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戦国霊武者伝  作者: 宇井崎定一
第九章 呪詛との戦いに垣根なし
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秀吉のしたたかなる計算

「どうじゃ、島津の戦いぶりは」

「我々の、ではないのですか」

「此度の戦の殊勲はどう考えても島津軍じゃ。とりあえず刀を一本与えたが島津からとってすればほんの数打ちかもしれんがな。あ、奥州統一連合にも渡すつもりでいるぞ」

 まるで小姓に対するようにでも口を利きながら、秀吉は笑う。

 大坂で作られているのと薩摩で作られているののどっちが優秀かはわからないが、とりあえずこの戦場にも刀匠に打たせた業物が相当な数あった。無論人を斬るためであり、それ以上に目先の報酬として与えるためでもある。

「とは言え島津とて打撃は大きいはず」

「そこはそちらの腕にかかっておる。わしはもうそなたらを敵とは思っておらぬよ」

「屈辱的ですな!」

 

 政宗の言葉には裏も表もない。秀吉に許されているのはわかるが、それは対等な関係ではなく明らかな主従関係。一応奥州統一連合の長である以上、自分たちすべてが秀吉に一戦も交えず服属したと言う事に他ならない。

 さらに言えば島津だ。島津は秀吉と戦い勝利し、考え得る限りかなりの譲歩を迫らせた。継戦能力と言う根本的な差がなければ、それこそ秀吉に勝っていたかもしれないと思わせるほどの衝撃を与えたはずだ。


「昨日の正義が今日は悪になるかもしれぬ時代、それが戦国乱世である。何せ昨日の友は今日の敵じゃからのう」

「追従も世渡りであると」

「ああ。わしだってこの年、この身分になっても追従の一つや二つぐらいする。突き進むのも大事じゃが退くのも大事じゃ。島津は進んで成功し、貴公らは退いて成功した。どっちも成功で良いではないか」

「武士では百姓、と言うか関白殿下に勝てないと言う事ですか」


 負けるとわかっていても意地を張るのが武士であり、負けるとわかっていれば逃げ出すか許しを請うのが秀吉である。百姓と言う名の生産装置であった秀吉からしてみれば、彼らの不信を買うことがいかに問題かよくわかっている。じゃあ検地とか刀狩りとか何なんだと言う話ではあるが、余計な手間を取らせて生産力を落として欲しくないと言う為政者としての発想である。武士が戦って土地を得た所でその土地を何とかする存在がいなければ逆効果である事は政宗も旧南部領の件でわかっており、笑顔を作る事しかできなかった。


「元々、暴政に対抗するための自衛手段として武士が出来上がった。その武士は最初貴族の部下として力を付け、現在の地位を得た。背伸びをせねば貴族に舐められる時代じゃった。義経公は真っ正直過ぎたのじゃな」

「武士の事は武士で決める…」

「そうじゃ。されど頼朝は武士と貴族ばかり見て民を見落としておった。義経公の当時の人気がいかばかりかはわしは知らぬがな、結局民百姓がおらねば貴族も武士もただの人より落ちる生き物に過ぎん」

「誰が米を作れるのかと言う話です」 

「結局、不満を出ないように米をうまく分ける事が出来れば天下は取れる。口にするとあきれるほど単純明快じゃがのう……まあ、とりあえずこれを見よ」




 そんな政宗とのほぼ二人っきりの雑談とも言える流れの中で、秀吉は懐から書状を取り出す。

 五七の桐紋が付いた、開けていない事がわかる書状を政宗は開いた。







 ——————————関白・豊臣秀吉は奥州統一連合に属する伊達・蘆名・最上・大浦・戸沢及び佐竹・里見・上杉・真田の九家の服属と領国の安堵を正式に認める。

 ただ領国は陸奥・出羽・下野及び常陸・下総・上総・安房・越後・佐渡・上野の十か国及び真田のあらかじめ保有している北信濃領以北の信濃のみとし、越中・飛騨・南信濃・武蔵への侵入を行えばたちまち反逆行為であると見なす。







「なぜこんな流れで」

「貴公の機嫌が良さそうだったからのう、相手があまりかしこまっている時にこんな事をしても話はうまく行かぬ。今ここならば話もしやすいと思ったからのう」

「虫が良すぎませんか」

「もうこれ以上は広がらんぞ?」


 陸奥・出羽・下野及び、と言う書き方は明らかに奥州統一連合の中心となっている四家の下野領有を認めるそれだ。流れとしては蘆名家であろうが、いずれにしても陸奥・出羽の四家+戸沢家の五家が立ち上がった奥州統一連合としては下野を掻き取った訳だから勝利である。

