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戦国霊武者伝  作者: 宇井崎定一
第九章 呪詛との戦いに垣根なし
124/139

「全ては主のために」

 ここで時は少し遡る。







 東門でもまた、戦は始まっていた。


 

 だが西門と違い、五月二十六日時点では奥州統一連合は城門跡を明け渡していた。



「小競り合いと言うには打撃は多い。正直短兵急とも言えるが決して都合が悪い訳でもない。こっちにとってはな……」


 西門と同じように「大きな衝突はなかった」が、小競り合いは起きていた。

 と言うか東門を意図的に明け渡した所に北条軍がやって来て罠にはまって打撃を受けてと言う展開が何回もあっただけであり、ここ数日の小競り合いで奥州統一連合の死者は十人なのに北条軍の死者は五百を超えていた。


 だがそれなのに政道の言葉は歯切れが悪く、綱元も苦い顔をしている。



「しかし戦果そのものは大きいとは言え小田原城への再突入が出来ないと言うのはどうにもよろしくない。それに期日は明日なのであろう」

「ここに来て命を惜しむ訳でもありませんが……それにしてもあれは異常です」

「兄上、いや総大将様はわかっておいでなのであろう。対策がないと言う事も」

「ここ数日の戦で士気は上がっておりません」

「理屈が通じる相手ではないとわかってはいるがな……」


 城門跡で多大な戦果を挙げているが、そこから先に進めない。

 その原因は全て、一人の男だった。


 毎回のように敵を引き付けては倒すことが出来るのだが、ある程度戦果を挙げると毎回あの男が出て来る。

 政宗の方針もあり兵の数を減らすことを目標にしていたから奥州統一連合軍はその男に構う事はせず矢弾をもって兵たちを狙うが、その男が突っ込んで来ては隊を乱される。


 もちろんその男に向けて集中攻撃をかけようとした事もあったが、これがうまく行かない。

 

 あまりにも素早い薙刀の振り回しの上に力もあるから首は斬られないが刀を折られ、あまりにも素早い身のこなしにより攻撃は当たらず、当然他の兵への攻撃は緩んでしまう。その間に北条軍は踵を返し、打撃は与える事が出来ても致命傷にはならない。

「一応十対五百と言う事を言い聞かせてはおりますが」

「気分としては十対五百ではなく百対百、いや五百対十だろうな…大浦殿もかなり苦悩している。戸沢殿がどうしても出て行きたいと聞かないらしくてな」

「戸沢様は既にご承知なのでしょうか」

「ああ。やはりあの松田憲秀が、松田憲秀でない事を」




 ————————————————————松田憲秀。




 いや、武蔵坊弁慶。



 その男のここ数日の働きぶりはまさに無双だった。

 こちらが逃げるのが早いから損害は出していないが、北条の打撃もまた決定的にならない。


「いつぞやの戦いは恐ろしゅうございましたな」

「ああ。正確なはずなのにあそこまで当たらぬとは……」


 もちろん奥州統一連合もその弁慶を狙って攻撃をかけ、おびき出して一斉射撃を加えた事もあった。

 だが、なぜか当たらない。薙刀によって弾き飛ばされただけならばまだしも、狙いを込めて撃っているはずの矢玉が何故か左右へと飛んで行く。ひどいのになると眉間へと向かっていたはずの弾の軌道が急に右に曲がってしまったとか胸を撃つはずだった矢が急に失速して弁慶の股下に落ちたとか言うのもあった。

 この一件で人取橋で童神様にほとんど同じような負け方をした佐竹勢は腰が引けてしまい、無邪気に感心する里見勢もまたその力を認めざるを得なくなった。


 その余りの避けように不識庵(上杉謙信)のようだと言い出す兵士までおり、佐竹勢の戦意はかなり低下してしまっていた。

 なるほど、謙信が小田原城にて北条の味方をしているとあらば相当な難関である。


「武蔵坊弁慶もまた、この戦にて全ての無念を晴らす気なのでしょう」


 弁慶は衣川にて主を守り切って死んだ、と言う事になっているがそれは本来ならば主を落ち延びさせることが目的であり、死ぬのはいいとしても義経が自害するまでの時間しか稼げなかった事は悔いとして残っているだろう。

 義経と再会した弁慶がこの時代にて何を話し合ったのかはわからない。だが内容についてある程度想像は付く。

 


 今の源義経に、やはり逃げ場などない。あるとすればこの小田原城に迫っている敵を全て斬り殺すぐらいだがそんな事は不可能だし、現実的な逃げ道を考えても豊臣軍よりは薄い奥州統一連合軍を吹き飛ばしてとなるかもしれないが、既に東相模も奥州統一連合軍が抑えている。もっと薄いであろう北側から上杉軍を突き破って川越城でも逃げ込んだとしても、小田原より堅固でない以上先は見えている。この国に全く人跡未踏の地があるとするならばそれこそ蝦夷地だけであるが、小田原から松前まではずーっと奥州統一連合の勢力圏内であり、そんな所を通れるはずもない。

