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戦国霊武者伝  作者: 宇井崎定一
第八章 本多正信、正体を見抜く
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三人目の亡霊

「乱暴な呼び出し方、どうかお許しいただきたい」

「ウム……」


 政宗が刀を抜きながら下馬すると、その亡霊もおとなしくこちらを見た。

 かつて童神に政宗が呼びかけ小十郎の息子も対話した事から成実たちにそこまで警戒心はなかったが、それでも単純に霊武者と言うだけでも恐ろしいし、何より体躯が違う。

 政宗の三から五割増しの背丈と倍近い肉体を持っていたその霊武者は、その気になればいつでも政宗の首を刎ねられそうにさえ思えて来る。


「それがしは」

「ダテ、トウジロウ……」

「ほう、ご存知であったか、実に光栄である」

「ウム……」

「さて、時にうかがいたい。なぜ石田三成なる存在を害した、いや生かした」

「ワガアルジ、モウサレリ……ボウオンノト、マモリテシヌハマコトニオシシト……」


 忘恩の徒。何度も何度も聞かされた言葉だ。

 霊武者たちが最大限に尽くしておきながら、何も報われなかったと言う現実。そのくせそれをやった人間はのうのうと栄耀栄華を楽しみ、名声を得ている。そんな現実に耐えきれなくなってもおかしくはない。


「誠に、誠に申し訳ない。それがしは武士として、初めてその力をこの国全てに認めさせた存在にそのような一面がある事を知らなかった」

「……」

「権勢欲に惑わされ、自分が掴んだはずの存在を持って行かれるのが怖かった。だから、あんな事をしてしまったのだろう。わしらはその後を追わぬようにせねばならぬ。どうか、教えてくれまいか」


 政宗は、極めて低姿勢だった。その低姿勢に応ずるように霊武者も武器を投げ捨て、下馬した政宗に目線を合わせるように跪いた。


「セッシャハ、シッタ……アルジノコヲ、コノチニテミズニシズメタヤカラノアルコトヲ……」

「まさか、それがかの童神か!?」

「ワラベガミ……」

「我々はそう呼んでおる。我々伊達を守ってくれたからな。まったく勝手ではあるがな」

「……ヤハリ、アノオカタノオコサマ……ワレナガラ、カンプクツカマツッタ……!」


 霊武者は、泣いていた。涙こそこぼれていないが、泣きそうなほどに顔の筋肉を緩ませ、童神の「成長」を喜んでいた。

「しかし、まだ三つほどの子を…」

「ミッツマデ、イカスハズハナイ……アルイハ、アノオカタガチリシトキ、ワカギミサマガイキテオレバミッツノハズ……」

「と言う事は文字通りの嬰児ではないか!」

「どれほどまでに焦燥と恐怖に駆られていたと言うのか……それはその後の事も合点が行ってしまうと言うもの……」

「ソノアト…」

「まだ完全に確信した訳ではない。万が九九九九確信があったとしても、万が一を恐れる部下がいる以上な」

「フウム…………」

「だが助けられてもいる。その部下がいなければ今頃、わしは全ての力を過信して死んでいた。どうか責めないでやってもらいたい」

「……………………」


 魁偉な姿をした、第三の霊武者。

 政宗がよく知る「童神」とも、西国で話の中心となっている「霊武者」とも違う彼は、ほぼ間違いなく両名の部下。

 そしてこの姿と合わせれば弾き出される名前はあまりにも平易だったが、それでも断定はできない。小十郎に責任を押し付けているが、正直自分がうかつに断定して責任を負いたくないと言うか、単純にあまりにも虫が良すぎるのを疑っているだけだ。


「コウジ、マオオシ……」

「左様。童神様には、伊達は相当に救われた。わしのみならず、父上も、家臣たちも。無論数多の者の屍の上ではあるが、伊達は童神様が現れてからその力を大きく高めて来た。今こうしてここに来られているのも全く童神様のおかげだ」

