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戦国霊武者伝  作者: 宇井崎定一
第九章 呪詛との戦いに垣根なし
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総大将の資格

「こうして生でお目にかかるのは初めてですな!」




 本丸へと入った伊達政宗の目に飛び込んで来たのは、北条氏政と北条氏直と氏政の愛馬。


 いや、源義経とその息子と静御前。




「伊達政宗…そなた、八郎をどう思う」

「八郎…」

「わしの息子だ。わしより上だと言う事で八郎とした」

「それはそれは…」

「なあ政宗、わしはそんなに難しい事を求めていたのか?

 ただ自分がやった事を認めてもらいたい、家族で仲良く過ごしたい。

 それはそんなに難しい事なのか」



 義経の純粋な疑問。

 

 あるいはそれだけのために、今ここに帰って来たまである疑問。 



「身の丈に合った欲望と言うのはありますでしょう。そして残念ながらあなたの希望はあなたの身の丈に比して小さすぎたのです」



 身の程知らず—————源義経を誹謗中傷するのに一番ふさわしい言葉はそれだと、伊達政宗は気付いた。


 だがそれは世間の九割九分九厘に当てはまるそれではなく、残り一厘の側のそれだった。



「世間があなたに求めた物、それは蓋世の英雄・源義経であって源頼朝の家臣ではなかったのです」

「しかしそれがしはあくまでも!」

「そうです。あなたは心底から寡欲だった。自分の才能により平氏を倒し、兄が征夷大将軍となり、武家の世を作る事。それらの流れに端座できればそれで良かったのではないですか」

「ああ…」

「しかしそれはあまりにも身の丈からすれば小さすぎた。それゆえに常人たちから見れば清らかであると共に、魚も棲めないと思われてしまったと見ております!」

 

 俗人が治めるのが人の世である。権力を握った聖職者がいようとも結局は俗世に堕してしまい、それを俗世の権力者が妥当するのが世の流れだった。この国での一向一揆の腐敗を信長が咎めたように、よそからやって来た耶蘇教の伝道師たちも母国で腐敗した宗教の清浄化とそこから生まれた「新教」との戦いのためにこの国まで来た。あるいは宗教の腐敗がなければ信長はそれほど存在感を持たなかったかもしれないし耶蘇教だって日本に来なかったかもしれない。


「それにこうして触れ合って来てわかりました!あなたの時代の武士は我々と比して極めて勇猛果敢、いや武士のみならず皆大変勇猛果敢!」

「言葉を飾らなくとも良い。野蛮なのであろう」

「野蛮とは!」

「すまん、真剣だったようだな。我々はそれこそ徹底的に奪い尽くさねば生きて行けぬ世界だった。平家にあらずんば人にあらずとか言われていたのは誇張ではなかったと信じておるが、義仲公が京にて強引な収奪を行ったのも後から思えば合点も行った。単純に物資が足りぬのもさることながら、ああやってある物を得ようとするのの何がいけないのか、どうにもわからなかった」

「あなたが収奪したとは聞いておりませぬが」

「それは物がなかったのと事前に義仲公の失敗を見ていたから真似をしたくなかっただけだ」


 元寇時代でさえも元軍の上陸の的となりそうになった村落から強引に物資を収奪していたのが鎌倉武士であるから、約百年前のそれがどうだったかなど言うまでもない。モノ・カネ・コメのみならず女までもそれこそ山賊団同然に持ち去られ、報酬として山分けにされた。

 ぶっちゃけた話今でもやっている事はそこまで変わらないが、それでも決まりとしては「そうしようとしている相手からだけにせよ」と言うのが原則になっている。戦の責任者はそこにいた将兵であり、関係ない人間に責務を負わせるなと言うわけだ。

 その上での義経の「善行」のオチと言うのも後者についてはともかく前者は全く笑うしかないそれである。



「そしてその上で平家を討ち倒したのですから戦果も人気も膨れ上がり申した、ですがあなたはあくまでもその平家打倒の戦において石橋山の戦のようにそれほど戦果を挙げられなかった頼朝の臣下であろうとした。

 それがいたく頼朝の自尊心を傷つけてしもうたやもしれませぬ」


 そんな清廉潔白な義経が、対平家との戦にてそれほど戦果も挙げていない頼朝に重箱の隅を楊枝でほじくるような罪で処罰される。それだけで頼朝の人気は低下し、義経の人気はさらに上昇する。これはもう一種の負の連鎖であり、断ち切る方法があったのかわからない。あるとすれば義経を名目的頂点に立てて頼朝が実質的行政を取るとか言うそれしかないかもしれないが、正室の子である兄が名目的とは言え側室の子である弟の下に付くなど出来るはずもない。現実的な所で言えば征夷大将軍である頼朝率いる行政府の武門担当辺りが妥当だったが、親族をそんな重職に付ければ身びいきであり頼朝の地盤である東国武士たちの不興を買う。



「それゆえに脅えられ、自分たちの本来の立ち位置を奪われると考えた者たちにより……」

「そうか……」

「それであの二人は」

「天守閣におる。良かったらで良いから守ってほしい」




 父と息子と、妻と娘と、息子の母親。手に手を取り合い仲良く暮らせればそれでいい——————————。




 それ以上の物を求めていない姿勢が称えられる土壌がなかったと言う現実。


 土壌もあったとしても受け止める側に素質がなかったと言う悲劇。


 その死があればこそ武士もまた洗練されたと言うには悲しすぎる結末。




「わかりました。では、源義経公!源八郎殿!

