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戦国霊武者伝  作者: 宇井崎定一
第八章 本多正信、正体を見抜く
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秀吉、正体を推察する

「そうか、三成は……」


 伊達政宗の書状の中身を語る大谷吉継に対し、秀吉は幾度もうなずく。


「伊達政宗は服属するのでしょうか」

「断定は出来ぬ。だが市松、その方が京で出くわしたその男と政宗が見たと言うその男の姿……」

「伊達政宗を信用すると」

「ここで政宗に騙りを申して何の得がある」


 秀吉は狡猾ではあるが、人物を見極める目は持っていた。


 黒田官兵衛を通してではあるが、政宗は快男児であり自分の弱い部分をさらしながらも決して弱音は吐かず、圧倒的な存在を前にしても怯みはしない。しかし決して無謀と言う事はなく、相手が強いなら強いなりに正々堂々を振る舞っている—————と言う印象を秀吉は抱いていた。


「で、三成はどうだったと言うのです」

「殺したくなかったと」

「はあ?」

「その霊武者が申しておったそうじゃ」

「じかに聞いたと言うのですか」

「本人ではないが、その股肱の臣が申しておったと言う。あ奴がもし尻尾を撒いて逃げてくれるのであれば、背中を追う気はなかった、と……」

「鶴岡八幡宮を灰燼に帰すために、だけですか……」


 背中を追う気はない、つまり最初から鶴岡八幡宮さえ燃やしてしまえばもうそれでいいと言う事だったのだろう。その炎を持ち込んで来てくれた石田三成はある種の恩人であり、本当なら害したくなかったと言う。

「臣散れど 柴は繁りて 豊か世に 羽ぞ伸ばして よろず吉のみ……」

「はあ?」

「三成の辞世の句らしい…死に際に人間は本性を見せると言うが、自分が死のうがどうなろうが豊臣は繁栄し、全てはうまく行くだろうと……」

「あのかっこつけの馬鹿野郎…」


 かっこつけの馬鹿野郎と言うこれほどまでになく適当な形容を吐き出した福島正則の目から、何かがこぼれる事はない。元々親密どころか嫌悪感を抱いていた石田三成の死に様など、いいとか悪いとか言う前に興味がなかった。

「こら正則!」

「官兵衛様…」

「そなたが三成にならなんだと言う保証がどこにある!貴様はそれこそ、あの霊武者に狩られていてもおかしくないのじゃぞ!」

「官兵衛様…そう言えばなぜ官兵衛様は」

「阿呆めが!」

 その正則を官兵衛は叱責するが、正則の頭にまだ答えは浮かんでいない。秀吉は深くため息を吐きながら、吉継の手から書状を受け取った。


「自分の三族を皆殺しにした存在をそなたは許すか」

「まさか!」

「それが前田の長九郎左衛門(連龍)殿である。あのお方が何をやったかまさか知らん訳でも…いや知らんかったらすまんな」

「あ…?」

「総見院様に制止されながら遊佐・温井一族を皆殺しにしたお方ぞ」

 

 わかっていない正則に向けて官兵衛が具体例を出してやると、正則はようやく得心したようにうなだれた。



「わしも…詳しくは知らんかったんじゃがな。わしにとって侍とは上様であり、室町幕府のそれじゃった」

「はあ?」

「いや、長殿の事ではない、三成を殺し鶴岡八幡宮を焼いた下手人の事じゃ……わしは勝手に、その存在をもっと真面目な、と言うかわしの基準の中での真っ当な侍に当てはめておったのじゃ…………」

「霊武者に真っ当な侍とは!」

「ああ、そうじゃな。あ奴はどうしても、霊武者に勝ちたかったんじゃろうな……じゃがあ奴の常識は残念ながら、このわしから受け継いでしまったこの時代の常識しかない……」

「違う武士であったと」

「ああ、霊武者の考える武士と、今の武士は違う、違い過ぎる…………」




 見た目こそ類似してはいるが、常識の違う存在。




「かつて、鎌倉であった行政府……いや、それは行政府と呼べる物であったろうか……」

「は?」

「承久の乱までに一体いくつの乱がおき、いくつの氏族が殲滅、いや族滅させられたか……」

「族滅……」


 族滅。

 平たく言えば、老若男女問わず謀叛人の関係者を全て皆殺しにする事である。織田信長は武田家を族滅しようとしていたが自身の死もあって叶わず、結果的に上杉の家臣となった安田信清など武田の一族はいまだ健在である。浅井だって長政と万福丸の死により直系は消えたが、茶々・初・江の三姉妹は健在だ。族滅と言うのは、その三姉妹でさえも構わず殺すと言う意味であり何なら茶々と秀吉の間に生まれるであろう子さえも殺すと言う意味だ。