 常陸以下についても佐竹・里見・上杉・真田の領国である事を保証すると言うのは従前通りと言うか焼け太りとでも言うべき結果であり、ほぼ奥州統一連合にとって満点回答だった。

「島津や長宗我部がもし素直に膝を折っていたらもっと優遇したと」

「争う方が不幸だと思わせる事が出来たか否かであろう。もちろんそれ相応の処置は施すがな。ああ長宗我部も実は海から来ているぞ」

「戦は手段に過ぎぬと」

「ああ。戦などせぬ方がいい。義経公も、その点は手抜かりがあったのかもしれぬ。」まあこれもわしらの世代の弱音であるがな」

「でも義経公は戦を望んでおいでです」

「じゃな」

 

 そんな大盤振る舞いをしておきながら、秀吉の顔は緩む。

 確かに戦に当たって一番世間的にいい大義名分は「向こうが仕掛けて来たから仕方がなく」である。食うか食われるかの時代では甘ったるい理屈だが、乱世が終わりかかっている現状ではむしろそれが良い。下総や下野を食われているのにも関わらず奥州統一連合はおろか豊臣にも喧嘩を売ると言う愚かな北条を討つ事をとがめる人間はごくわずかである事を秀吉は知っていた。


「正々堂々と名乗り合い、ただ力だけで決着を付ける。美しいと思うか」

「ええ」

「されどその美しさを叶えるために多くの犠牲が要る。そして多くの恐怖を生んでしまう。平家を討伐した戦とてひとケタの年齢の安徳帝を始めとして不必要な人間を殺した。その事に気付いてしまったからこそあるいは…と言うのは平易じゃがな」

「失礼ではありますがそこまでおっしゃって良いのですか、それがしは人質ですぞ」

「何、そなたはもうわしの家臣じゃ。佐吉にもそなたの器量、と言うか愛嬌があればのう………………」

「それにしても関白殿下はそれがしに対して贔屓とも取れる様な言葉が目立ちますが」

「何、御恩と奉公は武士が最初に産み出した概念じゃろ?それの何が悪い?今言ったようにお主はもうわしの家臣じゃ、そなたが家臣じゃったらわしはもう五年は早く天下統一出来ていたわ」




 もしこの場に黒田官兵衛がいれば笑っていただろうし、石田三成がいれば苦虫を嚙み潰したような顔をしていただろう。


 二人は、これでもかと言わんばかりに馬が合っていた。


 今の政宗の年だった時には桶狭間の戦いさえあるかないかであり尾張の国でそれこそ社会の底辺に近かったはずの秀吉と、生まれた時から富裕層そのものの陸奥の大名家の十七代目当主様。そんな真反対のはずの人間がこんな関係になって巡り合うのが乱世であり、この国が始まって以来初の出来事だった。もちろん島津義弘の存在がその空前ぶりに拍車をかける。


「なあ、誰かを呼んで来てくれぬか」

「それならば関白殿下自ら」

「いや、ああそうじゃ片倉小十郎とか」

「もしかして新たな人質ですか」

「そなたはもう帰っていいぞ。一応交換が来るまでは居てもらうつもりだが」



 そしてその流れのまま、秀吉は一撃をぶつけて来る。最後の最後までなかなか服属しなかった政宗を、いきなり返すと言うのだ。

「そこいらへんの兵士でもいいのですか」

「構わぬ。ああ言っておくが正則と清正と秀家は返してもらうがな」

「それはそうですね」


 その一撃は、独眼竜を地に叩き落とした。


 敵わない。

 何度も思っていたが、改めて敵わない。


 自分たちが手のひらを返せば一挙に困難になるはずなのに。平然とそんな事を言い出すなど。もちろん新たな人質が拘束力にならない訳でもないが、秀吉の言う通り一兵卒でも送り込めばその重みなど無視して自分たちがどうするかなど目に見えている。いくら秀吉の親族三人と言う名の指揮官を返す以上豊臣軍の戦力増強は明らかであるとは言えそれにしても大胆過ぎる。



「では…と言ったものの意外と思いつかず…」

「ならばさっきも言ったように小十郎とやらをくれ。少しばかり頭を揉んでやらねばならぬみたいじゃからのう」

「言う事を聞くでしょうか」

「聞くじゃろうな。おそらくそなたがここにいるだけで明日をも知れぬほどに落ち込み、そして自分が犠牲となる事を好んでおるからのう」

「改めて、恐れ入りましたな……」


 政宗は書状を認めながら、敗北を認めるしかなかった。

 年齢とか地理とかではない、圧倒的な差を前にして、ただただ素直に従うのがいっぱいいっぱい。

 それが、紛れもない事実だった。




 そして翌日、政宗直筆の書状により召喚された片倉小十郎と入れ替わって、伊達政宗は奥州統一連合の本陣へと戻って行ったのである。

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