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戦国霊武者伝  作者: 宇井崎定一
第九章 呪詛との戦いに垣根なし
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あまりにも虚しくとも

「風魔忍びはもう機能しておらぬのか…」

「松平軍が風魔小太郎を討ち取ったようです」

「そうか」


 秀吉の言葉は輝いていない。

 本来ならば風魔小太郎と言う存在を取り除き、風魔忍びの力を封じた時点で戦は終わっているも同然のはずだ。


 実際風魔小太郎の死と松平軍の攻撃により風魔忍びはほとんど全滅し、小田原城はほとんど自由になってしまった。

 小太郎の死の前後から半蔵の伊賀忍びや真田の真田忍びが次々と小田原城内に侵入し、打ち合わせ通り武器庫を焼いている。

「でも今ある武器がある限りは来ると思いますが」

「そうじゃな。じゃがもう次がない以上答えは三つしかない、わしらの武器を奪うか、素手で向かって来るか、それこそ自害するか」

「降伏はしないのですか」

「片倉殿、貴公はもう少し頭を柔らかくすべきです」


 秀吉の人質となってから政宗並みに秀吉の側に居させられている片倉小十郎であったが、こうして大谷吉継や秀吉に突っ込まれる事は一度や二度ではなかった。その度に秀吉の苦笑を買っては、小十郎は落ち込んでしまっていた。

「なあ小十郎殿よ、貴公を見ていると佐吉を思い出す」

「石田殿はあくまでも!」

「そうじゃ。あいつはあくまでもわしのために動いていた。じゃがそれゆえに自分の手で全てを解決しようとしてしまった。小十郎殿は伊達左京殿が信じられぬか?」

「そのような、と言いたいのですがしかし正直あまりにも危うく…」

「危ういのはわしも変わらん。いい年して母上と女房に説教される運命がこれから待っておるのじゃからな」

「その節は大殿様が…」

「ほれ、またすぐそうやって謝る。それがその方の楽しみと言うのは戯れとしても、そうやって頭を下げている自分に酔うな」



 小十郎は思わず吹き出した。


 政宗からも似たような事を言われたが、自分なりの必死に誠意を込めたはずの対応が第三者の秀吉からもうぬぼれと見えていると言われたのはかなり打撃が大きかった。


「……いえ、決して……」

「武士である事は悪い事でも良い事でもない。官兵衛からの受け売りじゃが武士と言うのは案外簡単になれる。武士であろうと思えば武士じゃ」

「そんな!」

「武士と言うのは生き方であり、肩肘を張るだけなら誰でも出来る。時にはじっと見守るのも家臣の役目であり、武士に限らず守る者の役目でもある。頼朝はそれが出来なんだ故にこうして今名を落としてしまっておる……義経公を信じておれば良かったのにのう…………」

「ですがその、誰かが為政者を諫めねば暴走を起こして取り返しのつかぬ事となります!」

「じゃからそれが目の前の北条、いや義経軍じゃ、見ろ」

 


 秀吉の振った杖の先では、豊臣軍と義経軍の戦いが繰り広げられている。



 豊臣秀康率いる部隊がきちんと整列して武器を振る中、義経軍の兵はむやみやたらに武器を振り回している。闇夜に鉄砲であるとは言え当たらない訳でもないが、その大半は弾き返されるか、吹っ飛ばされる。


 そして、そのまま殴りかかって来る。


 確かに勢いはあるが、所詮は素手である。



「何が何でも敵を倒す。それが、義経公の時代の武勇じゃった。鎌倉武士は庭に生首を飾っておったとか言う話まである」

「……」

「武士がおとなしくなったのは、むしろ今の時代の流行かもしれぬ。元々荒々しいと言うか獣のような存在が武士であり、義経公と言うかその時代の武士の薫陶を受けてしまうと皆ああなるのかもしれんな」

「北条の色はどこに行ったのです!」

「それを上書きするのが義経公の力じゃ。ま、平たく言えば理屈に囚われるなと言う事じゃよ」

「でしたらなぜそう落ち込んでおいでなのですか」

「わかるじゃろう。わしは降伏するとは一言も言っておらん。こんな情勢でありながら目の前の全く可能性のない勝利を追って来る。武器を奪うとか言う方がまだ現実的じゃし、ここで逃げたり自害したりしても汚い真似をしたわしのせいと言う事で名前に傷は付かん。素手で殴りかかるなど愚策中の愚策よ…と、今の武士からは見えるのじゃろうな」


 古い時代の常識が今でも常識とは限らない。今の時代で生首を飾るような真似をすれば恐怖政治と言われ民の心は離れ、それこそ国そのものが滅ぶ。

 ついでに言えば鎌倉武士も鎌倉武士ならその時代の民もその時代の民だったらしく、それこそ領地争いのために武士はおろか百姓や坊主まで殺し合いをやっていたような時代だったらしい。今でも百姓の利益のために戦を起こすとか言う話もあるが、それでも百姓自ら戦いに志願して人殺しをし合うとまでは行かない。そっちのがよっぽど非効率だと武士も百姓もわかっているからだ。