「ナレバ…」

「そうだ。わずか三年で、伊達家の領国は倍になり、弟のそれを加えればさらに倍ともなり、その上に共に手を携える者たちのそれこそ十万の兵を率いる事すらできてしまうようになった。元々一万ギリギリだったのにな」

「……」

「わしの部下はその事を何より恐れておる。実体のない大軍に驕り高ぶり道を踏み外す事を。なればこそ今この場に至ってようやくこうして慎重に構えているつもりではあるが、もしそれが六日の菖蒲であるのならば甘んじて受けるまでである」


 霊武者はほぼ何も言わない。政宗の独白を黙って聞き、次の言葉を待っている。

「さあ、教えてもらいたい。この社を焼いたのは、そなたの主か」


 もっとも政宗もこれ以上長引かせる気もないので、本題へと切り込みをかける。


「イカニモ…」

「ではそなたはそこにおったのか!」

「オクレモウシタ……アノバニオレバ…オイダサセタノニ…ナマミノカラダナキヲウラムノミ…!」

「追い出す、か……それこそ相当に難儀であっただろう。石田三成は、自分の中でその事を絶対の正義としておった。主君の命令すら聞かず、自分が何とかせねばならぬと言う使命感に取り付かれておった。貴公らが永遠に眠りしを確信できぬ限り、彼は戦いをやめなかったであろう。何せ自分が崇敬する主の命令さえも聞くぐらいなら死んでやると言わんばかりだったからな……」

「……オシイカナ…アルジモオソラクハオシガッテイル……」

「その主は、どうしてもここを焼かねばならなかったのか。そしてなぜ、今の今までかかったのか。それをうかがわせてくれぬか」


 回答を得た政宗は、さらに切り込んでいく。


 考えてみればそうだ。

 もし霊武者や童神の目的がこれだと言うなら、なぜ最初からそうしなかったのか。なぜここまで、自分たちを呼び付けたのか。


「ノウノウトイキルコトヲ、ユルサナカッタ…」

「どういう事だ」

「ジブンタチガキエ、ナゼカレノスエガイキノコルノカ…」

「だがこの社の主の末は既に滅んでいるのではないか」

「サレド、スエヲナノリシコトコソホマレトシテイルモノアマタナルヲ、アノオカタハミトメズ…」


 思えば、自分は違ったにせよこの国には山のように彼の一族の末裔を名乗る存在がいる。それだけ彼の名が買われている証拠であり、武士に取ってよすがになっていると言う事でもあった。元々は皇族であったとか彼の先祖の名前を取ったとかあるにせよ、武士として最大の功績を成し遂げたのは彼であった以上どうしてもその名からは逃げられない。逃げられないのに、求めているのだ。


