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戦国霊武者伝  作者: 宇井崎定一
第九章 呪詛との戦いに垣根なし
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決断の日

 天正十七年、五月二十七日。




 いよいよ、その日が来た。

 小田原城突入からその日までは小競り合いこそあったもののどちらも大きな攻撃もなく、ただただ時間だけが過ぎて行った。


「でも向こうの兵たちがよく耐えた物ですな」

「別にこっちとて何もしなかった訳でもない。わしらは松平の、奥州統一連合は真田の忍びを使い小田原を探らせておった」

「今更ですが出来るのですか」

「出来た。どうもここ数日風魔忍びの活動が鈍くてな、それでどうやら中途半端な攻撃をかけるのを氏政、と言うか義経公が止めているらしい」

「自ら立ち上がって関白殿下と一太刀交える気とか」

「かもしれぬ。最後の最後まで戦いきれなかった無念を晴らすため、それこそ首を取るまで終わらんじゃろう」


 北条氏政《源義経》もまた、最後の決戦の日を待っている。かつては命を燃やし尽くして戦う事の出来なかったその悔いを断ち切るために。

(頼朝に対する無念はもう晴れたのであろうか…されば重畳なれど、いや……)

 源頼朝への複雑な思いを抱え込み、それ故にこの世に戻って来た源義経。だが義経がもしその頼朝への思いを清算したとして、後に残るのは何か。それがもし、「正々堂々とした戦い」であったら—————と言う疑問を秀吉は抱いていた。もちろん予想していたからこそこうして準備を整えて来た訳だが、それでもいざとなると気が重い。


「武士とは元来、お行儀のよろしい職業ではございませぬ。それこそ朝倉宗滴が申したように武者は犬畜生と言われようとも勝つ事が本題でございます」

「じゃがわしは武士ではない。そんな存在が武士の興りのような存在に認めてもらえるのじゃろうか」

「ですから武士とは身分ではございませぬ、心構えにございます。人殺しに後ろ指を指される覚悟を持てばそれが武士です」

「簡単なもんじゃな、口にする分には」

「言うは易く行うは難しです」

「まあ確かに軍を率いると言うのは兵たちを殺すのと変わらんからな。犠牲者のないの戦いなどあり得ん。じゃが減らす事は出来るしそれが将の務めである。されど、此度それは許されそうにない…………」


 秀吉が弱音を吐けるのは、おねと秀長と黒田官兵衛だけだった。

 だが秀長は最近病の床に伏しておりおねに戦の話など出来ない。

 その官兵衛を一旦遠ざけてしまった秀吉はその過ちを悔いながらも、結局はその官兵衛とも離れねばならない現実から目を背けたくなった。

 現状の黒田官兵衛の石高は十二万二千石しかなく、とても功績に見合ってなどいない。既に九州から武相二カ国八十万石相当に移す旨伝えてはいるが、大坂どころか尾張からも遠い地である事には全然変わりない。


「兵たちに伝えてくれ。責任は、わしが負う……それが将の仕事じゃろ」

「はい」

「死ぬなとは言えぬ。わし自ら戦う事も出来ぬ」

「それでも大将が務まると言う事を見せれば義経公も時代を認めざるを得なくなりますまい」

「右手を握り合いつつ左手で刃を持つ、か……わかった。やってみせよう。どうか頼む」

「関白殿下…いや筑前殿はそれだからよろしいのです」



 筑前とか言う、官兵衛にしか許されない呼び名。主がくれた名前で呼ばれるだけで秀吉の体に力がこもり、意欲も湧いて来る。




「後は我々にお任せ下され」

「頼むぞ。よし、全軍、一気呵成に攻撃をかけよ!小田原を落とす!」




 関白・豊臣秀吉の号令により、ついに小田原城への一斉攻撃が開始された。



 そして少し遅れて、奥州統一連合もまた小田原城への本格的な攻撃を開始した。


 

 いよいよ、最後の戦が始まったのである。




※※※※※※




「このぉ!」

「覚悟ぉ!」


 既に小田原城に侵入していた豊臣軍及び奥州統一連合の兵たちと北条軍が叩き合う。

 斬り合いでも突き合いでも撃ち合いでもなく、叩き合い。と言うか殴り合い。

 北条軍の兵が刀でも何でもないただの鉄の棒を鈍器の様に振り回し、豊臣軍の兵もそれを受け止める。城内と言う環境を生かし数の差をごまかせるのをいい事に北条軍は向かって来る。



 一方で豊臣軍もまた、ひるむ事なく立ち向かう。

(兵たちの頭も義経公のそれになっちまったのかよ…………)

