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戦国霊武者伝  作者: 宇井崎定一
第八章 本多正信、正体を見抜く
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本多正信、断言する

「霊武者と童神はやはり親子であったと言うのか」

「やはり、そうでしたか……」


 やはり。



 本多正信の第一声は、頭を使って松平家康の側で生きて来た男のそれだった。



「どうしても、断定はできなかったと」

「はい。それに殿は…」

「わかっておる。わしは自ら泥水をすする勇気もまた為政者のそれだと思っておったのじゃがな」


 松平家康が、一番尊敬している存在。

 それがかの霊武者と童神にとっては、悪逆非道の極みである存在だと言うのだ。


「では何だ!小平太はかの連中の八つ当たりで殺されたと言うのか!」

「いかにも」

「いかにも!?」

「落ち着け平八郎!それこそもっとも今の世で嫌われるべき行いであるぞ!おい、わしの言う事が聞けんのか!」


 激高する忠勝を家康は強く諫めるが、それでも本多正信を睨む視線はちっとも力弱くならない。家康が温和の仮面を捨てて怒鳴りかかると、忠勝はようやく背筋を伸ばした。

「小平太に、佐竹、南部、黒田……そして「徳川」……わかるであろう?」

「…とは言え…」

「そう、しょうもない小手先じゃ。じゃが結果は、残念ながらと言うべきか我々に取り実に都合の良い物となった……」

「殿が松平になった理由がわからなんだと思ったら…!」



 榊原、佐竹、南部、黒田、ついでに言えば二本松に里見。さらに言えば武田。そして

「酒井殿もこの遠征に参加させず、長丸様の守りさえさせずにいるのも……」

「ああ。酒井もまた親氏公以来の、確固たる血筋の持ち主だ。だがそれが、霊武者と童神にとっては全く許しがたい事となる。わしがかつて襲われたようにな」

「誇り高きはずの血筋が、悪霊を引き付ける灯となってしまうとは……」


 

 酒井家は家康の八代前とも言われている松平の初代である親氏の子が興したとも言うが、それはその前にあった「酒井」がいったい何者なのかを証明する事にはなっていない。

「酒井は大江であったとも言いますが」

「それでどうなると言うのだ」

 元々は大江氏であったとも言うが、現在の酒井氏が毛利氏の様に大江氏の末裔を名乗る事はない。


 そう、酒井は「徳川」と同じなのだ。


「やはりかの存在の狙いは…」

「ああ、源氏である」




 ————————————————————源氏。




 あまりにも強大にして、それこそこの国中に広まっている血筋。


 それを恨んでいるとあらば、榊原、佐竹、南部、黒田、里見と言う存在を襲うのも道理が通る。新田の末裔である徳川を襲い、在原業平の末裔である松平を狙わぬのもわかってしまう。


「しかし、あまりにも小手先が過ぎぬかと」

「あるいは最初は憎悪に取り付かれ、それこそ源氏の裔を名乗る存在を徹底的に、それこそ一人残らず殺戮せんとした。しかし途中でそれが不可能だとわかってしまったのやもしれませぬ」

「不可能も何も、我々はなすすべなどなかったのではないか!」

「しかし、九州にて霊武者に襲われ続けた黒田殿は負傷者こそあれど死者は皆無だったと聞く。守る分には何とかなったではないか」


 そしてこの世界で動く中で、自分たちが抱え込んでいた一方的な憎悪の限界を見知ってしまったのかもしれない。単純に数が多いのもさることながら、それらを必死に守る存在の多さ。

「平八郎には感謝しておる。あるいは霊武者の刃を叩き折ったのはそなただったかもしれぬからのう…」

 それ以上に、熱の深さと頭の回り方。

 本多忠勝が命を賭けて「徳川家康」を守った姿。その戦いぶりに切歯扼腕するとともに、その末裔を名乗る存在が自分が知っている非道なそれでないと認めざるを得なくなったのかもしれない。


「では最初から狙いは鶴岡八幡宮であり…」

「ああ。それを言うと小平太が可哀想と言う事にもなるが、もし小平太がいなくばわしは今頃斬られていたかもしれぬ。いや、長丸も福松丸も松千代丸も…ああ於義丸だけは関白殿下が守ってくれたかもしれぬがな」

「…………………………」


 霊武者に家康を討たせなかっただけでも、康政の死は無駄ではなかった。そうでも思わねばやってられぬと言わんばかりに地を踏み鳴らす忠勝に続くように、正信もため息を吐く。


「生贄がいない訳でもありませんが」

「今の北条には関係なかろう!」

「いえ、墓を掘り起こしても良いのであればですが、二人ほど」

「二人と言うと、まさか鶴岡八幡宮の主と」

「いえ、やれと命じた人間と実際にやった人間です。伊達左京大夫が関白殿下にその名を伝えた事もあり既にその名は広まりつつあるようです」

「まさか北条時政と北条政子か」

「いえ、梶原景時と安達清経です」


 


 梶原景時、安達清経。



 前者はともかく、後者は全く耳慣れない名前だった。



「教唆犯と実行犯か」

「おそらくは」

「だがその二人の上にいたのは」

「皆まで言うな。やはり、権勢欲とは恐ろしい物よな。史記を読むだけでもわかる、わかってしまう……あれほどまで鷹揚であったはずの人間をして猜疑心にさいなまれてしまう……」



