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戦国霊武者伝  作者: 宇井崎定一
第九章 呪詛との戦いに垣根なし
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豊臣秀吉、全てを飲み込みにかかる

 背中を黄金色に輝かせた白竜こと、伊達政宗。


 眼帯をしたその男が率いる集団がこちらに向けて、ゆっくりと歩み寄って来ている。


 白については死に装束の白と言う事で覚悟をしているのはわかったが、背中が輝いている理由についてはわからなかった。

 いや、理由についてはすぐわかったが、それ以上に存在感が大きすぎた。




「黄金色の十字……」

「まさか伊達大夫は耶蘇教徒だったのか」

「馬鹿を言え、あんな大きな十字架があるか!」




 政宗が背負っている、背丈より大きな黄金色の十字架。さすがに純金と言う事はなく金箔とかだろうが、それにしてもあまりにも存在感がありすぎる。


「関白殿下!」

「落ち着け!寸鉄を帯びているように見えるか!後ろを見ろ!」


 政宗の後ろに付き従う者は百名ほど。しかも武器を持った者は一人もおらず、しかもその内二十人ほどが女性。いや男女比はいいとしても、見た所武士っぽい男は残り八十名中半分どころか二十人もいない。

 確かに降伏をしに行く人間と思えばさほどの事はないが、それでも異様な存在感を持った人間を先頭に置いた集団に、秀吉でさえも平静を保つ事は出来なかった。


「止まれ!」


 黒田官兵衛が声を上げるとようやく集団は止まり、先頭の男が素直に跪く。それと共に後続もまた一斉に跪き、中には土下座しそうになる者までいた。

「これは黒田殿、お久しぶりでございます」

「伊達殿…それは一体何なのですか」

「死ぬ時には派手に死にたい物ですからな、伊達藤次郎と言う人間らしく」

「まさかそれで頭でも殴り付けろと」

「お戯れを」

「それとも見せ槍が好みですかな」

「まあそういう事です」


 黒田官兵衛の仕様もない冗談によりようやく場はわずかにほぐれたが、それでも十字架の正体を知らされた兵たちの顔は引きつり、福島正則さえも口を小さく開ける事しかできなかった。


「もう良かろう。とりあえず下ろせ。使うか否かは後で考える。それより市松、左京大夫殿を本陣にご案内しろ」

「はい……」

「どうした、虎之助か吉兵衛でも呼んで来るか」

「い、いえ……」

「しょうがないのう、虎之助を呼んで来い」


 そしてそのまま動けなくなってしまった正則を助けるように呼び付けられた加藤清正の手により、背中の十字架を外された政宗は正則と共に五七の桐が染め上げられた豊臣の本陣へと入った。







 本陣の中には、秀吉と官兵衛と、福島正則と加藤清正と、そして伊達政宗の五人だけ。当然福島正則と加藤清正のみならず秀吉と官兵衛も帯刀しており、しかも外には数十人単位の兵が本陣の中での事態に備えている。


「さて時に、わしが関白豊臣秀吉である。伊達左京大夫殿、何を望むのかね」

「所用様々あり、こうして挨拶が遅れてしまった事を詫びに参りました」

「ほう、書状を送る暇はあったのにか?」

「ええ。とは言え小田原はご存知の通りの北条の本城。こうして関白殿下の陣へ向かうにも往生する事態でございます故。仮に数千の兵を率いて行けば、それは関白殿下を敵に回す事にもなりまする」

「ではなぜこんな数で来られた?」

「弟と大浦殿に救われました。今二人は小田原へと攻撃をかけ、北条の目を逸らしております。これは誓って本当でございます」


 実際、蘆名政道と大浦為信は小田原へと攻撃をかけているしそれらしい歓声も鳴り響いている。

 豊臣軍からしてみれば勝手に何をやっているのだと言いたくなるが、実際こんな敵地同然の場所などよほどの大軍でなければ往来するのが難しいのも事実だった。こんな人数で非武装とも言える集団が往来できたのは、二人が目を引き付けていたのと片倉小十郎と戸沢盛安がギリギリの段階まで守っていたからであった。


「ふむ…その攻撃は何のために?」

「先も申した通りでございます」

「もし万が一、それで小田原を落としたら」

「弟も大浦殿もそのような短慮は致しますまい。と言うかこうしてそれがしがここにいる以上、下手な真似をすれば奥州統一連合の破滅を意味しますので」

「自分でその奥州統一連合とやらが持っておるとでも言うのか?」

「一応長ですから。まあ何かあれば弟に受け継ぐ旨は伝えておりまする。それがしと違い家族思いの弟ですから」

「その長がここにいると言う事は、奥州統一連合はまるっきり豊臣家に付き従うと言う事か」

「はい。ただ伊達、芦名、最上、大浦の四家に加え他の奥州統一連合に属する大名の現在の権を認めて下さればですが」

「何を!」


 そしてその上で、政宗の要求は決して低い物でもない。

 ここでもし自分に万一の事あらば政道が北条と手を取り合って戦うぞと言わんばかりに軽く脅しをかけ、その上で自分たちの既得権益は認めろと言い出して来る。加藤清正もそれをわかっていて声を上げてやったが、政宗はちっともひるまない。


