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戦国霊武者伝  作者: 宇井崎定一
第九章 呪詛との戦いに垣根なし
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「恐ろしき勇士ゆえに」

 その夜。


 何とも中途半端な結果に終わったその日の戦を振り返るように政宗は綱元、盛安、それと政道と共に座を囲んでいた。


「誰も勝った気などしないと申しておりました」

「わしとて同じ気持ちだ。総大将が現を抜かしておったとは言え…」

「それは当初から総大将様お戻りの際には自ら迎えに行き、その際に敵襲ありし時にはそれがしが隊を率いると決めていたので…しかし北条の攻めは改めて苛烈でありましたな…」


 苛烈な攻めであるだけでなく、防御も堅固。撤退戦もあまりにも鮮やか。

 直接的な死傷者の数で行けば奥州統一連合の方が勝っているが、気分はちっとも良くない。

 

「あんな事を言っておいて小手先の策を施したのが不味かったのかどうかはわからんがな」

「犠牲を抑えるための策は残念ながら通じますまい」

「大浦殿もやはりそう思われますか。正面衝突で正々堂々戦わねば、義経公を満足させられないと」

「いや、兵たちもでしょう。ご覧になられた通り、今の北条軍は兵たちの闘志と忠義心だけならば天下一の軍勢です。互角に戦えるのは島津ぐらいでしょう」

 伊達政宗の言葉に反論する者は誰もいない。

 政宗自身、島津と言うもう一つのこの国の果ての軍勢の戦ぶりに感心すると同時に、今の北条軍とほぼ互角であると言う判定を下さざるを得なかった。

「西門の北条勢の攻撃も苛烈であったと」

「はい。三河守様や黒田殿をもってしても押されてしまうほどには。無論練度と装備の差があるとは言え文字通り一人一殺を企むかなり勇猛な軍勢の集団です。そして此度のように逃げたとしても決して尻尾を撒いてとか言う事はありません。こちらの卑怯な手段には決して屈しないと言う強い心を持っていると言う満天下への宣言とも言えます」

「まさかとは思うが…」

「あれは松田憲秀ではないかもしれませぬ」


 松田憲秀は六十歳であり戦歴もそれ相応だが、為信や政宗ならまだしも真田昌幸ですらこれと言った勇名があるとは聞いていない。良くも悪くも優等生的な主君に似たおとなしい老将であり、此度脅威となるとしても決して猪突猛進などせずあくまでも丁重な兵の出し入れで来ると思っていた。


「武蔵坊弁慶…」

「そうです。おそらくあれは松田憲秀ではないでしょう。いや武蔵坊弁慶かどうかはわかりませんが、義経公の家臣です」

 武蔵坊弁慶。鶴岡八幡宮で政宗が言葉を交わしたあの義経公の忠臣。

 あるいは弁慶以外にも義経公の家臣たちが、ここぞとばかりに小田原城に集まっていると言うのか。

 そんな大浦為信の言葉に対して誰もツッコミを入れないのが、この場の全てだった。


「義経公はとことんまでも好かれておるらしい…」

「そしてわしらはその御霊を鎮めねばならぬ。だがされどおそらく満足して散ったはずの魂を叩き起こして責める事も出来ん…ああ、無責任な話よ!」

「勝ち逃げとはこういう事を言うのでしょうな!」

「しかし現実的な話として、これからどう戦うかと言う事です」

「こちらも死兵を出せと言う事か……」


 続いてそんな流れになるのにも、誰も待ったをかけない。

 比較的地に足が付いていそうな蘆名政道でさえ戦の話と言う名目で否定などしていないのであるから、片倉小十郎などがいたら卒倒してしまいそうなほどである。だがこれが現実であり、もっとも可能性が高い以上否定する事など出来ない話だった。


「そんな存在がいるのですか我が軍に、島津でもあるまいし」

「いない訳ではありませんが数が問題です」

「いるのか!」

「大将様、その時のために取っておいたのでしょう?」

「ああ、うむ…されど大浦殿の言う通り数が問題だ。と言うかこの目の前の戦だけに使っていいのかどうか…相手はどんなにひどい敗戦をしても怯むようなタマではないぞ」

「心得ております。されどいずこかで我々が本気である所を見せねば例え勝ったとしても向こうはこちらに失望します。そうなれば結局は一時しのぎと言う事になりかねませぬ」

「義経公が欲しい物は家族団らんと、武士としての誉れ、そして…」

「繰り言はやめられよ、空から金は降らぬ」

「地から金が湧くかもしれませんが…まあ、自ら地の底へ進んで行った人間に反省の二文字もなく閻魔様も感心するほどに淡々と過ごしているのでしょうな」



 そして、「勝ち逃げ」した男への罵倒合戦にもなる。そもそもまともに評価していれば例えその後の政争などで滅んでいたとしてもこんな事は起きなかった。結果的に奥州統一連合など存在しなかっただろうが、それでも自分たちが尻拭いをさせられる事もなかった。