 劉邦と言う地元の小役人上がり、と言うか浮浪者上がりで豪放磊落が売りのような人間でさえも、漢帝国建国後は功臣たちを粛正した。

 このように残念ながらどの国でもある事態だが、一度手に入れた権勢欲に取り付かれた人間はその必要のない存在まで敵に回し、無駄に血を流してしまう。

「彼が生きておれば、天下が北条に渡る事はなかったでしょう」

「鎌倉右大臣(源実朝)が亡き時には既に六十一のはずだが」

「少なくともその威をもって源氏を取りまとめ、良き補佐役となっていたかもしれませぬ。尼御台(北条政子)の威あらば誰も文句は言いますまい」

「後鳥羽院はおろか、夫をも制御したあの辣腕を、か……。だが」

「それほどまでに彼の存在は大きかった、それが恐れとなったか頼もしく感じるか、その違いでしたでしょう」



 そもそも、なぜ彼は立ち上がったか。


 全ては、自分の父たちを害し政をほしいままにしている存在を滅ぼすためだったのではないか。


 ではなぜ、その目的を現実に成し遂げた人物があそこまで虐げられねばならないのか。と言うか、その後に起きた内乱の連続に対しかの人物がいれば、ここまで長引く事はなかったしそもそも後鳥羽院の乱も起きなかったのかもしれない。

 繰り言とか以前の話ではあるが、それでもかの二人の行いによってその為政者の人気は随分と低下した。為政者の人気の低さは後継者に跳ね返ってしまい、本人も含めて誰も彼に対し何の配慮もしなかった事とその後の運命とは関係ないだろうが、その顛末と相まってそれこそ祟りだったとか無念だったとか言う話が膨らんでしまっている。


「それと、一頭の馬が奥州統一連合の陣から抜け出して小田原へと走ったとか」

「その馬は牝馬か」


 そして、かの人取橋の戦にて佐竹義重を死に至らしめ、伊達の所についこの前までいたと言う牝馬。

 考えたくはないが、もしその牝馬がそうだとしたらつじつまが合ってしまう。家康が思わず口にした言葉に正信がうなずくと、家康は陣から出て側の木に斬りかかった。

 皮を剥がれた木は生の姿を見せる事なく茶色い皮を残し、必死に中身を見せまいとしている。



「もしかの人物に情けがあったら、鎌倉はもう少し都で居られたと思うか」

「わかりませぬ」

「覚悟、か。間違いなく汚名も着る覚悟はあっただろうし後ろ指を指される覚悟も出来ていた。

 だがそれは、あくまでもお一人だけの覚悟だった」

「一人だけの…」

「将と言うのは、己が覚悟を衆に押し付ける事の出来る存在だ。だがその覚悟に付き合ってくれる人数を見誤ると身を滅ぼす。かのお方は、その人数を見誤ったのかもしれぬ」

「世情とはとかく掴みがたい物でございます」


 世情。功績に比して褒賞が少ないどころか最低なそれを与えたからとか言う理不尽をやったからこそと言う「理屈」とは違う、もっと計り知れないそれ。

 その存在を見誤ったゆえの、あの顛末だと言うのか。


「僭越ながら、殿はこの後どうなさるおつもりで」

「無論、小田原を落とす」

「そのまた後です!」

「許しを乞う、徳川を名乗って良いか、な」


 源氏の裔である事を示す、徳川と言う名前。本来なら誇り高き存在であるはずのそれを、捨てねばならなくなった苦悩。


 本来の目標としていた存在の、あまりにも大きな失点。


 四百年越しに、そのツケを払わせてくる程度には薄情な存在。


「十全の人物などいる訳もない。だが彼の失点はあまりにも大きすぎた……」

「ではかの存在と、その二人の家臣については」

「わしは往生際は良くない。二人についてはともかくその大将についてはまだ諦めきれん」

「ですから生贄にすれば良いのではありませんか」

「生贄、か……」


 それでもなお、知恵の塊のような存在にここまで言わせる程度には偉大な人物、これまでの四十七年の人生でずっと目標にして来た存在。

 それだけは守りたい、このとても大きいとは思えない体躯ではあるが。



「で、かの霊武者は」

「戦う気のようです。北条と共に」

「戦えるのか!」

「裏切られ、騙し討ちにされたのです。最後まで正々堂々と戦って死ぬ事こそ、かの魂を沈めるたった一つの方策なのでしょう」




 そして、避けられない霊武者との戦い。




 その戦いを、正々堂々と讃える事。




「北条氏政も気の毒ではあるがな……」

「やむを得まい…………」


 それしか、魂を慰める方法はない。秀吉も政宗も、やる気なのだろう。




 そして、その後は————————————————————。




「せいぜい、名を挙げようではないか。ああ言っておくが、死ぬなよ」

「それは無論」


 家康と忠勝は手を取り合い、正信は家康の横に立ちながら東を見ていた。



 まだ昼間のはずなのになぜか薄暗い。

 あるいはその二人だけではなく三人目、いやもっと来ているのかもしれない。



 全ては、かの存在の四百年前の無念を晴らすために。



 正信は、その英雄に向けて心の中でつぶやく。


(英雄は、確かにそこにいた。その事を、我々は認めねばならぬ。ここで真剣に向き合わねば、また同じ事は起きる……試しているのだな、我々を。


 源、義経……)

もうわかっていますよね、皆さん……

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