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戦国霊武者伝  作者: 宇井崎定一
第九章 呪詛との戦いに垣根なし
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松田憲秀の呵々大笑

「皆の者!一歩たりともお館様と殿に近づけるな!」

「来たぞ!一斉射撃!」


 東門から飛び出して来た北条軍の総大将である松田憲秀自ら、東門に構える奥州統一連合勢に向かって突っ込んで行く。

 留守を預かっていた戸沢盛安と鬼庭綱元の号令の下、奥州統一連合は銃弾を放つ。


 織田信長が広めた三段撃ちにより、次々と敵をなぎ倒す。走る速度からして一発で五十人、三段で百五十人、連鎖で二百人はやれるだろうと言う計算の下で銃弾が放たれる。

 もちろん盛安も綱元も、源義経の事とその影響力は知っている。


 だが盛安は二十四歳、綱元は四十一歳であり、戦の経験もまたしかりだった。



「来たぞ!しばらく耐えるのだ!」

「そ、そうだ!敵の攻撃を受け止めろ!」


 一斉射撃と共に、城門があった地点を越えてきた兵たちが次々と倒れる。倒れ込んだ兵たちが狭い所から出て来た兵につまずき…とか言う流れにならない事を、綱元は政道と共に戦った時の経験と、それ以上に肌感覚でわかっていた。

 盛安も頭ではわかっていたが、兵たちがまったくためらわずに仲間の屍を踏み越えている姿とその目に魅入られてしまった結果指示が一段遅れてしまった。

 その結果戸沢軍より蘆名軍の方が早く動き出し、後退した鉄砲隊を守るように槍兵たちが柵の真後ろへと突っ込んだ。

 

 柵の存在にも構う事なく突っ込んで来る北条軍に対し、策の隙間から槍を突き出す。北条軍も力任せに突っ込み、柵を叩き壊そうとする。

 そしてその攻撃の反動で、戸沢軍が担当していた柵がぐらつき始めた。

「何と乱暴な!」

「乱暴と不正解は等号ではありませぬ!今の北条軍はそれこそこのやり方によりこちらの士気を削ぐ事が唯一の勝ち筋と信じておいでなのです!」

 綱元が唱える理屈もそれほど正しくはないが、それでも出遅れるよりは良い。一応この戦場にいて蘆名政道と大浦為信の戦いぶりも見ていたはずなのに出遅れた自分を悔やむように盛安は采配を振り、兵たちを掻き立てる。


「敵はせっかく奪い取った東門を明け渡している!そんな軟弱な軍勢に我々が負ける事などない!」


 憲秀は別に間違っていない事を言いながら奥州統一連合の柵へと体当たりを続けさせる。兵たちは誰一人ひるみはせず、次々と体をぶつけに行く。中には刀剣を振りさえもせずただ肉体だけで突っ込み、柵をぐらつかせようとする者までいる。実際彼らの攻撃による打撃は大きく、柵は戦が始まってから十分もしない内に揺らいでいる。もちろんその度に奥州統一連合軍の槍が飛んで来て北条軍の命は奪われるのだが、誰一人北条軍は気になどしていない。

「仲間のためにも敵を討て!」

 そしてそれでいて兵たちは自分の仲間たちの死を軽んじる事がない。自分たち自身で踏み越えておきながら随分な話だが、おそらくその責任は奥州統一連合に押し付けられているのだろう。無責任と言えば無責任だが、実際に死因を作っているのは奥州統一連合なのだから何とも言えないと言うある意味卑怯なやり方だった。


 もちろん奥州統一連合だってそんな卑怯なやり方を許す気はないが、それでも兵たちを止める事が難しいのも事実だった。猪突猛進とか言った所で、人間だって理由さえあれば猪突猛進ぐらいする。猪武者を馬鹿にして負けた話は古今東西それほど珍しくなく、単にそれを追いかけた方が猪武者になって包囲されたとか言うオチもあればその猪武者を囲もうとして援軍と言うか本隊に叩かれた話もある。

 そして、単純にその猪武者に押し切られたと言う話もある。



「どうしたどうした!こんな脆弱な柵で誰が守れる!」

「ああもう…!」


 ただでさえ戸沢軍は二千程度しかいない上に出遅れており、総大将の蘆名政道が出遅れているとは言え一万を抱えていた蘆名軍と比べるとかなり分が悪い。北条軍もそこを狙って突っ込んで来ており、柵はさらにぐらついている。

「うぐぐ…態勢を変えろ!」

 盛安自ら刃を振るって突っ込もうとするが、副将に馬の尻尾を掴まれて進めない。その間に柵はさらに揺れ、ついに倒れてしまった。

 当然ながら北条軍はその隙間に向けて突っ込んで来ると思い態勢を整えさせたが、北条軍はその穴に入って来ずさらに隣の柵に体当たりしながらその上で突っ込んで来る。取り囲もうとしていた戸沢軍は横撃を喰らってしまい、犠牲がさらに増えてしまう。



「どうやら間に合ったか!」



 そこに飛び込む、若く活発な声。



 蘆名政道か。




 いや!




