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戦国霊武者伝  作者: 宇井崎定一
第九章 呪詛との戦いに垣根なし
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殺戮の戦士

「何だこれは…!」


 官兵衛に代わり黒田軍の指揮を執っていた長政は思わず大口を開けてしまった。

 ごく一般的な、援護射撃をかけながら城門を丸太で壊させ突入すると言う攻城戦をかけ、思ったより簡単に城門を破壊。まだ入り口とは言え小田原城へ突入する事が出来ると思っていた所に出て来た、三つ鱗の旗を掲げた兵たち。



 別に動揺するほどの事もないはずだった。



「来たぞ!」


 その声と共に援護射撃の向きを変え、北条軍を蜂の巣にすべく銃弾を放たせる。

 実際その一撃により十数人の兵が倒れた。



 しかし、怯まない。



 残った兵たちが銃弾を受けて倒れた兵の屍を飛び越し、踏み越え、次々と黒田軍に襲い掛かる。

 無論黒田軍とて用意をしていなかった訳ではないが、左右に分かれるのはともかく踏み越えると言う形で乱暴に最短距離を通って来るとは思わなかった兵たちの反応が遅れてしまった。

「うおあああああああああああ!」

 さらにこんなとんでもない声を上げて向かって来る物だから初戦だと思いいきなり全力では来ないだろうと言う読みを外された隊長、いや長政は混乱してしまった。


「攻撃だ!援軍を出せ!」


 落ち着いて見れば先遣隊は五百、迎撃に来た部隊は二百前後だからそんな必要はないはずだが、それでも北条軍の勢いは凄まじかった。

 声だけでなく面相もまるで最後の戦いに臨むかのように赤々と輝き、黒田軍に襲い掛かる。自分の命と引き換えに一人でも殺せばよしと言わんばかりの、全く損害を顧みない、突撃と言うより特攻。

「おいおい!あんな戦術が存在するのか!」

「あれは戦術ではありません!」

 戦術ではないと言う言葉が適当なのか、言った本人さえもわからない。そもそも戦術とは勝つための方法の事であり、敵軍を混乱せしめると言う事であれば立派な戦術である。だがあまりにも乱暴で、強引である。


 もっとも、長政が叫ぶより先に、援軍は来ていた。


「吉兵衛!敵は北条ではなく義経公であると言ったはずじゃぞ!」

「しかしそれはあくまでも」

「昔は今ほど兵法も習熟されておらんし、それ以上に武士とか言う概念そのものも違っておる。支配者階級とかにふさわしい礼儀など何もない連中の集まりだと言う事をきれいさっぱり忘れたとでも言うのか」

「しかしそこまで影響力があるとは思えず!」

「たわけが!」

「え…?」


 輿から飛ぶ官兵衛の罵声に、長政は身をすくめるより前に首を傾げてしまう。四百年前だろうと今だろうと大将がやる事など変わりようがないはずなのになぜそんな乱暴な事をする意味があるのか、昔の将は兵を大事にしないのか、いやむしろ結びつきは強いはずでありなればこそ兵を大事にするだろうとか考えてしまうのが長政の限界だった。

「窮鼠猫を嚙むですか?」

「そんな言葉しか出ぬのか……!」

「では何なんですか!」

「義経公の時代の兵はあれが普通じゃ。それこそ少しでも気を緩めれば即殺されるような環境で生き、馬を落とされても怯む事なく足で向かって行く。しかも話によれば今よりも大柄であったとか」

「…………」

 長政自身、秀吉や官兵衛から義経の話やその時代の武士について聞いていなかった訳でもない。だが所詮長政は二世であり、この時代の優等生の武士だった。


「今のわしらはひどく惰弱に見えるのじゃろうな。無論それを何とかするのがわしらの仕事じゃが、確かに手を焼くのは必死じゃろうな」

「この段階で宇喜多軍や福島軍、加藤軍を注ぎ込むのは」

「その辺りは大丈夫じゃ、わしの手勢と、ついでにもう一人三河守様に頼んで呼んでおるから」


 そして官兵衛は、長政のような兵法書を読み込まされた人間ではなかった。




※※※※※※




「ああもう!」


 二百前後とは思えないほどであった激しい攻撃に黒田軍の先鋒であった後藤又兵衛は苦慮する。誰もが命を惜しまず、次々と斬りかかるとか言うより殴りかかると言うか殺しにかかって来る。しかも後先を考えているのかいないのか、次々と援軍がやって来る。城門を破られておいて何をいまさらと言うか泥縄的と言うかな話だが、それでも来る兵来る兵皆同じ調子である。

「このまま押し返されたら城門なんぞすぐ修復されるぞ!」

 一応又兵衛軍にも援軍は来るが、北条軍の勢いに押されている。橋を壊すでもなくただひたすらにこちらの死骸を求めるその姿勢は黒田軍の多くにとって知らないそれであり、肉体以上に精神的な打撃が膨らんで行く。

