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戦国霊武者伝  作者: 宇井崎定一
第九章 呪詛との戦いに垣根なし
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服部半蔵、小太郎との友情

「ぐうっ…!」


 西門から二つに分かれていた通路の右側の部隊の残党兵を井伊直政に任せ、左側にあらかじめ入っていた加藤清正軍に加勢した松平軍は、あっという間に優勢になったはずだった。



 だがいきなり、数十名の精鋭が現れた。彼らは宙を舞い刀を振り回し、勢いと戦意だけで動いていた北条軍の兵たちに慣れかかっていた加藤軍をあっという間に後退させた。そしてその勢いのままに松平軍にも襲い掛かり、今大久保忠隣に彼らの隊長らしき男が襲い掛かっている。

 顔面そのものは案外と平凡で大道寺政繫のように血走っている訳ではなく、その上で人殺しにためらいを抱く事がない。



「……拙者にお任せを」

「うむ」



 ()()で名乗り出た存在に気付いた家康はうなずき、自らは他の兵へと向ける。

 その家康に向けて飛ぶ、一本の小柄。もちろんすぐに跳ね返されたが、その一撃が松平軍全ての動きを固めた。


「我々はこちらを突破し北門へと向かう!」万千代!任せたぞ!」

「はい!」


 

 精鋭軍団を置き去りに、左側の軍勢への総攻撃をかける。無論道幅が道幅なので数で押し潰す事は出来ないがそれでも構わぬと割り切る事が出来るのが家康だった。

 家康は秀吉ほどには感情的、いや感傷的ではない。若い時は血気盛んな自分を恥じるように狸親父呼ばわりされる程度には狡猾な策略家を演じられる事の出来る人物であり、人の生き死ににもいい意味で鈍感だった。


 この戦いにより定まる秀吉の天下への不安があるとすれば、彼が断を下しきれない事だ。

 その際には何と言われようが自分が天下を取って静謐にしてやるつもりだったが、現状ではそれも叶いそうにない。

(なればこの戦にてその名を挙げ、大戦後を優位にするより他ない。奥州統一連合は滅びこそしないが消える以上、彼ら一家一家とほぼ同じ力があれば粗略にされる事もない。その地位を生かし、北条とまでは行かないにせよ足利のようになるのも悪くはないか)


 族滅に次ぐ族滅を生き延びたからこそ足利氏は次の天下も取れたし、大江氏だってその族滅から逃げ切ったから毛利元就を産み出し現在の地位を得た。その程度には家康はしたたかでもあった。




※※※※※※




「…………」


 感情を、殺していた。


 ただただ一人でも多くの敵を討ち、名を挙げて死にたかった。今更武士になる気もないはずなのに、人殺しに集中していた。


 忍びが天守閣に入り大物を秘かに殺すとか言うのは絵空事だが、それでも生中な武士などに負けないほどには修練も積んで来たつもりだった。

 だがそれはあくまでも忍びとしてあちこちに侵入しまた逃れるためであり、人殺しの技は正直余芸だった。無論小太郎そのものの身体能力は桁外れでありそれだけでも戦えたが、それでも相手が強くなると倒しきれないのが現実だった。


 敵は松平軍。

 最後の相手としては悪くないが、忍びとしてはどうしても数を稼ぎたくなる。

 大将首を取った所で見せる相手もいないし、道連れとか言うほど意地汚くもない。

 と言うか今の北条そのものを道連れにしようとしている源義経に愛想を尽かしているからこそここにいる訳であり、戦い尽くして結果的に敵将を討ってしまうのはともかく最初から敵将と無理心中するような死に方は全く不本意でしかない。


 敵の正確な名前はわからないが、おそらくは大久保忠隣。大久保忠世の長男で大久保家の次期当主候補と来れば悪くない相手だが、それでも手間を取られてしまう。また自分に付き合ってくれた忍びたちも同様に大久保軍の精鋭を倒しきれず、時間ばかりが無駄に過ぎて行く。

