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戦国霊武者伝  作者: 宇井崎定一
第九章 呪詛との戦いに垣根なし
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北条氏政、刃を光らせる

「では北条氏邦殿も降伏したと…」

「ああ。氏規殿共々、粗略にはせぬ」

「ですが北条氏照は…」

「ああ、伊達左京殿は氏政、いや源義経を説得しようとして失敗したと見ておりますが」

「それじゃな」



 北条氏照の悲惨な死の経緯は、すぐさま秀吉の元に届けられた。


 片倉小十郎が深くため息を吐く中、政宗と同じように兵を休ませている秀吉もため息を吐いていた。


「氏規殿や氏邦殿はやはり氏政、いや源義経と距離があったと」

「じゃな。兄弟であるからすぐわかったのじゃろうな、距離が離れておったとしても。その点では北条は優れておったと言える」

「ではなぜ今まで」

「武門の意地と、氏邦殿の立場の弱さゆえらしい。氏邦殿は下総の敗戦の責務を取らされほぼ無役であり、この戦でも配下は五十名もいなかった。そんな人間が寝返ったとしても打撃は知れているし功績も知れている。一応こちらが三の丸に入ると同時に寝返ってはくれたがすぐさま反撃を受け保護を求めて来た状態でな。氏規殿は小田原について教えてはくれたがやはり兄弟とは戦わせたくないから松平殿の軍勢に組み込んでおる。と言うか氏規殿の率いていた兵もかなり知れておる…」


 氏邦や氏規のような兄弟ですら見捨てていると言うのは簡単だが、おそらくそんなので痛痒を感じるような存在ではない。

 と言うか氏政《義経》にとって兄弟とは頼朝や範頼であり、氏照や氏邦ではない。自分の欲望を阻む存在でしかない、平たく言えば厄介払いの対象であり寝返ろうが何だろうがどうでも良い存在。

「しかし確かに連勝中とは言え兵たちも疲れております。今日一日で決着を着ける必要はあるのでしょうか」

「ある。小十郎殿、先ほど氏照の首が投げ付けられた旨はうかがったであろう。そしてその際にもう一つ飛んで来た物があった」

「何でしょうか」

「刀じゃ、しかも伊達左京殿を狙って」

「なぬ!」


 小十郎は腰を上げるが、秀吉は微動だにしない。その場にいた秀康も同じように動こうとせず、宇喜多秀家はわずかに腰を上げようとするも息を吞んでゆっくりと下ろした。


「単純な話、敵が刀を飛ばしたとか言う事になったら一挙に士気は萎える。おそらくは三成めが見てしまったのも同じじゃろうが、それでもこれ以上長引けば一発逆転と言う事もあり得る。それは小十郎殿が一番詳しいであろう」

「一応見た事はありますが…」

「それならなぜ今になって、と思うか?まあわしの下衆の勘繰りじゃがな、おそらく義経公も童神様も魂の力でそれを投げたのじゃろう。氏政及び氏直の肉体があるから出来んだけで」


 童神様がそうやって伊達を勝たせて来たのだろうと言わんばかりに笑う秀吉を前にして、小十郎は言葉が出ない。

 実際あの時はあれが敵側に向いていたから伊達が勝てただけで、その時の佐竹以下の敵軍の心境を思うといたたまれない。


「敵は勢いに乗り向かって来ているか」

「来ておりません」

「所詮は敗戦中の軍隊か…市松は大丈夫か」

「三の丸掃討は九州軍が見事な働きを見せております故今は暇な様子です」

「ならば伊達左京殿の下へ向かうように頼む。そしてわしらも突撃する」

「今からですか」

「ああ。幸い松平殿がやる気でな、下を掃討してからは暇だった事もありさほど疲弊もしていないそうだ。任せる事にしている。そなたも黙って見ておれ」

「ハイ……」


 機を見るに敏なれとかいくら口にしても実際に出来るかは別問題だし、それ以上に言われれば当然である事が当然のように出来るかが問題だった。確かにあんな事が起きたとあってはこれ以上長引けばこっちの士気は落ちるし、一刻も早く決着を着けると言うのは間違っていない。ましてやそのために疲弊の少ない兵を使うのも正しい。

 そんな時に窮鼠猫を嚙むとか言う言葉を出して犠牲者を減らそうとか言う眠たくて甘ったるい言葉を抜かす暇などないし、むしろそれをやればやるだけ犠牲者は増えるかもしれない。


 何より、敵は最後の一兵まで戦う気だ。そんな相手に降伏勧告などして耳を貸すはずはない。




(拙速で一方的なのはそれがしも同じか……)




 敵を知り己を知れば百戦危うからずとはよく言うが、小十郎は人の事を言える立場ではなかった。政宗の身の安全もさることながら相手を自分と同じような武士道に懸命になっている存在と思い、何度もそういう相手である事を前提に動いて来てしまった。

 

 そしてこの時、小十郎はより恐ろしい考えに至ってしまった。


「まさかとは…」

「ほれまた要らん事を考える。それの真偽がわかったとして何か意味があるのか」

「……」

「そんな事を考えるほど暇ではないぞ、人質とは。

 わかった、誰か甲冑と槍をやれ。わしの兵を五百ほどやるから本丸に行って来い」


 秀吉はその考えを押し込めるように兵を渡し、物理的に背中を押す。小十郎が五七の桐の旗に囲まれて前進させられる中、その仕事を奪い取った秀吉は思いを馳せながら本丸へと目線をやっていた。




