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戦国霊武者伝  作者: 宇井崎定一
第九章 呪詛との戦いに垣根なし
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白竜、来たる

「源頼朝、梶原景時、そして安達清経…か……」

「単純にひでえな、三人とも……」

「ああ…」

「じゃな…」


 三人の下手人たちの名前を呟く秀吉に聞かせるつもりもなく、傍らの福島正則がこぼす。

 傍目から見た正直な感想に、他の者も何となく追従する。秀吉さえも、何となく続いてしまう。


「本来なら最も高い報酬を与えてしかるべき存在に適当な文句をつけて謀叛人の烙印を押した男と、その男をそんな風に誘導した男と、その男により実際に赤子を殺めた男……」

「仕方がないで済ませるにはのう……官兵衛、誰かが思いとどまったとしてこの流れを止められたか?」

「止められますまい。あの時代の武士はそれこそ兵法すらも知っているか怪しい生き物、ずいぶんな言い草ですが良くも悪くも野蛮です」

 良くも悪くも野蛮。その通りだ。

 現在では奇襲さえも規律を整えて行っているが、これは最大の戦果を挙げる以上に損害を最少にするのが目的である。損害が多くなればなるだけ民の不興を買い統治は難しくなり、領国を守れなくなると言う自滅に至ってしまう。兵法もまたいかに効率よく勝つかと言う学問であり、損害が少なければ少ないほど良いのだ。無論力押しも兵法の一種ではあるが、それが最善手であった試しはめったにない。一説にはその時代の人口は現在の三分の一とも言われているが、医療の発展とか言う以上に殺し合いの激しさにも問題があったとも言える。


「武士だけではなく、ありとあらゆる存在が殺し合っていた。わしが言うのも何じゃが、武士も百姓も坊主もありゃしなかったのじゃろう」

「同じ人間ですからと言うにはどうにも…」

「ああ。わしらは何とお行儀のよろしい集団なんじゃろうな……って言うかぶしつけではあるが平治の乱の時まだ十三でそれから二十年近く流刑人であった源頼朝に政治が出来たのかと言うのも疑問じゃがのう……」


 

 平安時代末期と言うのはそれまで政治の主導権を握っていた摂関家の政治力が院政時代よりさらに低下し、天皇家もまた天皇と院政を行う上皇で権威を争っていたような時代だ。

 そんな状態でまともな行政など出来たとは思えないし、武家と言う名の政権を握った事もない存在が台頭した所ですぐさま政治が出来る訳もない。と言うか藤原北家内での勢力争いをやっていた摂関家などに元から統治能力があったかどうかと言う話をするのは野暮だが、いずれにしても鎌倉幕府と言うのは政治の専門家などほとんどいない状態で始まった政府でありまだまだ政庁としては未熟だったとも言える。

 そしてその未熟な政府が頼れるのは、武家ゆえの力しかなかったのかもしれない。


「室町幕府も南北朝の大乱を経てなお上杉禅秀の乱に永享の乱に結城合戦、嘉吉の乱を経て応仁の乱……」

「鎌倉幕府とて黎明期のみならず霜月騒動まで百年余り戦い通しであり、それを受け継ぐ事になってしまうとは……」

 しかしその鎌倉幕府の後継となった室町幕府もまた、南北朝の動乱を引きずり続けたまま南北朝時代の終焉からおよそ二十五年間隔で三度の乱が起き、一度目はまだともかく二度目で鎌倉の支配が壊れ征夷大将軍が殺されると言う大打撃を受け、三度目の応仁の乱で瓦解した。