 忍びゆえに攻撃を避けるのは苦手ではないが、それでも膂力がどうしても足りない。平たく言えばどちらも攻撃力不足であり、永遠の千日手だった。

 そうなればその間に他の場での戦が動く。北条軍は奮闘しているが大道寺政繫が北門に行ってしまった事もあり流れはどう見ても松平軍有利であり、遅かれ早かれ北条軍は突破されるか全滅させられるかである。

 家康の性格からして無視して突破される事はなく、おそらくは全滅。でないとしても戦闘能力は奪われる。三の丸へ逃げる事は出来るかもしれないが、それはこの先の北門への攻撃を許す事になる。


 そうなれば次はどう考えても、自分だ。死ぬのはいいが、少しはましな方法で死にたい。


 その最後の願い事を叶えてくれる敵を、風魔小太郎は探していた。



「寂しい物だな……」


 

 その小太郎の期待に応えるように飛んで来た、声と槍。



「半蔵か…」

「いかにも…」



 忍び装束などではなく、足軽頭としてそこに立つ男。



 服部半蔵正成。


「北条は戦力としてそなたの力が必要であったか……まあ事ここに至っては合点が行くが」

「拙者はそんなに真摯ではない。ただむなしくなっただけだ」

「源義経に負けたか」


 半蔵らしくもないトゲのある言い草だったが、今の小太郎にはありがたかった。


 十数年、いや何十年と付き合って来て初めてとも思えるほどの多弁を聞かされて気合も入り、同時に死に場所を見つけた気にもなった。



「そなたら、敵将は任せた。拙者は最後の戦に挑む」

「来い」



 小太郎と半蔵は、お互い忍びであるのを隠すのをやめた。二人して得物を捨て高く飛び上がり、懐の刀で斬り合った。


 その二人の姿を追いかけるように、息を吞むような音がする。


「お互い、宙を舞う刃には辛酸を舐めて来たか……」

「修羅には修羅で立ち向かわねばならぬ……」


 半蔵は上田城にて宙を舞う刃————源義経の刃———によって榊原康政を失い、風魔小太郎と言うか北条は童神様こと義経の息子の宙を舞う刃によって勢力伸長を果たした伊達政宗によって今日の苦境に陥っている。

 北条(源義経)の兵にとってはと思うかもしれないが、北条氏政の肉体を奪い取ってからの義経はそんな事などしておらず兵たちにとっても初見だった。



 二人の姿が両軍の兵たちの上で交錯し、二人とも小田原城の兵に飛び乗る。

 そのまま二人して北に走り、両軍の衝突域から一町(一一〇m)ほど走り、そこで二人して同時に音もなく着地する。


「どうしてこっちに来た。そのまま城を出れば関白を狙うもよし逃げるもよしだぞ」

「親切痛み入る……だがその前に貴様を斬ってからだ」


 小太郎はついに、忍びを隠すことなく得物を投げ付ける。言うまでもなく、手裏剣だ。半蔵もまた足軽頭の姿のまま、同じ物を取り出して投げる。

「貴様はまだ生きるのであろう、そんな事をしていいのか」

「構わぬ。忍びは表に出ずとも忍びで居られる。顔の割れておらぬ伊賀忍びなど山と居る」

「上杉謙信の言葉を知らぬ訳でもあるまい…死なんと戦えば生き、生きんと戦えば死すると……」

「拙者を討っても貴様は死ぬのだろう。無為に犠牲を増やして」


 小太郎にとって、半蔵は最後の相手としてふさわしい存在だった。だがそれでも負ける気はなく、勝った上で死にたかった。そのためならば何でもするのが忍びであり、卑怯者と言われようが構いはしなかった。

 無論半蔵もまた引かない。口だけでなく手をも動かし、隙を見つけ斬りこんで行く。

 