※※※※※※




「いよいよ来ました!」

「わし自ら東門へと出よう。八郎、そなたは」

「共に参ります」

「そうか。生還は望めぬぞ」

「わかっております、共に戦えるだけでも嬉しゅうございます」


 先ほど刀を投げ付けてから二十分も経たない内に始まった、最後の総攻撃。

 既に三の丸は全滅、二の丸の部隊もかなり減らされており、どう考えても運命は見えている。


 事ここに至り、ようやく親子は動き出したのだ。


「なぜだろうな。なぜ皆大将自ら出て兵たちに手本を示す事を悪とするのか。大将が引っ込んでいて部下に示しがつくと思っているとか、うぬぼれもいい所であろう。なぜ誰もそれが分からぬのか……」

「伊達殿や里見殿は自ら出ておりました」

「そうだろう。大将が手本を示さずに軍が動くなど……惰弱にもほどがある……」


 自分たちの出撃を必死に止めていた氏照たちはもういない。もう少し早くそうしておくべきだったと言うよくない考えを振り払ってはいたが、今までそれで動いていたのは改めて不可解でしかなかった。

 確かに北条の領国はかなり広大であり各地の領主にそれなりの権威が与えられているのはわかっていたが、いざとなった時に出て行かない人間の多さに驚きもしたしそれで軍が回っているにも納得行かなかった。そして事ここに至って、伊達政宗も豊臣秀吉もじかに来ていると言う事実に義経はいよいよ耐えられなくなった。


「何も知らぬのだろうな……了解を得た事など」

「言わなかったのですか」

「言って信じる訳もない。頭がおかしいと思われるだろう、だから今まで耐えて来たのだ」



 義経のその言葉を、氏照たちが聞く事はなかった。



 つい北条幻庵とか言う氏照が相談していたらしい「大叔父」でさえも知らなかったであろうその事実を思い返すと、義経は軽くため息を吐いた。










 一月末の夜。




 義経は、氏政の身体の中で氏政に語り掛けた。


「そなたは……」

「失敬。それがしは源九郎義経である」

「何、まさか…!」

「無理もない。あまりにも唐突で、あまりにも乱暴だったからな。だが詫びる気はない、許してくれとも言わない」

「そうか…ではなぜ!」

「……死にたいからだ」


 一度死んだくせに死にたいと言う、意味不明な言葉。だが、それが紛れもない本心だった。


「兄上の事を、恨んでいない訳ではない。

 だがそれ以上に、なぜ他に手がなかったのか、何がいけなかったのかの問いの答えを、それがしは聞いていない。

 なぜ息子まで手にかける必要があったのか、その答えを知りたい」

「知らぬ…」


 本来ならふざけるなとか怒鳴る事も出来たはずだった。だがこの時既に一か月以上氏政の肉体に入り込んでいた義経の魂は氏政のそれを圧倒しており、力関係が完全に定まってしまっていた。

 実際に知らない故に知らないと答えるしかなかった氏政に対し、義経は怒鳴る事もせずにないはずの顔で笑みを浮かべた。



 引き込まれてしまうほどの笑顔。



 踏みにじろうとすればそれだけで悪の一文字を押し付けられそうなほどの魔力を持った、清々しい空気と魂。


「本当に知らぬのか……ならどう考える」

「えーと……そなたの力を恐れ、自分のそれが薄れ為すべき政が出来なくなるのではないかと言う危惧ゆえであると考えるが……」


 氏政の魂が考えて出した結論は、極めて平凡なそれでしかない。いくら相模に居を置き北条氏を名乗った所で、かつての歴史を何もかも踏襲している訳でもない。そもそもかつての北条氏など北条時行の死により終わったような物であり、今の北条は北条であって北条ではない。


「やはり、か…」

「一応、調べてはみる」

「そうか、楽しみに待つぞ」


 対話と言うより一方的な命令を終えた義経の魂はいったん眠ったが、もはや上下関係は明らかだった。



 その日から氏政は自らの意志でその時代の文献を漁り出し、やがて首謀者・源頼朝と提案者梶原景時に加え実行犯・安達清経の名前を調べる事に成功した。

 狙いについてはだいたい氏政の予想通りであり、さらに頼朝の妻の政子と弟の義時がその処置を快く思っていなかったと言う書も手に入れた。


「示すのか」

「要らぬ。一応納得は出来た」

「納得するのか」

「納得はする。だがその上で、それがしは死を選ぶ。付き合わせてしまって誠にすまぬ」

「いえ、決心が付き申した。この体、自由に使って下され。ただ」

「ただ何だ、そなたの子息の事か」

「それもあり申すが…わしなどでよろしいのかと…」



 そしてその間に、氏政の魂は完全に飲み込まれていた。

 氏政がどんなに求めても、義経は氏政の体を離さない。いや、氏政がそれを求める事はない。



「良い。我ながら老いる前に肉体を失ったからな。八郎も良い顔をしておる」

「八郎とは…」

「我が子の事よ。それがしより優れているから八郎とした。我ながらなんといけ図々しい話だ」

「一応侍の子として育てました故死ぬ覚悟はあるでしょう」

「……礼を言うぞ」




 こうして氏政が既に完全に義経の支配下に入っていた事など、同じように童神様こと源八郎に支配されてしまった氏直以外誰も知らない。

 だからこそ魂を一時的に出してこれまでのように刀を持って襲い掛かり、さらに鶴岡八幡宮から石田三成を追い払うべく一晩暴れた上に氏政の体に戻って来る事も出来たのである。

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