「それだけではない、民百姓はそれこそ村々を歩くのすら命がけだったと言う…ましてや武家屋敷の側などとてもとても…」

「略奪ですか?」

「違う、武士は道道を歩く百姓を弓の的にして殺しておったと」

「そんな馬鹿な!」


 福島正則の全くごもっともな反応に対し、秀吉は無表情のままであり官兵衛は深くため息を吐いた。現代でそんな事をすれば乱心と言われ即刻打ち首かさもなくとも牢獄入り。領主だからというだけで許されるのならばそれこそ戦国乱世とか言う言葉すら生ぬるい修羅、いや地獄の世界ではないか。

「じゃがそれで治まっておった、治まってしまっておった……今の武士はその時の武士から見れば腑抜けに見えるのじゃろうな」

「………………」

「武士どころか百姓さえもそんなであったと」

「らしいのう、それこそやられる前にやってしまえが正義の世界、その過程で数多の家が滅ぼされたのは今と変わらんがより苛烈であり、あるいは元寇を跳ね除けられた故かもしれん」

「元寇って!」

「それはわしに言わせてくれぬか」

「あっ島津殿!」


 そこに割り込む、島津義弘。と言うか最初からいた事に今気づいた福島正則はあわてて頭を下げるが、義弘は軽くため息を吐く。


「島津は軟弱すぎる、あんな奴で九州は大丈夫か……」

「はぁ!?」

「それが元寇の際の評価であった…最初はわしとてそんな馬鹿なと思いました」

「島津軍の精強たる所、満天下に知られております!あ、まさかその屈辱をばねにして」

「いえ、元寇の際に九州の兵は大将の御首を見せられてもなお構わず突っ込み、自分たちの仲間を盾にされても構わず突っ込み、馬から落とされても自力で走って突っ込んだとか、さらに元の船に死馬の肉を投げたとか。わしが小兵に見えるほどの兵も多かったとか」

「一番目はわかるが後は…いやわかるけどわかりませぬ!」


 わかるけどわからない。それが一番正しい言葉だった。国を守るためとは言え、あまりにも苛烈。しかもかなり大柄そうな島津義弘が小柄だったとか、それこそ訳が分からない。

「それから室町幕府、南北朝の時代を経て今に至るまで三〇〇年、鉄砲とか関係なく変わらねばおかしゅうございましょう」

「だな…」

「征夷大将軍とは、そもそも何なのかと言う話でございます。夷敵を征伐してこその「征夷大将軍」であり、それが出来ぬのならば将軍の名に意味などございませぬ」

 元寇の時の征夷大将軍は惟康親王とか言う飾り物将軍だが、それでも武士たちは夷敵をきちんと討伐している。だがそれに当たって取った手段があまりにも壮絶と言うか苛烈であり、正直付き合いきれない。腐肉を船に投げ込むのは有効ではあるが反則と言うか人道的問題、と言うかその後の心証の問題もあって出来ない手であり、正直その時点で常識が違って来る。


「では霊武者はやはり、その時代の存在であり……」

「そうだ。そして霊武者と、左京大夫が崇めし童神は親子であろう」

「左京大夫?」

「どうせ向こうも秀吉と呼んでおるからとでも言うのか?市松、そんな調子であの親子とこの家臣が納得すると思うてか」

「それは…!」

「天下人は着地を誤ったらいかんのじゃ」


 この地に居を構え、天下を勝ち取ろうとした男。だが着地を誤った結果死してわずか二十年後に直系は消えてしまい、その挙句と言うべきか別の御家に一〇〇年政権を保たれていると言う統治能力の差を見せ付けられてしまっている。もし走狗たちを煮るような真似をしなければと言うのは野暮だが、それでもここまで来て無為に殺戮を行えば秀吉が二の舞にならない保証はどこにもない。

 ましてやその男と違い、秀吉には後継者がいない。仮に今茶々が孕んでいる子が男児だとしても、秀吉は既に五十三。その男が亡くなった時の長男が十八歳であった事を思えば心もとないどころの騒ぎではない。


「わしの戦は、まもなく終わる。終わらせねばならぬ」

「ですがそれでは奥州統一連合をまるまる受け止めろと」

「ああ。向こうがここまでやる気である以上、こっちも答えねばならぬ。もはや敵は北条ではない、いや、北条ではあるが……」




 北条と言う、最後の敵を前にして一致団結できるか。そしてそれから決して、これ以上の血を流さぬために動く事が出来るか。




「それをせねば霊武者も童神も成仏は出来まい。負の連鎖は、この辺りで終わりにせねばならぬ」

「出来るのでしょうか」

「やらねばならぬ。だがそれには…」

「わかり申した、すぐにでも我が軍の中で集められるだけの将を集めまする」


 黒田官兵衛は杖を突きながら立ち上がった。


 この戦いをいかにして終わらせるか、それが出来なければ霊武者たちはおろか伊達政宗にすら笑われる。

 そして、戦乱が終わった後の後始末をどうするか。


「まずは…」


 自分にできる事をする。とりあえずは、彼の後を追わないために。


 秀吉は、もう既に次へと進もうとしていた。

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