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戦国霊武者伝  作者: 宇井崎定一
第九章 呪詛との戦いに垣根なし
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伊達政宗、その名を叫ぶ

「そんな事だろうと思ったわ!者ども、本気でかかれ!」




 伊達政宗の動揺は少ない。


 二の丸の城門が開くと同時に出て来た北条軍の兵は、三の丸のそれよりずっとしっかりした装備をし、さらに鉄砲玉まで飛んで来ている。


 だが伊達軍はやっぱりなと言わんばかりに態勢を崩さず、しっかりと隊を組み北条軍の攻撃を受け止めにかかる。

 その間にも三の丸は後続の軍勢によって次々と占領され、三つ鱗の旗は一本、また一本と減って行く。


「戦場の巧者はこんな所には来ないのだろうがな」

「よほどの将でもない限り質より量です。この小田原にいる北条の将は後は氏政・氏直・氏照・氏邦と言う北条の一族を除けば大道寺政繫程度です」

「他にもいたはずだろうに」

「多くの将は我々が斬ってしまいましたでしょうに」

「…だな」



 下総・下野を失陥した罰はあるとは言え親族の北条氏邦を降格させる程度には余裕があったはずの北条の人材は、政宗や秀吉が思うよりずっと払底していた。


 猪俣邦憲と北条綱成の孫の氏勝は氏邦と共に下総の戦に参加して討ち死に。

 北条氏規と御宿友綱は既に秀吉に降伏、内藤綱秀も奥州統一連合の攻撃により津久井城を失い生死不明。


 そして、松田も、だ。



「二重直違いの旗を立てても効果は薄いか…まあけじめだがな。三の丸へと下がるぞ!」


 松田憲秀の子の松田直秀が投降してきたのは、三の丸に伊達軍が突入する間際だった。

 松田軍の兵を束ねて頭を下げる直秀の姿は父親に全く似ておらず、ついでに政宗が顔を知らない実兄の笠原政晴とも似ていない。

 なお、その笠原政晴が名乗りもせずに東門から出て来て数日前に勝手に死んだ事など政宗はおろか当事者の蘆名政道も大浦為信も知らない。


 改めて松田憲秀が松田憲秀ではなく武蔵坊弁慶であったことを痛感するには十分な話であり、直秀の面相は良い意味でひ弱そうであった。


 早速投降者の第一の役目として松田家の旗を立たせ北条家の戦意を削ぎにかかったが、そんなので動揺する兵はもう残っていない。

 北条の兵が、とんでもない速さで突っ込んで来る。それこそ知らなければ鎧袖一触にしてしまいそうなほどのそれであり、伊達軍も実際に押された。


 だが、政宗の頭は冷えていた。


 一気に押し潰してやると言う気持ちを抑え込みゆっくりと後退する伊達軍をここぞとばかりに押し込みにかかる北条軍に逆らわず、三の丸入り口まで下がった。


 当然勢いに乗り北条軍も突撃して来るが、すぐさまその攻撃は止まった。


「ああ!」



 先鋒の男のその一言と共に、一挙に北条軍が崩れ出す。


 三の丸を攻撃していた蘆名軍や大浦軍が向きを変え、北条軍を叩いたからだ。

 そうなると勢いで前面に向かって突っ込んで来ただけの北条軍はなすすべなく崩れ出し、兵の質をもってしても補えなくなって来る。

「落ち着け!ここまで来た連中が疲れていない訳がない!」

 北条軍の兵は叫ぶが、それだけで戦況が傾く訳ではない。


 確かに長い戦と言う事もあり伊達軍も疲弊がなかった訳ではないが、それでも北条軍の拙劣さがその疲弊による打撃を上回っていた。

(こんな手が何度も通じるのかと思っているかもしれんが、通じてしまうのだからな……)



 政道たちが数日連続でやっていた引き付け戦法、それを政宗はまたやったに過ぎない。

 適当に突っ込んで逃げ出し、相手を引き付けて叩く。


 言っておくが島津家得意の釣り野伏とか言う高等なそれではなく、ただの小手先。

 と言うか古典中の古典戦術。


 だいたい同じ戦法を何度も使えば見破られるのが当たり前であり、少しでも駄目と思えばいつでも引っ込めるつもりで毎日同じ手をやりそれが当たり続け、そのまま五月二十七日まで続いてしまったと言うのが東門の戦だった。それで松田憲秀《武蔵坊弁慶》が死んだのだからいい加減学習してもいいはずだが、それでも平気で向かって来る。