 西門側と北門側から聞こえて来る戦の声を音楽に、二人の忍びが命を賭け合う。

 半蔵が右から斬り込めば小太郎は左から斬り返し、お互いの体を狙おうとする。短い忍び刀同士だからぶつかり合う事はないが、それでもそれなりの戦いは繰り広げられていた。

「フン!」

「喰らえ!」

 二人して気合を入れて得物を突き出す。その一撃を読んだ上で避け、すぐさま次の一撃を繰り出す。


 見る者が見ればすぐ忍び同士のそれだとわかる戦い。




 いや、喧嘩。



 一騎討ちとか言うにしては馬にも乗らず槍や薙刀なども持たず、目を凝らさねば見えないような短い刀で斬り合いもしない。しかもお互いの顔が見えそうなほどの距離でしかない。

 要するに遠目で見れば見るだけ、二人は殴り合っているだけのように見える。違いがあるとすれば殴られ合っているのではなくかわし合っているぐらいだが、そんなのは誤差でしかない。


 小田原城までやって来て、原始的極まる喧嘩。


 まるで初めて武士が表舞台に立つ事となる保元の乱の時のような、いや平将門の乱、それどころか壬申の乱以前のような幼稚な喧嘩。

 

 その事に気付いたら、二人はどう思うだろうか。 


 そしてその時どうするだろうか。


 その答えが、運命を分けた。




「ぐっ!」


 半蔵は、左の拳で小太郎の首根っこを叩き、右足で胴を蹴りにかかった。足はかわされたが拳は当たり、小太郎の体を揺らめかせる。

 そしてその一撃に乗じるように半蔵は次々に左の拳を叩きつけ、小太郎を吹き飛ばす。

 もちろん小太郎もすぐに体勢を立て直した、はずだったのだがそれ以上に心理的動揺が大きく体が思うように動かない。


 その間に半蔵は懐から手裏剣を投げ付ける。


 小太郎はあわてて忍び刀で弾き返すが、その間に半蔵は体勢を整えて突っ込んで来ていた。


 

 あれほどまでに待ち望んでいたはずの瞬間の待望の到来にも関わらず、小太郎の体は動かない。

 あまりにも潔すぎる。最初からこうなるために今まで動いて来たの様に、足どころか全身が動かない。


 無理矢理右手を動かそうとするが、間に合わない。


「あ、ぐ……!」


 胸に深々と刺さった、忍び刀。

 辛うじて急所だけは長年の経験により外したものの、傷はとても深く血が止まる気配はない。

 そしてもちろん半蔵は深追いなどせずサッと忍び刀を抜きながら飛び退き次の隙をうかがう。小太郎の血が小田原城を染めてもなお、半蔵に油断の二文字はない。


 流れ出る血のおかげでようやく目を覚ました小太郎であったが、もはやなすすべはない。

 逃げる事さえもできないし逃げたとしても助からない。


「あああ!」


 最後の気合を込めて、半蔵へと突進する。



 しかし、半蔵はそれを許す男ではなかった。



「小太郎…さらばだ」



 小太郎の胸に刺さる、二枚の手裏剣。


 急所こそ外れているが出血をもたらすには十分であり、小太郎は仰向けに倒れ込んだ。



「小太郎、辞世の句はあるか」

「そんな物は用意していない……」

「わかった……」



 ここで死ぬはずだったのに随分と用意の悪い存在が亡骸になったのを見届けた半蔵はその亡骸を担ぎ上げ、小田原城から出た。


(死ぬまでは生きるとする……その前に適当に場所を探してやろう……)


 もしあの時これが喧嘩だと気づきその虚しさを振り払っておらねばこうなっていたであろう存在を抱える半蔵の目は、その亡骸と違い沈んでいた。

 まだまだ生きねばならない。宿敵であったはずの小太郎よりもっともっと重い存在を倒すために。


 半蔵は、勝利の虚しさを胸に抱えながら小高い丘を探し求めた。

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