 その上で作戦会議は進んで行く。秀吉も同じ心境なのかどうか政宗たちは知らないが、少なくとも政宗たちの中ではあの男がそもそもの原因だと言う事になって行く。何も間違っていないが、責任がどれほどあるかはわからない。

 四十路の大浦為信や鬼庭綱元を含めそんな空気を憂える人間もいない中、どんどんと話は進んで行った。




※※※※※※


 


「ふう…」

「どうなさったのです、そんな顔をして!ああいたたた…」


 肩を回しながら痛みを訴えるも顔はまったく泣いていない松田憲秀と、今日一日寝ていたも同然にもかかわらず疲れ切った顔をした北条氏照と言う好対照な顔をした二人の面相は否応なく存在感を放っていた。


「今日もまた多くの兵を失ってしまった…北からも西からも…」

「北はともかく西は大したことはありますまい。上杉はともかく豊臣も奥州統一連合もどうもシャキッとしておりませんな」

「見たのか」

「聞いただけですが、大道寺殿も島津の様な手ごたえある男がまた来てくれれば良いのにと嘆いておりましたぞ」

「ああ、駿河守殿か…上野では大変な思いをしたであろうに」

「そうですな、その屈辱を晴らさんと張り切っておりまして。島津にしてやられたこの前の戦いの無念を晴らさんと自ら出撃し十の首を取ったとか!」


 楽しそうに笑う憲秀に対し、氏照は相槌を合わせる事もしない。

 大道寺駿河守こと政繫は憲秀よりは三つ下の五十七歳であるが、正直憲秀と良くも悪くも似た者同士だった。確かに兵を出し入れする事巧みではあったが勇猛さはなく、年齢からしても自ら敵兵に突っ込んで行くような人間ではない。それが十個の首を取ってくるなど、はったりでなければ兵の質が知れている。そんな所を殺した数を誇った所で何の意味があるのか、とか言う疑問がいかに空しいかなどとっくのとうにわかっている。


「まだ戦いは当分続くぞ」

「先刻承知でございます、まったく年は取りたくありませぬな、本来ならばもっともっと戦いたいのですが…大変申し訳ございませんが、少し横にならせてもらいまする」

「ああそうしてくれ」


 言葉だけは主家のそれであったが、中身はまったく部下のそれだ。

 当主の弟と言う立場からして単独でもかなりの兵を抱えていたはずだったが、今氏照の周りにいる兵は戦前の数分の一になっていた。死んだわけではない。



(何なんだ一体…皆何故蛮勇を重んずるように……)



 小田原に籠城を決め込むのはともかく、そこで兵糧切れを待つでもなくただただ単純に殴り合いに行くなどと言う兵法はない。それで戦果を挙げて相手の士気を削ぐとか言う理屈はもちろんあるが、少なくとも東門における戦はどうひいき目に見ても一敗一引き分けだった。と言うか元々人数が少ないのに犠牲者を出しまくっているから、人数の差がさらに開いてしまっている。いくら人間が少なくなれば兵糧も長持ちするとは言え、戦力がそれ以上に低下してしまっては本末転倒でしかない。

 なればこそじっと構えて小さくとも勝利をつかみ、相手の士気を削ぐのが定石のはずだ。ましてやここが小田原城と言う場所である以上、それを生かさない手などないはずだ。

 

 だと言うのに、その当然のはずの言葉を吐いた氏照の周りから人がいなくなっている。誰も彼もが弱腰と言い、却ってその目を覚ましてやるといきり立ってしまっている。

 それどころか、数少ない氏照に付き従っていた兵たちも脅えだしている。

 豊臣や奥州統一連合のみならず、身内でさえも殺意を向け合っている。内乱になるぞとか吠えてはみるが馬耳東風の体で、その度にため息を吐かれる。



 氏照は、孤独だった。


 氏政に相談してもなればこそ良いのだと一笑に付されるし、こちらがしつこく食い下がると腰を上げて自分が出るとか言い出す。氏政が討たれたらおしまいだと必死に止めてみたが、すると氏政と氏直に泣かれた。


 曰く勇猛果敢で知られたはずなのになぜそんなにも脅えているのだ。

 そんなにも自分たちに戦って欲しくないのか。

 総大将がこんなに震えていて兵たちに失望されたらどうするのか。


 そんな事をしなくても大丈夫ですと訴えてみたものの二人の涙は止まらず、側近の兵たちにも睨まれた。



 外の連中が噂している話が本当なのかもしれない。だとすればもはや、自分の立ち位置などない。


「話が通じるとすれば……」


 氏照は、西門へ向けて歩みを進めた。


 たった一人だけ、この機においても冷静沈着でいられそうな存在に。

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