「こんな戦をしていたら戦が下手になりますぞ」

 そう大浦為信などはぼやいていたが、政宗も政道も苦笑する事しかできなかった。



 戦の上手い下手を言うのならば、真田忍びが持って来たとんでもない情報をどうしようと言うのか。

(大浦殿とその時の面相と来たら……ま、真田を味方に引き込めたわしは文字通りの果報者だがな)

 政宗は内心悪戯小僧っぽく笑う。

 真田忍びがもたらして来た本来なら恐るべきはずの情報をこうやって受け止められるほどには器の大きい政宗であったが、その奥底では恐れを抱きもした。



 —————秀吉と政宗に武器庫を焼かせたのは、真田昌幸である。


 政宗には自ら、秀吉には信繁を通じてその案を吹き込み、真田忍びと松平の伊賀忍びを使って小田原の武器庫を焼いている。今でも武器庫は火に包まれており、二の丸より外の武器庫はほぼ全滅状態である。まれに健在なのがあったとしても既に豊臣軍か奥州統一連合の勢力圏内であり、余分な武器は本丸及び二の丸の中にしかない。いっその事兵が減れば武器は供給できるかもしれないが、それはただの本末転倒でしかない。

 兵糧を焼かなかったのは慈悲と言うよりある意味残酷な仕打ちを行わんとした結果であり、決断を焦らせるための策でもある。そう政宗は昌幸を褒めようとしたが、昌幸のその次の言葉には苦笑するしかなかった。




 義経はこの城の女さえも戦に動員しようとしている、と言う—————。




「包丁でも何でも得物さえあれば兵、か……得物さえあれば、な……」


 草木を切るための鎌、料理を作るための包丁、と言うかそこら辺の石ころでさえも人を殺せるならば十分「得物」である。それを持って出て来らればそれだけで「兵力」であり、殺傷能力を持った十分な「戦力」である。

 くどいようだがこれは一揆衆と同じやり方であり、どんなに一己一己が弱くとも相手の心を縛った上で立ち向かえば打撃を与えられると言う捨て身の戦法だ。だがそんな手を取った所で目の前に立ちふさがるのが悪いと言うだけで殺すようないい意味で機械的な集団の前には意味がないのは既に信長により証明されている。無論その後の行政は苦労するだろうがそれは一番悪意ある言い方をすれば勝ち逃げ以外の何でもなく、戦の専門家である武士としては唾棄すべき話でしかない。

 それを武士、しかも北条氏政と言う名を背負った存在がやっているのだから政宗としては業腹でもあるし、為信が恐怖心を抱くのももっともだった。



「さすがに武器がなくては武器がなくても戦える者しか来ないからな」

「武器がなくても戦える者……」

「ああ。それなら良心もさほど痛まない。兵糧攻めよりもいい方法があったとは我ながら驚いたわ、真田安房守殿こそまさに天下の軍略家よ!」



 政宗の笑い声はどこか空虚であったが、それでも気分的には悪くなかった。


 今こうして二の丸の戦が優位に進んでいる以上、戦の終わりも見えて来たからだ。


 二の丸から出て来た連中をもうまく叩きまくっている以上戦はこっちの勝ちっぱなしであり、死者と言う事で言えば冗談抜きで一万以上に達していた。しかも奥州統一連合の討ったそれだけであるから実際はその倍以上であり、そして奥州統一連合の犠牲者はここ数日の小競り合いを加味しても千どころか五百すら怪しい。もちろん負傷者を含めればかなり増えるが、それでもあまりにも圧倒的な差だった。

「損害は十分か…少し下がるぞ!」

 そして今もまた、北条軍を押し込みながらゆっくりと下がる事に成功している。少し態勢を整え、そこから改めて攻撃をかける。目標はわかっているのだ、焦る事はない。


 そのために自ら殿となり兵たちをほぼ占拠した三の丸へと下がらせた政宗であったが、いきなり何かの物体が落ちる音がした。


 刀剣にしては金属感のない音に政宗が振り向いてみると、そこに一本の刀が飛んで来た。


「危ない!」


 政宗が斬りかかる前に伊達成実が叩き落したその刀は既に刀身のありとあらゆる所が血塗れになっており、既に何人もの人間の命を奪って来た跡があった。しかも、それにしては妙に新しい。

 まさかこの戦でと思ったが、その落ちてきた物体の正体を見てすぐ気が付いた。




「北条、氏照……!」




 北条氏政の弟が、こんな姿になっている。


 戦場に出て来たなら見ていたであろうはずのそれを見ていない以上、答えは明白だった。


「源義経……!」



 義経は、自分の邪魔をする存在を斬り捨てた。


 最後まで、燃え尽きるまで戦おうとすると言う欲望を満たしてくれない存在を。


「……簡単には勝たせてくれんと言う事だな!」


 政宗は気持ちを害されたと言わんばかりに吐き捨てた。

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