「武士はいい加減、政を覚えんといかんのかもしれんな……」

「ではどうなさるのです」

「圧倒的な力を持った上で絶対的な…では難しいかもしれん。わしは実際それをやっているがどうもうまく行かぬ……」

「それで良いのかもしれませぬ。もしこちらが犠牲をいとわねば徹底的に殲滅可能である事を見せ付けると言うだけでも」

「でもまだ見せ付けているに過ぎぬ」

「なればこそ、北条を徹底的に叩き潰さねばなりませぬ。それが天下統一のためであり、何よりも供養のためです」

「供養、か……」


 供養。


 その供養は何も石田三成や長宗我部信親のような人間だけではなく織田信長や柴田勝家、いやそれこそ戦乱全ての供養でなければならない。


「そのために虐殺が必要なのか」

「虐殺かもしれませぬ、かの親子の時代からすれば日常かもしれませぬが」

「わしに古の化け物になれっちゅーんか」

 そして何より、あの親子。

 現在よりずっと激しい戦をして来た存在を供養するにはどうすべきか。それこそ、こちらからすれば過激とも思える、彼らなりの流儀に合わせねばならない。

「心得ております。この戦、多少傷を負おうとも徹底的な勝利が必要でございます」

「しかしそれではお互い二の舞を演じとらんか」

「かもしれませぬ。されど、義経公は功績があるのに冤罪で討たれたのです。北条は関白殿下に対し何か功績がございましたか。

 世間からの心象ほど掴みがたい物はございませぬが、北条は義経公よりはずっと討ちやすい相手でございます。戦国乱世の習いの七文字で片付けられますので」


 それはあの源頼朝と梶原景時と同じではないかと危惧する秀吉の背中を押すように、官兵衛は言葉を紡ぐ。

「話には悪役が必要です。北条は関東の人間にとってはともかくよその人間にとっては最後まで関白殿下の統治に抵抗し無駄に損害を増やした悪役です。ましてや奥州統一連合にとっては佐竹らとの因縁もあり仇敵となりましょう」

「んな事言いましてもまだ伊達政宗は関白殿下に」

「市松、佐吉は最後の最後まで信じておらんかったぞ?」

「う…」

 そしてわかりやすく割り込んで来た福島正則の口を、官兵衛は封じる。


 石田三成が別に伊達政宗を信じていなかった訳ではないが、それ以上に主君のためになるかならぬか過敏になり、結果としてあんな事態を招いてしまった。

 豊臣秀吉の忠臣としてではなく鶴岡八幡宮の破壊者として、いいとこ源義経の道具として死んで行った。


「でも関白殿下は……」

「わしは信じておる。そうでなければわざわざ佐吉の辞世の句を寄越したり股肱の臣から聞いたと言う話をするか」

「あの、もしかして、股肱の臣って」

「武蔵坊弁慶じゃろうな」

「まさか!」


 そしてその福島正則に畳みかけられる、武蔵坊弁慶と言う名前。

 確かに武蔵坊弁慶が最後の最後まで義経公に付き従った武士の鑑であり、義経公が戻ったと知れば戻ってきてもおかしくない事はわかっているが、するとやはり

「あれは本物だったと言うのか!」

 京で対峙した荒くれ者、武蔵坊弁慶の扮装をしているように見えたあの男は本物の武蔵坊弁慶であったと言うのか。

 

「何を言うか、そなたは少なくとも負けなかった。それだけで十二分じゃろ」

「それがしは信じられませんでした!それはその、威張りくさって本質を見失ってはならぬと思い、それにあくまでも向こうは全く本気ではないと!」

「市松。弁慶も義経もな、わしを試しておるのじゃ。わしが天下人にふさわしいかどうかを。もしわしが頼朝のように自分の栄光のために戦って来たような存在を無下にするのならば、すぐさまその天下は終わると言いたいのじゃろう。いや自ら終わらせに来るかもしれぬ」

「裏切るな、裏切るな……そう申しておりました」

「裏切るな、か……そうじゃな。どこまでやれば裏切りをなくせるのか、あったとしても最小限に抑えられるのか……それが問題じゃ。そなたらも四国も九州も、奥州統一連合もまた、裏切ってはならぬ」


 裏切るなとか言われたとして、誰にどこまでやれば裏切らずに済むのかは難しい。

 九州でも鍋島や大友のような、島津に苦しめられていた存在ではあるがあるいはその島津を従えていた可能性のある存在からしてみれば、最大の欲望を叶えるとなるとそれこそ九州全部とか言う事になりかねない。その点では裏切りと言えるかもしれないが、いかに世間の人間に裏切りと思わせないかが大事だった。


 そう、伊達政宗らにも。



「奥州統一連合と言う事は……しかしこれまではほとんど勝手に小田原に向けてやり合っていたと言うのに、これより共同戦線を張るのですか」

「その必要はない—————ですな」

「ああ」

「はい…」


 その上での当然の疑問に対しても、官兵衛と秀吉は泰然としている。

 石田三成が生きていたら根拠は何ですかと詰めて来そうなほどの、根拠のない自信。

 それでも秀吉には、その先の答えは見えていた。




「申し上げます!」

「どうした!」

「伊達左京大夫殿が参られました!」

「ほう、白竜のお出ましか」

「白竜……!?」

「なぜそれを見もせずに!?」

「わしは秀吉じゃからじゃよ」


 その秀吉の口から出た、白竜と言う言葉。

 伝令と福島正則を固まらせたその言葉と共に秀吉は立ち上がり、官兵衛と共にその「白竜」を出迎えた。




 そのはずだったのに、秀吉と正則に肩を貸されて歩いて来た官兵衛もまた、同じように固まってしまった。




「白竜の背が、輝いている……!?」

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