 あなた方の相手、この伊達藤次郎が勤めて見せます!」

「礼を言うぞ!」



 転生してなお気品を持った存在と共に、五十路の肉体と三十路の魂の持ち主が伊達政宗に突っ込んで来る。

 そして八郎と呼ばれた童神様は父の姿を改めて見届けんと、得物を握ったままじっと動かない。


 政宗もまた同じように構える。


 これまで対峙して来たどの相手よりも強い。なれば最初から本気で行くよりない。


「いざ!」


 政宗がこれまでより二時ほど早く薙刀を振りかざすと、義経はわかっていたかのように打ち返して来る。

 わかっていたかのように、だ。

「不意打ちか!」

「予想以上の速度でございましたな!」

 不意打ちのつもりはないが、射程距離ギリギリでの攻撃は一種の賭けでもあり本来ならその賭けに的中して大儲け出来るはずであった。


 だがその賭けの対象はそうは問屋が卸さぬと言わんばかりに自分の失態を能力で強引に打ち消し、本格的な打ち合いに持ち込む。


「見事な腕前!八郎から聞いていた通りだ!」

「それは幸甚!」


 奇襲の通じなかった政宗が全力で振りかざし、義経もしっかりと受け止める。




 文字通りの一騎打ち。伊達の将兵も源八郎もじっとこの戦いを見据え、余人の干渉を許しはしない。

 激しい打ち合い。

 本丸までは燃えさせることのできなかった武器庫もこの火花で燃えそうなほどにひたすら打ち合い、数百秒分の一でも隙があればすぐさま敗北の二文字がちらつく、おそらく戦国乱世の中でも伝説に残りそうなほどの戦い。


 氏政の五十路の肉体を抱えているだけ義経不利かと思いきや、その肉体に染み付いている巧みな技もあって政宗の力をいなす。もちろん政宗も先刻承知なればこそ力と速さで押す。



「もしこの身にその技が宿っていたらと考えると惜しゅうございます!」

「それは欲張り過ぎと言う物だろう!」



 政宗の軽口にも、義経は真っ正直に答える。

 まるで数年来の親友の様な口ぶり。


 だがそれを政宗以上の手腕と言うか才能でやれたのが秀吉であり、その事を政宗は既に知っていた。

 なればこそ、今ここで命を賭けてでも戦い、自分なりに出来る事があると示さねばならない。



 力を込めて突き出し、かわされた所を横に振る。義経が上から叩きにかかるが構う事なく振り上げる。

 全力を込め、義経の得物を弾き飛ばしにかかる。


 が、向こうもうまく力を抜いて政宗の刃を上に向かせ、政宗の胸を突きにかかる。されど政宗はすぐ振り下ろし、義経の刃に叩き付ける。

「うりゃああああああああ!」

「がっ!」

 政宗は力を込めて義経の刃に自分のそれを押し付ける。

 声からしてあるいはと一瞬だけ思ったが、義経はただ後退しただけだった。



「ふう…」

「はあ…」


 それでも距離は取れたしと政宗が一息吐くと、義経も同じように一息吐いている。



「楽しいぞ」

「それは祝着」


 左手を激しく振りながら楽しそうに笑みかける。頼朝が見ていたらだから危ないのだからとか言い出しそうであったが、二人ともまったく気にしない。実に、自由気ままに戦っていた。


「しかしこのまま戦えばどちらかは死ぬ。それは困るのではないか」

「ええ。ですからまあ、負けましたと言いたいのです。もちろん、全力で戦ったその上でです」

「だな。武士とは難儀な生き物だと言うのは変わっておらんようだな」

「まあ、では再び行きますか」

「はっ!」



 小休止を終えた二人は、再びぶつかり合う。



 殺傷能力を持った兵器が凄まじい勢いでぶつかり合い、命を奪わんとする。


 その字面だけ聞くと醜悪に見えるはずなのに、それでもなお美しい。そこに恐怖を感じるのも勝手ではあるが、武士であればその美しさに見とれるのが自然な話だ。




 —————そう、自然な話だった。




「父上!」

「何だ!」

「やられました!」




 義経軍が対決に見とれる中、伊達軍は動いていた。正確には蘆名政道率いる蘆名軍であったが、それでも政宗が義経を引き付けている間に本丸へと入っていた兵が一挙に雪崩れ込んだ。


「おのれ!」

「童神様、いや八郎様。それでもそれがしは将であります!無論二人の安全は保証いたします!」

「そうだな!八郎、彼らを信じろ、お前を頼りにしてくれた、彼らを!」

「はい…」


 八郎は憤ったが、それでも武士とか言う前に将としては当然だなと納得もした。


「その上で!改めて勝負を申し込む!」

「望む所です!」


 そして、「源義経」一己の人格として、再び戦いに挑んだ。

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