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戦国霊武者伝  作者: 宇井崎定一
第九章 呪詛との戦いに垣根なし
132/139

復活、「徳川」家康

 申の刻(午後二時)。


 ひと時の休みを得た両軍はついに本当の最終攻撃を開始した。




「本丸、二の丸の敵兵はおよそ一万」

「南門に向かったのは何人じゃ」

「千人もおりませぬ」




 相手は最後の最後まで抗う気らしい。


 わざと開けていた逃げ道から逃げる者もわずかしかおらず、文字通りの最終決戦。ちなみに彼らは既に武装解除の上北条氏規の下にあり、さらに北条氏直の養子で氏規の実子である北条助五郎の配下となっている。

 既に戦後は北条氏規を当主に小田原周辺の領国を安堵する事に決まっており、氏直の義父である松平家康の庇護も受ける事になる。

 秀吉からしてみれば、北条家を滅ぼす理由はない。ただ服従してくれれば良いだけ。政宗とて北条と戦う気はあっても滅ぼす気はないはずであり、その辺りが落としどころと言う物だった。


 だが北条を守るのと、源義経を守るのは別問題である。それこそ戦って死のうとしている人間を守る事など不可能であり、それはまさに神様のお仕事である。

 秀吉とか言う俗人の極みの様な存在にそんな事は出来ないし、耶蘇教徒とて九州で義経に惨殺された以上そこまでの勇気を持った人間はいない。本願寺とて、ここまでの荒魂を鎮められる自信はないだろう。


 —————ならば、その望みをかなえてやるまで。

 秀吉の心は、既に定まっていた。




 松平軍—————いや徳川軍の名を取り戻すために。


「判官様!我らが武勇をお認め下され!」


 豊臣軍先鋒となった本多忠勝が、二の丸へと突っ込んで行く。

 判官—————義経が与えられた官職であり義経の通称ともなったそれを叫ぶ本多忠勝の顔は、三方ヶ原のそれ並みに真に迫っていた。


 死地を求めて戦う「義経軍」に構わず当たり、蜻蛉切を振り回して一発ごとに十名単位の死傷者を生む。兵たちもそれに続き、文字通りの真っ向からの正面衝突。

 続くように井伊直政や大久保忠世、さらに家康本隊まで次々とぶつかって行く。狭い門内での戦いではあるが次々と発生した衝突とそれに伴う戦により激しく火花も散り、既に燃え尽きかかっていた武器庫の炎もまた焼け木杭には火が付きかかっている。

 


 原始的で、野卑とも思えるほどの衝突。

 だが思えば太古の戦とはかような物であり、それこそ個人と個人の武勇伝と度胸比べ。

 さらに言えば、我慢比べ。

 策略など何もないか、あったとしても現代的に見れば古典と呼ばれるそれ。兵法なんぞ孫氏の時代から変わらないとか簡単に言った所で結局は兵たちの力と力の差なのだと言わんばかりのそれ。


「この野郎!いい加減あきらめろ!」

「誰があきらめるか!」


 全く必要のない悪あがきのはずなのに、なぜかその無意味な行いに加担する人間が増えて行く。逃げられるとすればあの世か前だけと言わんばかりに、これまでのように突っ込んで来る敵勢。受け流す気などないとこちらも次々とぶつかり合う。

 それでも鉄砲と言う文明の利器を注ぎ込み、後方の兵の戦闘力を削っているだけ松平軍は有利だった。

 さらに言えば単純な数の差もあり、形勢は傾く。


「敵将はいずこか!」

「ここにいるぞ!」


 その流れに乗って叫んだ忠勝に応えるように飛んで来る声。

 

 見れば、西門で対峙した大道寺政繫。


 —————いや。


「そなたの真の名を聞きたい!」

「我こそは常陸坊海尊!九郎様のため、いざ!」


 武蔵坊弁慶と並ぶ義経の配下の僧、常陸坊海尊。

 彼もまたここに来ていたと言う事か。

 忠勝は四百年前の豪傑との対峙に、目を輝かせる。

「これは好都合!我が腕前、ご照覧あれ!」

「いざ参る!」

 海尊も望む所だとばかりに忠勝へと斬りかかる。忠勝も目の前の肉体が大道寺政繫と言う五十過ぎのそれだと言う事も忘れて打ち合い、二人の周りから人がいなくなって行く。


「それがしが聞き及んだ所貴殿は衣川から逃れていたそうだが!」

「九郎様の非業の死を聞きし時は死のうと思った!だがそれでも何とか生き、我々の事を伝えんとした!だがそれがしが息をひそめている間に頼朝は逝き騒乱は再び始まりその間に寿命に追いつかれてしもうた!このままではと思っていた所に呼びかけがあったと言う事よ!」