「それが許せなかったと」

「エエ…ワレラノイノチヲウバイシモノノスエヲナノリ…」

「殺さないで……」

「アア…!」


 殺さないで。

 裏切るな、と並んでその霊武者と言うか童神がよく呟いていた言葉。

 この鎌倉にて、入水させられたと言う男児の思いの丈。その言葉を聞かされた霊武者は、慟哭するように上を向き、流れないはずの涙を流した。



「なるほど………童神も、霊武者も、あるいは己が身を守るために……そして、この今の時代を知るために……」

「ウム……!」

「そうか…これで全てがわかったかもしれん。父上が救われたのも、人取橋にて我々が勝ちを拾ったのも、そして此度こうした事も……」




 そして、政宗は確信した。




 なぜこれまで、彼らがああいう事をしたのかも。




 そして同時にこの鶴岡八幡宮を焼かせたのも、ここまで自分たちを呼び付けて見せ付けたのも。




 全ては、自分たちの無念を晴らすため。




 真実を、この時代の人間に知らしめるため。


「辛かったであろうな……」

「ウム……」

「されど、最初はまず溜まっていた無念を晴らすがために…か」

「ワレメザメシトキハスデニ、アルジモワカギミモアルテイドムネンヲハラシ、ワガヤクメナキトオモイ…」

「しかし詳しくはわからぬが童神様は霊武者より激しかった気もするが」

「ワカギミ、ニクシミ、フカシ……」

「その幼さゆえに、か……人生の七分の一も対立しなかったであろう父親と、七分の七対立していた息子では桁が違うからな……。だがだとしたら里見も」

「サトミ!」

「落ち着かれよ。かの男も相当な食わせ者よな。そしてその事が、童神様を少し大人にしたかもしれぬ、ただし良からぬ意味でな」

「ウムム……」


 そもそもの根源、再びこの世に舞い戻ってくる程度には強い力を与えるに相当する怨恨の下となった存在への、悪く言えば八つ当たり行為。迷惑千万ではあるが、それもまた彼らの中ではここに来るまでに必要な行いだったのだろう。霊武者の方はそれでもかつての経験もあり途中からある程度は飲み込めていたが、童神の方は飲み込み切れていなかった。それを利用した里見義康と言う人物はかなりの食わせ者であり、政宗も内心感心していた。


「マタ、リヨウサレルノカ…!」

「どうかご容赦願いたい。それで貴公は」

「ワレハ、ゲシュニンヲ、サガシモトメテイタ……」

「下手人。それは明白ではないのか」

「チガウ。ワカギミサマヲ…!」

「直接殺した人間、か……」

「ソウ…」

「わかったのか!」

「アア!」


 そしてこの三人目の霊武者がなかなか現れなかった理由は、童神となった存在に込められたはずの魂の器であった肉体を沈めた輩を探していたからだった。


「下手人の名を二人には伝えたのか」

「スデニ…」

「そうか。なれば我々にも…」

「キテクレヌカ…」



 政宗は馬上の人となり、霊武者に導かれるように鶴岡八幡宮の跡地を出る。後には兵たちが付き従い、南へと向かう。


 十数分後にたどりついた、砂浜こと由比ヶ浜。


「こんな、鶴岡八幡宮から見えるような所に……」

「元よりここは処刑場であったとか言う話もあるがな……」


 夏の風は冷たくはないが、歴史は冷たい。政宗と成実の言葉通り、かつて数多の命が無念の中で散って行ったこの由比ヶ浜の砂は、なぜか他の砂浜のそれに比べて少しばかり白かった。

 その白い砂の中で、霊武者は立ち止まり海に向けて右手の人差し指を突き付け、伊達軍の将兵たちは応えるように手を合わせ頭を深く下げる。地元の民が睨まれながら必死に供養したかもしれないと言う扱いしかされなかった存在が、四百年越しにまともな礼を受けた瞬間だった。



「ここで、か……」

「レイヲイウ…」

「ならばその名を教えてくれぬか」

「ワカッタ、ソノ、ナハ……!」



 霊武者は、二人の名を告げた。


 一人はああやはりなと言う思いを起こさせるようなそれであり、もう一人は聞いた事のない名前だった。

 おそらく前者が扇動者で、後者が実行犯。どちらの罪が重いとか言う話ではなく、どちらも立派な下手人。


「深く礼を言う。それで貴公は」

「アルジガマッテイル…ワカギミサマモ…」

「そうか…」

「サイゴニ、アノオカタハオソラクデハアルガオクガタサマヲウランデハオラヌ……デハゴメン……」



 その言葉と共に、霊武者は消えた。

 風は急に止み、日はちょうど中天に輝いている。


「戦う事になるのでしょうか」

「だろうな。だがそれが我々の宿命でもある。そして、おそらくは……」



 政宗は兵たちに、二つの事実を告げた。


 一つは、これからの戦いがこれまでになく過酷なそれとなる事。

 

 そしてもう一つ。



 そのなぜか皆の頭にすんなり入り込んだおかげでか、本陣に戻るや否やあわてふためいた小十郎にもやっぱりなと言う一言だけで対処が出来る程度には、政宗の頭は回っていた。

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