の兵の中にはなぜ魂が抜けたはずなのにとか言う疑問を抱く人間もいたが、その前に成実の声が鳴り響いた。


 宙に舞った刀も、成実らの攻撃により弾き返される。

 で、氏直はと言うと蘆名軍の大軍に阻まれ政宗までたどり着けない。


「どうやら北条氏政は完全に心服していたらしいですな!」

「やはり貴公は見事な将器の持ち主よ!こんなにも無礼を働いたはずなのにな!」

「なればこそ正々堂々と行けなかった事を詫びねばなりませぬ!」

「弁慶は本当によくやってくれた、だが弁慶が素晴らしかろうと火を放たれ逃げ場をなくされてはどうにもならぬ!」


 

 結局数が正義だとか言う訳でもないが、実際三倍近い数を連れて来ていた氏照を殺す時には有効だった手段だった。

 だがそれが不意打ちありきであり、不意打ちどころか二連続攻撃にもならない敵相手ではどうにもならないと言う現実は残酷だった。


 何より、その有り得ないはずの攻撃で救われた経緯を持つ伊達政宗相手では通じるはずもなかった。



「それでも最後まで!」


 刀が落ちると共に氏直の体が一瞬止まり、そしてすぐにそれまで以上の速さで得物を振り出す。だがやはり政宗と同じくその攻撃を察している、と言うか実際に人取橋にいた精鋭たちに動揺の二文字はない。




 その間に、ついに蘆名政道は本丸へと侵入。


 自ら馬を下り城内を駆け出し、郷御前と娘の生まれ変わりである陸奥生まれの親子と義経の書を保護すべく動き出す。阻む兵はほとんどいないがそれでも兵たちはしっかりと役目を果たすべく動き、政道たちの役目を邪魔させない。

 もっとも政道は、何が小田原の天守閣に眠っているかは知らない。とりあえずとにかく回収せねばならないと言われているだけであり、それ以外の事はしない。この点だけでも、十分な役目を果たしていると言える。




「ああ、これでは!」

「案ぜられるな、女性たちの命は守ります!御父上の秘宝も!」

「くぅー!」

「八郎!」


 数に抑え込まれて何もできない自分を悔いる八郎を、父は目の前の敵と打ち合いながらもたしなめる。


「考えて見ろ、我々は目の前の存在を殺そうとしている、目の前の命ある存在を破壊しようとしている!そんな存在を守る理由などあるのか!」

「それは…!」

「これは伊達殿の慈悲だ、お前も見て来ただろう!そしてこの慈悲を拒む権利など我々にはない、あれだけの人間を無意味に破壊し、つい先ごろ鎌倉を破壊したのだからな!」

「ですが源氏は、我々の祖でありながら我々を!」

「父も最初はそうした、自分を裏切り使い捨てにした存在を憎みその血につながる存在を徹底的に取り除こうとした!だが九州にてその知恵と徹底的な忠義に阻まれた時、自分がやっている事が正しいのか正しくないのかわからなくなった!お前だってそうであろう、下総にて知恵者に利用されたのを忘れたのか!」

「はい……」



 黒田官兵衛を斬れなかった源義経、里見義康の捨て身の知恵に利用された源八郎。



 無敵に近い存在のはずの二人をして、勝てなかったと認めざるを得ない相手。


「どうやって勝ったのです」

「複雑な事は何もない。単に四六時中何交代もして徹底的に守っていただけだ。その時まであそこまで源氏、いや源頼朝という存在の一族たることを好む人間が真っすぐだと思っていなかった。榊原康政と言う男も、今思えば同じ源氏の一族たる人間である主君共々真っ正直な男だった。それを……」

「それでも、鎌倉だけは許せなかったのですな」

「ああ。だが鶴岡八幡宮とやらだけでも破壊すればよかった……それなのに、ああ、石田三成!」

「石田三成と言うのはあまり評判が良くなかったようですが、私は少なくとも悪くは思いませんでした。ただ、源頼朝に味方しなければですが……」

「そうだな…だがわしに味方せねば生き残れた者もいたはずだ…とりあえず、石田三成だけでなく風魔小太郎にも謝意を述べねばなるまい……」



 石田三成と言う、不器用で実直な男。



 ただ逃げてくれれば良かったのに、最後の最後まで抗い続け、無駄に散った男。



 そうやって殺したくもない人間を殺すと言うのが将だとわかっていても、耐えられなかった。


 そしてその一件と下総での戦により八郎もまた戦の虚しさと何もかも自分の思いのままに行く物ではない事を悟り、さらに父だけでなく母たちとの邂逅により憎しみも消え、自分を支えて行く物がなくなって行くのを感じていたらしい。


「そうですか」


 あえてそれ以上の事は言わない。その上で政宗は、刃を動かす。


 最後まで、責務を果たすために。

明日で本編は最終話です。終章は「「女性だけの町」の外側から」の後で……。

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