 先手大将の任を請け負った福島正則は内心苦笑しながら兵を進める。本来敵城の通路と言うのは前だけでなく横や上からも攻撃が飛んで来るからとてもやすやすと通れる物ではないはずだが、小田原城に入り込んでから数日経ったのにそんな攻撃を一度も受けていない。あまりにも何もないのでいったん後退してみたが全然そんな様子もなく、罠かと思っていると向こうが仕掛けて来たのはあくまでも城の通路を通っての正々堂々とした戦だった。これでは城の意味などない。


 小田原の様な築城技術がいつ頃出来たのか福島正則は知らないが、少なくとも源平合戦の時代にこんな城はないと言うか、百年は越えない事はわかっている。

 なお正確には源平合戦の時代にはあったが現在の様なそれになったのはほんの二十年前であり、義経が知る訳もない。義経が北条氏政の体を手に入れたのは一年ほど前であり、その後は北条の当主としていかに振る舞うのかと言う事と兵を鍛える事に懸命になっていたため城の仕組みを把握する余裕はなかった。無論将兵は把握していなかった訳ではないが、兵たちが源義経に振り回されているからそちらへと動かない。


 文字通りの猪突猛進の死兵と化し、敵を殴り飛ばすためだけの存在と化していた。


 


 正直な事を言えば、小田原の兵の質はそれほど高くない。

 元から小田原の民に慕われていた北条氏政にあの源義経が乗っかった結果多数の兵が志願し北条軍の数そのものは膨れ上がったが、専門家でもない兵の能力など知れている。一応激しい特訓を積んではいたが所詮は付け焼き刃であり、実戦経験のない農兵でしかない。

「この野郎!」

 にわか仕込みのそれで乱暴に振り回し、どっちが刃だろうが構う事なく振り回す。確かに勢いと力はあるから当たれば痛いが、斬れる訳ではない。

 何本もの北条の刀が豊臣軍の兵の胴や頭を捉え、体勢を崩させたり頭をふら付かせたりする。

 だが、斬れない。元からそんな兵に与えられる武器は安物の数打だから鋭い訳ではないが、それでもまともに使えばそれなりの破壊力はあったがそれが生きない。もちろん豊臣軍の兵とて余裕はなかったが、それでも基本の動作ぐらいは学んでいた専門家の兵だった。ちゃんを刃を下にし、相手を斬る事を踏まえて振り下ろす。その上で刀背で受け止め、相手の攻撃を弾き返す。一番下っ端の兵でもこれぐらいの事はやってのけていた。


 もっとも、それはここにいたのが福島正則の配下と言うよりその正則の配下と言うか副将になっている黒田長政の父親が育てていた黒田軍が多いからであり、実際の福島軍はほんの百数十名の精鋭と新兵しかいない。この点は石田三成軍に近いが石田軍よりより極端であり、秀吉もまた正則のいない「福島軍」がその程度に過ぎないからこそ黒田軍の一部を割かせた。

 もっとも正則と長政は折り合いも良く両者の兵たちの親和性もあったからこうして一緒に戦えており、実際に質で勝る精鋭たちの活躍により北条軍を押し込めていた。



 そしてついに、壁が破れた。

 激しい殴り合いの末に、北条軍が敗れ隙間が生まれた。

「後続は!」

「既に突入しております!」

「よし、俺達はこっちを突っ切る!」

 数に任せた強引なやり方ではあるが、それでも押し切る事には成功した。福島軍はこの勢いのままにとばかり、右側から仕掛けて来た部隊を踏み越えて進む。


「狙いは南門だ!」


 西門から入った軍勢が右から来た敵を押しのけて進めば、行先は南だ。


 唯一攻撃をしていない南門を塞ぎ、北条軍を完全に包囲する。いくら相手が死ぬ気だとは言え、もし今日一日で決着が付かぬのならば逃げ道を塞ぐのは悪くないとばかりに福島軍は進む。

 小田原を中白旗を差して駆け回る集団を止める事は、誰にもできない。出来るとすればこの先にいる奥州統一連合だけとばかりに南門を目指すその部隊の足取りは極めて軽く、ついさっきまで激戦を繰り広げていたとは思えないほどだった。

「今頃奥州統一連合はどうしているか!」

「奥州統一連合は数に限りがあり、おそらく東門を突破としたとしても行く先は北門でございましょう。上杉も守らねばなりませぬ故」

「そうだな!ならばこっちは南門をやってやろうではないか!」


 福島軍五千は、我が道に敵なしとばかりに魂の炎を燃やす。何の憂いもないとばかりに走り、南門に待ち受ける敵の姿を思い浮かべる。




 その後ろで行われていた松平軍と、北条軍のあまりにも悲壮な戦いなど知らずに————————————————————。

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