「総大将様だ!」

「お帰りなさいませ!」

「ありがたい!」


「来たか、伊達政宗!」

 一万二千の兵を率いてやって来た、独眼竜こと伊達政宗。久方ぶりに帰って来た独眼竜の姿に蘆名軍は沸き立ち、戸沢軍も力づけられ、そして北条軍まで燃え上がり出した。


「蘆名様は!」

「大丈夫だ、小次郎を信じよ!わしは目の前の軍勢を叩く!」


 目の前とか言うには、数が多い。北条軍と言うか松田軍は三千はおり、戸沢・蘆名・伊達連合軍二万四千と比べればたかが知れているとは言えそれでも放置はしにくい。

「伊達政宗!正々堂々と勝負せい!」

「悪いが正々堂々を振りかざすにはわしは臆病すぎるのでな!九郎殿にお伝え下され、わしはわしなりに正々堂々とやると!」

 憲秀が吠えても政宗はすまし顔を崩さず、飄々と兵を差し向ける。これが本来の伊達政宗であり、その戦いぶりに蘆名の兵は改めて感心し戸沢の兵は口を軽く開けながら戦った。

 その間にも戸沢軍の前の柵を破らんと北条軍は突っ込み続け、破壊する。当然さらに北条軍は侵攻し、戸沢盛安の首を取らんと欲する。伊達軍や蘆名軍が左右から後方に攻撃をかけようとしているのに構う事もなく、ただただ進む。



「敵援軍あり!」



 そしてその松田軍を囲もうとしていた伊達軍・蘆名軍に向かって城門からやって来る、三つ鱗の旗を掲げた兵。

「ああもう、いい加減にしろ、せよ、しろってんだ!」

 綱元がいら立ちを込めながら叫ぶ。松田憲秀はこの中で一番年長の綱元の混乱に顔を緩ませ、さらに前進を計る。




 だが—————。



「何だ!」




 憲秀が叫ぶ間もなく、小田原城から爆発音が鳴り響く。


 見ると、先の戦で壊れていた城門があった場所の漆喰の塀が壊れ、即席の板葺きの門も木っ端微塵になっている。

 もちろんそこに来ていた兵も同じように吹き飛び、死にこそしないが倒れている。



「気付かん方が悪い」



 政宗が嘯くと共に、綱元も笑う。



 せっかく占拠した門を明け渡したのは言うまでもなくこのためであり、誘導された兵士たちは政宗たちの罠に見事にはまってしまったのだ。松田軍が来た時に行使しなかったのは松田軍を引き付けた上で包囲し援軍を仕留め戦意を削ぐためであり、綱元の()()と共に爆発したその一撃は北条に間違いなく打撃を与えていた。


「おのれぇ!」

「悪いがこれがこちらのやり方でな。この程度の誘計は古今東西いくらでもあろう」

「なれば答えは一つ!」



 松田軍は形勢不利を悟ったか、一気に踵を返した。



 言うまでもなく奥州統一連合にとって絶好の機会であるが、これが意外にうまく行かない。



「死ねぇ!」

「大将様を殺させはせぬ!」



 残っていた兵が次々と戸川軍や蘆名軍へと突っ込み、松田憲秀自身が得物を振り回して後方の伊達軍へと突っ込んで行く。

 数の差からして厚みは相当にあるはずなのに猛将とも思えない松田憲秀の刃が次々と伊達軍の兵をなぎ倒し、命こそ奪われないにせよ一発で得物を叩き斬られた兵が十近く出る。


 ただでさえ動揺していた戸沢軍に松田軍を振り払う余力はなく、蘆名軍も大半が松田軍包囲に向いていたため十分の一ぐらいしかいないはずの松田軍を一蹴できない。

 そして松田憲秀の勇猛さに伊達軍の兵が怯んでしまい、と言うか元から松田憲秀を討つ事より敵の兵の数を減らす事を優先していたためか伊達軍の兵は憲秀から離れてしまい、その挙句にその狙った兵たちもまたちっとも疲れていないかのように暴れ回る。


「この数!この策でも駄目なのか!」

「確かに見事!されど!我々はまだまだ簡単に負けはせぬ!もっと戦いを楽しもうぞ!」


 戦いを楽しむと言う言葉に引きずられるように松田軍の兵も元気になり、数枚分の厚さの壁を突き破りに来る。伊達軍も蘆名軍も必死に攻撃をかけるが松田軍の兵の力はすさまじく、斬られる事はないが斬れない。



 そしてついに松田軍は包囲網を突破し、小田原城へと逃げ込んで行った。




「アッハッハッハ……ハーッハッハッハッハッハ……!!」




 松田軍の笑い声が鳴り響く。政宗も必死に後を追いかけるがついさっき自分たちが爆破した城門跡まで行くのが精いっぱいで、その先へ前進する力は残っていなかった。

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