 もちろん又兵衛とて互角ならば負けではないとわかっているが、このままでは翌日以降の戦いに差支えが生じる。北条は強く豊臣が弱いなんて事になったら、どっちが得をするかは明白だ。もちろん黒田の名前も下がる。もしかして黒田だから、源氏の末裔だからかとも思ったが、それゆえに九州で攻撃を受けまくっていたはずの兵たちでさえも今の苛烈な攻撃に押されている。


 黒田官兵衛は誰よりも早く霊武者の狙いをある程度見抜き、播磨源氏の末裔である自分が狙われるかもしれぬと思い九州に入る前から寝ずの番を作り徹底的に身辺を守らせ、徹底的な襲撃から自分と長政たちの身を守り抜いた。そして佐々成政が死んだ際に官兵衛の目論見が正しかった事が黒田家内で広まっていたが、襲撃者の正体までは官兵衛でさえも見抜けなかった。ゆえに官兵衛の言葉は少しだけ浅くなってしまい、兵たちの心構えも万全ではなくなっていた。もちろん官兵衛を責めるのは酷とか言う次元を通り越しているが、いずれにしても現状をどうにかせねばならない。


「援軍が来ました!」

「誰だ!」

「丸に十字です!」

「そうか…」

 

 丸に十字———島津。確かに強兵ではあるが、この戦いに本気で来るとはとても思えない存在。実際数は三千ほどであり、一気呵成と呼ぶにも中途半端な数だ。

 九州制覇一歩手前から秀吉のせいで薩摩大隅まで押し込められた上に、ここにいる軍勢の大将にして現当主の島津義弘の弟家久の不審死と相まって豊臣への忠義などないに等しいはずであり、九州勢からなら立花軍でも出すべきだろうとかぼやきたくなった。と言うか、大将不在とは言えなぜ宇喜多軍でも福島軍でも加藤軍でもないのか。

 又兵衛の士気が低下しもう城門は破壊したしいいかと言う気持ちになった頃、丸に十字の旗が後藤軍の背中に迫って行く。馬蹄の轟が耳を覆うが気持ちは乗らない。

「道を開けねばならぬ」

 実際本当に疲弊していたし後は任せたとばかりに又兵衛は本当に後退する事にした。聞こえのいい言葉だけ言って勝手にしろと言う丸投げであり、それ以上に腰が引けてしまっていた。


「また敵が来たか……」


 一方で向こうは完全にやる気であり、さらに援護がやって来る。

 こんな初戦なのに何をいきり立っているのかと言う醒めた気持ちが沸き立ち、だんだんとやる気もなくなって来る。

 とにかく、不可解だった。

 東門での戦いを知らない訳でもないが、こんなのに付き合うほど自分は若くない。蘆名政道とか言う二十三歳の伊達政宗の弟でもあるまいし。



 と思っていた又兵衛の耳に、今までのどれよりも強い刃の音が鳴り響く。

 音量は大きく、音そのものも重く、そして刃そのものもかなり強力。

 誰だこんなのに付き合っているのはと思い振り向いた又兵衛の顔が、急に強張った。


 先頭に立っていたのが、島津義弘だったのだ。


 秀吉より年上の五十五歳の男が明らかに意味の薄い戦の先頭に立ち、勇んで死を顧みぬ兵に立ち向かっている。損得勘定で言えば明らかに損しかないはずなのに、将を討つとか言っても見た所北条氏政や氏直はおろか松田憲秀や大道寺政繫さえいないのにだ。

「島っ…!」

「案ずるな、こんな所で死ぬ気はない!」

 又兵衛が叫びきる間もなく、島津軍は前進を続ける。


 見た所数は三千、島津軍ほぼ全軍。

 しかもよく見れば義弘より年上の新納忠元さえも義弘に付き合うように前線に立ち、北条軍を斬り刻んでいる。

「ちぇすとぉぉぉ!」

 九州で耳慣れてしまった島津の声が鳴り響き、血しぶきが飛ぶ。橋の上で多くの死体が積み重なり、双方の兵たちにより乱雑に踏みつぶされ、さらに隙間からはみ出た島津の兵が城門の痕跡へと突っ込んで行く。


「島津がここまで本気になるとは……まあとりあえず援護射撃だけでもやるか」


 又兵衛さえも、他に何の言いようもなかった。 

 何が島津をあそこまで本気にさせたのか。官兵衛か、それとも秀吉か、あるいは政宗か。


 ただその分だけ頭の冷えた又兵衛は前線を島津に任せ、指示を出す事も出来た。


 そしてよく見れば、島津の兵たちも城門の跡より先へは進まない。今日の目標がどの程度なのかちゃんと理解している。

 正しい狂い方とか言うと変だったが、実際そのような物なのだろう。

 その事を理解できる程度には、後藤又兵衛も戦には慣れていた。

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