「そうか、主を思うその思いは見事なり!それがしもまた!主の誇りのために戦う!」


 二人の男による、主の誇りを賭けた戦い。


 忠勝が風力だけで打撃を起こせそうな一撃を放てば、海尊は軽く身をよじりながら忠勝の胴に向かって槍を突き出す。

 もちろん忠勝も速攻で体を捻り、海尊の攻撃を叩き落とさんとする。そんな程度で叩き落とされるかとばかりに海尊も受け止め、逆に斬り上げにかかる。

「そなたの魂魄!いくら生まれ変わろうとも主の敵を食い尽くす覚悟はあるか!」

「ありがたき言葉!」

 忠勝はそれが礼儀だと言わんばかりに刃を振り、海尊も応える。忠勝も海尊も今非常に満足していた。



 もっとも、この軍隊を率いていたのは狸親父であったのだが。



「あっ!」

「御免!」



 その事を知らなかった海尊の集中力が一瞬途切れた瞬間、蜻蛉切が大道寺政繫《常陸坊海尊》の右肩を捉えた。

 痛みのあまり得物を落とした存在に向かって飛んで来る刃を、海尊は受け止める事は出来なかった。


「……見事なり!」


 その言葉と共に、常陸坊海尊の魂は弁慶の所へ向かった。

 常陸坊海尊ほどの豪傑をして、いや豪傑ゆえにと言うべきか目の前の敵にしか向かず、本隊の突入を許してしまった。

 その失態を踏まえた上でいい戦いが出来たと言う言葉を残すその声に悔いも何もなく、忠勝も無言で笑みを返していた。


「行くぞ!我々の手で戦に決着を着けるのだ!」


 家康も声を張り上げ、兵を突入させる。

 五十年近い人生で、一番かもしれない大声で。


 その声は秀吉のそれよりさらに勇ましく、松平軍だけでなく全軍の士気を上げるには十分だった。

「オーッ!」

 常陸坊海尊との決着を着けた本多忠勝以下、松平の将たちも続くように声を上げる。


 忠勝は二の丸に残り残敵掃討に向かったが家康は直政と共に、本丸へと突っ込む。



「伊達軍も突入して来ました!」

「そうか、義経父子はこっちに来るのか!」

「いえどうやら伊達側に行くようです」

「そうか…ついに、ついに天守閣から出て来たと言う訳か!皆の者、この徳川のために命を預けてくれ!」


 報告の通り、本丸と言うか天守閣からこちら側に飛び出して来た軍勢に氏政及び氏直の姿はない。


 本丸と言っても普段そこに住んでいる訳ではなく本丸屋敷と言う場所で寝泊まりするのが大名であり、天守閣など普段はそれこそ番人がいるだけの場でしかない。大勢を集めて会議とか言っても本丸の大広間を使う物であり、天守閣を使うのはこんな非常事態の時ぐらいだ。

 だから天守閣から出て来たと言うのはそれほどおかしくないが、家康はわざわざその事を口にした。


 


(確かに頼朝も頼朝だ、だが義経も義経だ。

 こうして戦う事が本懐であるのならばなぜ今の今まで引っ込んでいた。いやそれは氏規殿らが必死に止めていたからであるとしても、こうして自分の無念を晴らすがために国中を巻き込むなどやはりその程度の器だったと言う事か!)




 実は義経親子がもう半月以上天守閣にいた事を、家康は数日前から知っていた。

 最初は氏規からの情報であり、その後は風魔忍びの目をかいくぐって伊賀忍びが得た情報であったが、 家康はその事に腹を立てていた。


 大将と言うのがいかにそういう存在であったとしても、現代的に言えば将として失格と言わざるを得ない振る舞い。そんな存在を成敗せねばならぬと言う私怨と言うか私情もあった。

 だがそれでもその私情を飲み込み、飲み込み切れないならば咀嚼した上で吐き出す。それが将の器量のはずだ。


 家康が天守閣と言ったのは、普段から天守閣がそういう場所であると兵たちに教えて来たからだ。

 そんな所にずっといると言う時点で義経はおかしいと言うか現代の感覚からずれており、それを守ろうとしても意味がないと言う事。


 そして「徳川」と名乗ったのは、もはやそんな存在を恐れる必要はないと言う堂々とした挑戦、と言うか勝利宣言。




 家康は、確かに源頼朝のような優れた為政者であり、源義経のような将であった。

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