「義経公が蝦夷地へと渡ったとか言う話は幾度も聞いたがな」

「残念ながら伝説に過ぎない事が今こうして証明されております。ましてやそこから蒙古へ行き元寇を起こしたなど」

「そこまで義経公が人気があったと言う証明だな。そして頼朝公が憎まれていると言う事の…」

「我々にとってもう行きつく先は他にないと言う事でもありますがな」


 琉球も今島津が交易を進めているような状態であり、それこそこの日本列島の住民が知らない日本の地など蝦夷地ぐらいしかない。

 その蝦夷地とて先端部分は既に奥州統一連合の一員となっている蠣崎氏が領土としている以上、今更義経のような奥州統一連合の敵軍がそこまで行く事など出来ない。話によれば夏となっても涼しく米も野菜も取れず冬は平原でも奥州以上の豪雪に見舞われる場所ではあるが、既にアイヌを始めとした先住民もおり彼らとの付き合いについても問題とはなるであろう。

 だが、既にある程度有利な形でアイヌと交易を進めている以上いずれはこちら優位に傾いてもおかしくはない。さらにその先がどうなっているかまではわからないが、それこそこの戦が終わって暇を持て余した連中が駆け付けていろいろやりに行くかもしれない。

 そうなればいずれは…と言うのは自然な流れだった。



 とにかくいずれにせよ、義経がここで死なない道は敵を全滅に近い形で倒すと言う不可能なそれしかない。だがその結果見出した結論が、最後の最後まで戦い抜いて力尽き果てて倒れると言う形によっての死と言うそれである事を政道も綱元も、政宗も為信も輝宗も理解していた。


「総大将様は何と」

「父上には悪いがわしが責任を取ると、全ての責任はわしにあると」

「それが通じるのですか」

「通じる。いや通じさせるとおっしゃっておられる。弁慶を尊敬している上で打つべき手は打つと言っておる。私はそれに乗っかるつもりでいる」

「そうですか、しかし…」

「…兄上は勇猛果敢ではあるがそれだけではない。それだけならば関白殿下の下へ単独で投降し、あまつさえあんな物を持って行くなどとてもできない。それこそ部下のためならば平気で泥水を呑むお方だ」


 そしてそんな存在に対し政宗が取ろうとしている手は、おそらくあまり気持ちのいい物ではない。

 そのやり方では弁慶を成仏させる事が出来ないかもしれないと言う危惧を口にしたくなるが、それでも政宗は構わぬと割り切っていた。


「では弁慶が怒り狂い伊達に厄災をもたらそうとも構わぬと」

「ああ。関白殿下と話し合われ京と鎌倉と衣川に義経公たちの功績を称え魂を沈めるための寺社を建立する事で話は付いている。関白殿下も泥水を啜る気だろう」

「確かに潔くはあります。されどその潔さがむしろまずかったのでは」

「頼朝は責めてはならぬ事を責めてしまい、その上でその事を恥じなかった。その結果忘恩の徒の烙印を押された。関白殿下も兄上も、是々非々は出来ていると私は思っている」

「死人に口なしですか」


 おそらく秀吉も政宗も、いざとなったら全ての責任を頼朝に押し付ける気でいる。

 実際為政者と言うのはそれが役目だし、この戦国乱世でも何人の城主が城兵の命の安全を保証させるために死んだかわかりはしない。その点で行けば頼朝はある意味勝者の特権とでも言うべき勝ち逃げをした戦犯だし、義経の話と相まって最も責任を押し付けやすい相手でもある。潔い話ではないが、それでも落としどころとしては悪くなかった。



「いずれにせよ、我々はかの弁慶の相手をせねばならぬと言う事ですか」

「そうだな。だがそれは、総大将様自らに比べれば簡単な行いだ。それに……」

「ええ。この上ない責任者がおりますからな」


 そしてその際の作戦の実行役に最も適当な存在がいる事を思い返し、政道は薄笑いを浮かべる。

 確かにその人物ならば、こんな役目もやってくれるだろう。自分たちは少なくともある程度良い子で居られるし、おそらく本人も乗り気だろう。


「で、我々はどうするのです」

「後を追う。どうせ小田原の将兵はほぼ一人残らず命を賭して向かって来るだろう。そして総大将様の行き先は打ち合わせ通り北だ。我々は南へと向かう。そして豊臣軍と合流し先へと進む」

「はい」

「で、私は兄上に会って来る。水杯を交わさねばならぬからな」

「いってらっしゃいませ」




 総大将様と兄上、その使い分けが出来ている政道を綱元は安心して見ていた。 

 

 そしてそれと同時にその使い分けの出来なかった弟と、その未熟を絶対悪であるかのように責め立てた兄を思い、内心でため息を吐き手を合わせた。

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