「この戦の先に何があるのでしょうか」

「とりあえずの戦乱の終わりじゃな。そしてその先には、戦乱に飽きた連中が天下を占める時代が来る。とりあえず残った戦乱の種を一つ一つ潰して行く時代が来るじゃろう、いや来させねばならぬ」

「乱世を歓迎していた人間にとっての苦難の時代の始まりですか」

「だからもうこれ以上酔うなと言っておる…いや、ここまで来ると完全に性格じゃな。もう良い」


 秀吉が佩刀を抜いて小十郎に突き付けるが、小十郎は微動だにせず佩刀をにらみ付けるばかりだった。

 その小十郎に向けて、秀吉は佩刀を逆手に握り腹を殴った。


「ぐっ!」

「そうやって深刻になるのが快楽だと言うならそれこそ俗人である事をやめた方がいい。義経公が頼朝から嫌われ、いや恐れられた理由の一つもそれじゃ」

「……!」

「義経公はあの時代の武士としては澄みすぎておった。いや今でもか、佐吉ですらああなってしまったのじゃから、当時のまだ未成熟な存在からしてみれば恐怖の対象でもあったじゃろう。このままでは粛正しているはずが粛清されるぞ」

「……」

「確かに武者は勝つ事こそ本領である、じゃが百姓とて勝ちたいのは同じ。

 敵は何も戦とは限らず、獣やら風雨やら、いくらでも敵はおる。その敵を全て排除しきるのは不可能じゃ、太陽さえも過剰な熱気を出せば害となる。わしは、と言うか豊臣家がいくら信頼を得ていたとしても、いくら優れたやり方で世を治めんとしても必ずやそれを嫌う者はおると思っておる。いずれはその不信がふくらみ壊れる。これはもう、間違いない事実じゃ」


 秀吉に言わせれば、絶対的な存在など何もない。

 黒白など何もない時代が終わり一つの秩序が築かれる時代が再来する、と言うか再来させるのが役目ではあるがそれでも鎌倉幕府や室町幕府のようにいつかは壊れる事。太陽や水も絶対的な味方でも敵でもない事を知っている元百姓の秀吉から言わせれば、小十郎は三成以上に悪い意味での逸材だった。

「言いたい事があれば一度、いや二度三度と飲み込め。その上で必要だと思って初めて口にせよ。それとも何か、言い始める前に行動されるのでそれでは追いつかぬとか申すのか」

「はい……」

「それでは左京大夫殿は大きくならん。その成長のためには左京大夫殿の失敗を黙って見届けた上でどうするか考えねばならぬ。父母はまだ健在でありそなたまでおる以上、失敗を糧とするだけの時間も環境も整っておる。

 確かに童神様は父親を救い伊達を大きくしたが、同時に左京大夫殿が大きくなる機会を奪った。どうしても小言を申すのをやめられぬならば、童神様とやらに怒りをぶつけよ。仏教には仏敵がおり、耶蘇教にも悪魔とやらがおるようにな」

「………………」



 小十郎は、負けを認めるより他なかった。


 自分はいったい何のために動いていたのか。

 自分からしてみれば政宗のためであったはずの処置がいつの間にか自分の心の安寧のためになり、主人の成長を阻害する。それは確かにあまりにも理不尽だった。


 次々と襲い掛かる理不尽を前に必死に負けまいと自分では理性を保っていたつもりでいたが、いつの間にか自分が一番理不尽になってしまっていたのか。


「ああ、まあ伊達左京殿の様な天才はめったにおらぬ。もし相手が凡人でかつ四十路過ぎならばそなたは正しい。じゃが六日の菖蒲と言う言葉もある」

「相手を見極めよ……」

「ああ。その上で立ち向かわねばならぬ。九九九人に通じても一人に通じぬ事もある。千人にひとりの才人に当たったのは幸か不幸か…あ、一千万に一人かもしれぬがのう」

「わかりました。お館様が万一の時にならぬ限りは黙って見極める事とします」

「それが良い。人に任せられぬ者は将になれぬ。義経公もその事だけは覚えておいでのようであるがな……」



 源平合戦の時代に秀吉の様な身分も戦闘力もない男が出世栄達する道はおそらくない。

 その点では才能が発揮されるか否かは運命的であり、この時代に生まれて正しい道を歩んでいれば名を挙げた存在は山のようにいるだろう。逆に源平合戦の時代に居れば出世栄達出来た人間もいたのは間違いない。



「ゆえにこの戦は虚しい。勝たねばならんが勝ったとしても残る物はない。それでもやらねばならぬ。英雄を、英雄として終わらせるためにな!

 さあ、攻撃をかけよ!」



 そして源義経は、才覚を生かし、英雄として死んだ。


 だがその才覚を今生かした結果は、あまりにも虚しく悲惨なそれでしかない。

 なればこそ、鎮めねばならない。


 秀吉は小十郎を小突いた時ですら浮かべていた笑みを消すと、佩刀を振り下ろして小田原本丸へと差し向けた。

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