「要するに、そなたら四家及び戸沢、佐竹、里見、そして真田と上杉じゃな?」

「はい」

「なるほど…まあ、粗略にはせぬ。ただ奥州統一連合は所詮、奥州統一連合に過ぎぬ。まあ奥羽統一連合としてもいいがな」

「それは」

「伊達、蘆名、最上、大浦、戸沢の五家の奥羽内の領国は認める方向で行こうと思うておる。じゃが関東についてはのう…」

「ありがたきお言葉でございます」




 —————落としどころだった。




 確かに最後の最後まで秀吉に服属こそしなかったが秀吉からもさほど干渉して来なかった以上、伊達政宗らに秀吉に対する罪はない。それから考えれば関東に侵入するのも勝手だしそれを取り上げるのはかなり暴虐だが、それでもせっかく天下統一のために兵を進めているのに強大勢力を残すのでは意味がない。だがかと言って奥羽だけで九州の五割増しの面積がある上に、九州と違い冬になるとほとんど戦えないような場所を攻撃するとなるとそれこそさらに何年もかかる。

 だが伊達政宗らからしてみても奥州統一連合なる強引な組織がいつまでも持つか分からないし、それこそ自分たちから見れば弱い北条が相手ならばともかく豊臣相手では長引かせる事は出来ても勝つ見込みはない。なれば蘆名はまだともかく他三家の本国からは遠い関東にこだわるより本土である奥羽を守った方がいいとなるのは当然である。もちろん佐竹や里見、さらに真田や上杉と言った存在を守らせるのは伊達政宗の責務である。



「しかしやはり、奥州統一連合をつなぎ止めておるのは」

「源義経でございます」


 そして、誰よりも重要なのが源義経だった。

 この国に今いる誰もの運命を揺るがす四百年前の英雄。その過去の英雄に引きずられるように強引に栄光への道を登らされた政宗と、天下人としての試験を強引に受けさせられている豊臣秀吉。


「義経公は、今の源氏が、いや今の侍がちゃんと恩を仇で返さぬかどうか不安になっておったのかもしれぬのう…」

「義経公はそうだったのでしょう。しかし童神様は…」

「まだあのお方は幼く、あるのは源氏への恨みのみであった…後は親孝行の思いぐらいか…」


 そして童神と呼ばれるようになった義経の息子は、何も知らずただ自分の無念を晴らすために戦い続けていた。自分が何者かなど関係なく、自分と両親を殺した源氏と言う存在を恨み、自分の家族を救うために。結果的に伊達政宗の助けになっただけであり、本人からしてみればどうでも良かったのだろう。

「今、北条の親子を奪い取りようやく親子をやっているかもしれませぬ……」

「乱暴とか言うには力が違い過ぎるからのう……」

 だがどこかで父親もまた同じようにこの時代をさまよっている事を知り、ここまで政宗を引っ張って来たのかもしれない。しかも、あくまでも自分の都合で。そして今、おそらくは北条氏直に憑依して氏政(義経)と仲良くしている。

 四百年ぶりに、親子が邂逅したのだ。


「しかし、北条とはのう……。北条は、最大限に嫌われておってもおかしくない名前ではないか?」

「それがかの人物が言うには、父姉弟揃って童神様を殺したのは間違いであると言っておったと」

「武蔵坊弁慶か……そう言えばその弁慶は」

「主と共に戦うと申しておりました。よっておそらくは北条の誰かに」

「そうなるか」


 全く実権のない傀儡将軍を頭に据えての執権政治など、はっきり言ってかなり無理がある。それを許される程度には北条はしたたかであり、人気もあった。源義経の事を知ってあわてて言い出したのかもしれないが、武蔵坊弁慶と言う名の証人の説得力は秀吉にとっても政宗にとっても莫大になっていた。

 少なくとも関東を治めるには十分な存在であり、それが今の「北条」も変わらない事を知った義経は「北条」と共に戦う事を選び、その流れで息子もここに来たのだろう。その中で、鶴岡八幡宮と言う源頼朝の全てを破壊するのもついでにやったのだが。




「知っての通り、わしには何もない。一応藤原北家やら源氏やらの名を借りたりもしたが、元々はただの木下藤吉郎に過ぎん」

「ええと……」

「しかしそれゆえにとか言うのはうぬぼれかもしれぬが、このわしなら絡まりに絡まり切った時代を叩き壊せるかもしれぬ。応仁の乱から一二〇年、いや源平合戦から四〇〇年。天下を取るのは源氏でも平氏でもない男じゃと。

 だからのう伊達殿、わしに力を貸してくれんか?」




 秀吉は、ついに政宗に向かってかなり下に降りた物言いを振りかざした。

 正則と清正が目を見開く中、政宗は官兵衛へと視線を動かす。


 そして。


「わかり申した。この伊達政宗、関白殿下に服属いたしましょう」


 その流れのまま、政宗も改めて深く頭を下げる。




 ここに、豊臣家と奥州統一連合は正式に手を結んだのである。

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